デュアル部の部室。
 狭いその部屋に、アルスとセリルの姿があった。顧問のルーナは職員会議のため、不在にしている。
 セリルはトーナメント表を眺めながら、ひとりごちた。
「ルーシェ・リーパーとレム・ラパルね……」
 二回戦の対戦相手だ。
 学年は二人とも二年生。レム・ラパルは前衛型、ルーシェ・リーパーは後衛型だが、このペアにおける最大の特徴は、レム・ラパルの種族だ。
「ドラゴビーストなんて初めて戦うわ」
 竜亜人ドラゴビースト
 いわゆる獣人の一種だが、一般的な獣人が哺乳類の特徴を持っているのに対し、彼女はドラゴンの特徴を持つ。
 太く背丈ほどの長さがある尻尾。頭の両側に生えた角。体表のところどころには鱗があり、並の剣では刃が立たない。
「防護魔方陣とか関係なしに、基本的なスペックが段違いだわ。筋力ならユーバよりも上かも」
 おまけに、武器のないユーバとは違い、レム・ラパルは右手に鋭いカギ爪を持つ。一説には鉄をも切り裂くという爪は、最も厄介なことに彼女自身の”体”であるということだ。
 すなわち、剣とは違い、防護魔方陣に守られている。
「アタッカー相手なら武器破壊って手も狙えるけどさ。彼女が相手じゃ無理なのよね」
「まあ、基本的に徒手空拳ってことだからね」
「そうなのよね。ドラゴビーストだけあって、身体スペックが高い。反射神経は本来ならユーバほどじゃないんだけど……。それを強化する後衛がいる」
 それがルーシェ・リーパーだ。
 レムの相方であるルーシェは、がちがちの支援型。試合に挑む際もフリルや装飾で彩られた黒いドレスを身にまとい、指先から魔力を糸のように放って味方の身体能力をアップさせる。
「レムは厄介よ。でも、それ以上にヤバイのがルーシェ。あいつは参加者で唯一の”人形遣いドールマスター”だからね」
 人形遣いの魔法は、他の魔法とは趣が異なる。
 普通の魔法は精霊と対話し、炎や風を産み出すのが基本だ。その規模を大きく、早く出せる者ほど優秀な魔法使いということになる。
 対して人形遣いは、魔法の発動に詠唱を必要としない。指先から発されるのは純粋な魔力だが、彼らの特殊な性質を持つ魔力は、触れた相手を操作したり、術者の魔力を分け与えたりすることができる。
「ルーシェが魔力供給をしながらレムが相手に襲いかかるの。しかも普通の人にはありえない、遠くから客観的に眺める”自分”がいるようなもの。ピンチになればルーシェが操作してレムを守っちゃう」
「じゃあ、人形遣いを先に倒せばいいじゃないか」
「そうしたら、ルーシェはレムを自分の守りに使うわ。相手は倍の魔力を持っている前衛みたいなものよ、いくらあんたが特訓で魔力を増やしたとはいえ、勝てる相手じゃない」
「ただ量だけあったって無駄さ」
 対するアルスは冷静だった。
「魔力は使い道だ。倍の魔力量を持っていても、倍の動きができるわけじゃない。ただ能力が高いだけのプレイヤーなら、おれ一人で押さえ込める」
「2対1みたいなものよ? 私も協力した方が……」
「必要ないよ。おれがレムを押さえるから、セリルがルーシェを倒せばいい。人形遣いは人形こそ強いけど、本人はたいして強くない。一撃で倒せるはずだ」
「そりゃ接触できればそうだろうけど、そもそも接触ができないんじゃない。一回戦の相手はそれでボロ負けしているわ。記録は3ミニ。後半までもたなかったのよ」
「レムに集中しすぎたんじゃないかな。身体能力が上がったドラゴニュートを二人で押さえようとして、返り討ちにされた」
「……!!」
「レムを二人で押さえれば、なんて誰でも考える。後衛を狙えば前衛に後ろから攻撃されるし、わざわざ攻めてこない後衛をほっておいて、厄介な前衛を落とせば後衛一人じゃ何もできないって。でも、それで倒せない相手だから勝ち残っているんだ」
 確かに、壁際にいる後衛を狙いに行けば、どうしたって前衛に背中を見せる形になる。
 そこに超パワーのドラゴニュートが迫るのだ。
「レムは一人で押さえ込む。それが最善の形だ。できるならね」
「できるわけ?」
「できるよ。それに、そのくらいでなきゃ」
 アルスはニヤリと笑った。
「ユーバには届かないだろうしね」

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 その部屋は薄暗かった。
 窓には厚手のカーテンがかけられ、外の光は入り込まない。光源は天井近くで揺れる魔力光のみで、ごちゃごちゃとした部屋の全体を照らすほどではない。
 部屋の中にはモノが溢れていた。装飾の多いドレス、質の良い生地、裁縫道具。ぬいぐるみや精緻な人形、ガラスの欠片や魔法の触媒になる金属粉。
「もう少しだ。あと2勝……」
 その部屋の主は、様々なモノに囲まれながら、人形の服を縫っていた。小さなビスクドールは無表情に持ち主を見返している。
 部屋の隅ではドラゴニュートの少女が静かに本を読んでいた。その姿は冷たく、並んだ人形のひとつと言われても違和感がない。
「レム。お茶を淹れて」
「了解しました」
 答えたドラゴニュートの少女は無感情に答えると、椅子から立ち上がる。
 機械的にポットを用意し、お湯を沸かし、茶葉を用意する。主の分だけお茶を淹れると、それを作業台のところまで持っていく。
「……レムも飲んでいいよ」
「そう命令されませんでしたので」
「それもそうだ」
 くすりと笑い、ルーシェ・リーパーはレムを見上げた。
「他の人間は大嫌いだけど、やっぱりレムは好きだよ。余計なことをしないし、言わないし、思わない。君は機械のようだ」
「光栄です」
「ボクはお前を使って優勝する。勝てばボクが規則だ、他の誰にも文句は言わせない」
「もちろんです」
「だからデュアルには意味があるんだ……」
 デュアルはスポーツの一種だ。だが、他のスポーツとは決定的に違う点がある。
 それは、実際の戦いを模しているということ。他のスポーツならば挑むこと、勝利のための努力をすること、それそのものが尊いなどと言われることもあるだろう。
 だがデュアルは違う。その本質は戦闘であり、勝者には生が、敗者には死が与えられる。
 ゆえに、デュアルは勝利にこそ意味がある。勝った者だけが正義であり、勝つための努力などなんの意味もない。
 死なないために、死ぬほど努力をする世界。そして、勝ちさえすれば、全てが認められる世界。
「ボクが勝つ。お前は道具だ、レム」
「もちろんです」
 機械的に答えるドラゴニュートの少女。
 ルーシェはそんな忠実な”人形”に、笑顔を向けた。