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決勝戦前日。 セリル・ブラッキーは、喫茶店で待ち合わせをしていた。 ほんのりと暗い店内は静かで、他に客の姿はない。 と、扉に取り付けられたベルがカラコロと鳴った。新しい客はセリルの姿を認めると、彼女の前に座る。 従業員の女性が寄ってきて注文を聞く。新しい客は紅茶を頼んだ。 二人とも、紅茶が運ばれてくるまで特に話はしなかった。やがて湯気の立つお茶が運ばれてくると、客は一口。 「それで。何かしら」 先に切り出したのは、新しい客ーーオリーヴだった。 「対戦相手に偵察かしら?」 「そんなことするわけないじゃない。それに、ユーバとあなたが相手では、偵察するだけ無意味だわ」 「そうね」 当たり前のように言う。そう、彼女にとってはそれが当たり前だ。 「あなたから見て、アルスはユーバの本気を引き出せるだけの実力を備えたと思う?」 「どうかしら。ただ、明日をユーバは楽しみにしているわ」 「今は何を?」 「闘技場で木偶を壊してまわっているわ。有り余る力を発散したいのよ」 「なるほどね」 「話はそれだけかしら?」 「いいえ。それは前置き。閑話休題、ってところかしら」 セリルはまっすぐにオリーヴを見つめる。 「あなたはエルフ。この都市でエルフは他にいない。だから、あなたにしか聞けないの」 「エルフの知識は門外不出よ」 「門外に出ているエルフなら構わないでしょう?」 「……」 オリーヴは紅茶を口に含み、 「あなたが聞きたいのは、魔王のことかしら? それとも勇者のこと?」 「どっちも気になるけど、聞きたいのは……賢者のこと」 「賢者?」 セリルはこくんと頷き、 「エルフは生き字引。魔王時代を直接知っているのは、ヒューマンにはもうあまりいないわ。でもエルフは直接知っているでしょう。勇者と、勇者に随伴した賢者の話」 「言っておくけれど、直接賢者に会ったことはないわ。それでもいいなら教えてあげる。エルフの知識ではないしね」 くすりと笑い、オリーヴは続ける。 「まず、賢者は勇者ではないわ」 「それは当たり前だけど……」 「意味を理解していないわね」 オリーヴは言う。 「彼女は少し器用なだけの、ただのヒューマンよ。戦闘能力は並で、たまたま精霊に気に入られているだけだった。四色の魔法が使えることはヒューマンとしては凄いかもしれないけど、エルフからすれば当たり前の話。彼女は特別ではなかったわ」 「でも、勇者のパートナーになった」 「そうね。セト・シアンが彼女に恋をしたから。いえ……。彼女がセト・シアンに恋した、と言うべきかしら?」 オリーヴは静かに続ける。 「彼女は勇者と一緒に生きる道を選んだ。ところが、彼女自身に特別な才能はない。ではどうすればいいのか? 彼女は必死に努力し、やがて、合体魔法などという面倒な術式を編み出すに至った」 「面倒? 合体魔法が?」 「あの魔法はとても非効率よ。それぞれの精霊に頼んで、わざわざ光の要素を弾き出すなんて。それなら、最初から光に問いかければいいのに」 「光の精霊は四精霊に分かれたと聞いているけど」 「半分正解だし、半分間違い。確かに四精霊の大本となる存在はひとつ。けれど、四精霊に力を分け与えただけで、大本となる存在が消えたわけではないわ」 「……それが光の精霊?」 「光の神と呼ぶべき存在でしょうけど。まあ、そのあたりは言葉遊びのたぐいだわ」 ほう、とオリーブの右手が光る。 「私が回復術を使えるのは、光の神そのものに呼び掛けているから。けど、エルフでもない普通のヒューマンには、光の神へ呼び掛けるだけの魔力も知恵もない。だからあんな面倒な術式を使って、間接的に光を引き出しているのね」 「……」 だから、ヒューマンには回復術が使えない。彼女のそれが桁違いなのは、単に彼女がそういう存在だから。 生まれながらの違い。まるで勇者のように。 「賢者の魔法しか使えないなんて、彼は魔法の才能がないわ。ヒューマンとしては優秀でも、種族としての才能は越えられない。それが可能なのは、ヒューマンでありながら存在を超越する者だけ」 「それが勇者」 オリーヴはこくりと頷く。 「勇者はヒューマンという種族の頂点よ。そうなるように作られた、なるべくしてなる存在。人間の神が戯れに作り出した生体兵器。あれは魔王とて越えられなかった」 「でも、賢者はそういう存在じゃない……」 「そうね。言うなれば、賢者は努力の証。勇者や魔王という、生まれながらの力とは方向が違う。ヒューマンがどれほど鍛えても馬より早く走ることはできないように、作りが違うのよ」 「……じゃあ、賢者に勇者を倒すことはできない?」 「そうね。可能な存在は魔王だけ」 「魔王……」 「ヒューマンは勘違いをしている者が多いわ。魔王は魔族の王ではない。魔なる者の王。ありとあらゆる魔法を扱う存在の頂点。勇者の力が対になる存在は、魔王だけ」 「だから、ユーバには勝てないって?」 「今のままではね」 オリーヴは静かに紅茶を楽しむ。 「あなたたちが魔王となるのであれば話は別。魔なる者の頂点。私を含む、あらゆる魔法使いの頂点に立つこと。それが勇者と戦う条件」 「あなたは……。勝者は、最初から決まっているというの?」 「ええ。勝者とは生まれながらに勝者。敗者とはそれ以外の全て。あなたたちの言う勝敗というのは、子供同士でじゃれあっているようなものよ。大人が出ていけば踏み潰される程度の遊び」 「だから、デュアルも何も、無駄なあがきだって?」 「遊びよ」 真剣にやるまでもない、ただの遊び。 だから彼女は、闘技場にすらまともな格好で来ない。そんな必要がないことを知っているからだ。 エルフの血筋を引く彼女にとって、この国にいるほとんどの存在は下の者だと理解している。 「賢者は決して優秀な存在ではない。アルフォンス・スターはただの少年。少し器用で魔法は得意かもしれない、剣術だって格闘術だって練習しているのでしょう。けれどもそれだけ。それだけなのよ」 「それが大事なことではないの?」 「彼では釣り合わないわ」 紅茶を飲み終えたオリーヴはカップを置く。 「最後にひとつ聞かせて。あなたは、なんでユーバと一緒にいるの?」 「最初は、魔王と対になる存在に興味があっただけ。勇者という存在を見てみたかっただけよ」 「今は?」 「……世界が変わる瞬間は、彼の近くに転がっていそうだから、かしら」 「世界が変わる瞬間?」 「エルフはね、退屈しているの。森に変化はない。永遠の時を、止まった世界で過ごしている。私はそんな森に飽きたの」 「ハイエルフともあろう者が?」 「勇者と魔王の時代は刺激的だったわ。なにせ、ハイエルフすらも越えようという化物たちが、互いに力を競っていたのだもの。あの向上心、あの熱量。完全な私たちにはない、不完全な彼らだからこそ持ち得たもの」 くすりと笑ったオリーヴは、そっと席を立つ。 「私は人間が好きよ。ヒューマンも、ドワーフも、サタンも。みんな面白い。その熱量が今の楽しみだわ」 紅茶一杯には多すぎる金貨をテーブルに置き、オリーヴは席を離れた。 「……あれがハイエルフ」 勝てるのだろうか。彼女たちに。 |