アルスが気がつくと、もう日が暮れようとしていた。
 そこは競技場に併設された医務室だ。目覚めたアルスの視界に入ったのは、白い天井と、疲れた表情をしたパートナー。
「セリル……」
「アルス、あんたはよくやったわ」
「痛ぅ……。セリル、試合は?」
 体を起こそうとするアルスを、セリルや優しく受け止め、そのまま寝かせた。
「優勝はユーバ・オリーヴペアよ。私じゃオリーヴには敵わないわ」
 真性のハイエルフ。回復魔法しか使わないのは、単に彼女が戦う必要を感じていないだけ。
 後半始まってすぐ、オリーヴの魔力ごり押し戦術に、セリルは手も足も出ないまま敗北を喫した。
「あんたとユーバは相討ち。試合には負けたけど、勝負的にはあんたの勝ちじゃない?」
「……まだまだだね」
 誰もが予想していなかったジャイアントキリングだ。けれど、アルスはそう答えた。
「ユーバはおれから逃げなかった。最後の勝負、おれの拳をかわされていたら、おれはやられてた。あいつは正面からぶつかることを選んだんだ」
「勝てばいいのよ。デュアルはそういうものだわ」
「完璧に勝つ。そうでなきゃさ」
「……それもそうね。それでこそ、デュアルプレイヤーってものだわ」
 そう言って、セリルはくすりと笑った。
「でもま、全国準優勝なんて奇跡みたいな結果だわ。あんたのおかげね。良い思い出になるわ」
「思い出なんかいらないよ。勝つまでやる。そうだろ、セリル」
「来年もやるつもりなの?」
「もちろんだ。それに、セリルと一緒だし」
「私、あんたの足を引っ張ってばかりよ。来年は違うパートナーとやった方が強いんじゃない?」
「ま、セリルの強さは中途半端かもしれないけど」
 アルスはベッドの上で、にやりと笑った。
「これでも半年、一緒にやってきたんだ。背中預けるのに、他のパートナーなんて考えられない」
「ふうん。なにそれ? プロポーズ?」
「子供パンツの女にプロポーズはないな」
「バカ」
 こつん、と頭を叩いたセリルは、ベッド脇の椅子から立ち上がった。
「じゃあ、私は行くわね。あんたはちゃんと傷を治すのよ? 防護魔方陣があったって、完全に怪我を防げたわけじゃないんだから」
「わかってるって」
 ニコリと笑い、セリルはそのまま医務室を出て行った。
 アルスは天井を見つめながら、はらりと雫を垂らした。

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 選手控え室。
 ユーバはオリーヴに手の治療を任せていた。椅子に座り、虚空をにらみつけている。
「どうだった? アルフォンスは」
「次は殺す」
「それ、この前も言ってなかったかしら」
「うるせえな」
「そう腐らないの。まだまだあなたの方が強いわ。でも、彼の方が勝利に執着していたわね」
 そう、それが最大の違いだった。
 アルスは強いが、ユーバほどではない。賢者の魔法で勇者に届くわけがない。
 彼が強かったのは、賢者の云々なんていう技術の話ではない。そのひとつ手前、気概の話だ。
 魔法を扱う者にとって最も大切なもの。それはすなわち、相手を倒すという強い意思。
 感情は魔力に力を与え、力はそのまま相手をなぎ倒す武器になる。ユーバはどんな相手でも格下で、それゆえに勝利というものは当然ぶら下がっている存在だ。
 何がなんでもつかみ取るという意思の強さは、アルスの方が遥かに強かった。
「ユーバ。あなたが意思を燃やして戦うことを覚えれば、あなたの前に敵はない。だってあなたは勇者なのだから」
「当たり前だ」
 魔王があらゆる魔法使いの頂点であるならば、勇者はあらゆる生物の頂点だ。
 神様に愛されし者。存在そのものがチートだ。
「それに、試合には勝ったけど、戦いはすぐ続くと思うわ」
「あ?」
「ルーナ・ディルアーガって知っている?」
「あいつらの顧問だろ。それがどうかしたのか?」
「彼女はヒューマンではないわ」
「……? エルフか何かか? それがなんか関係すんのか」
「エルフでもドワーフでもない」
 そう、あえて言うならば。
「彼女は魔族。より正確に言うならば、サタンという種族よ」

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 廊下をコツコツと歩くセリル。その前に、そっと影が現れる。
「先生」
 ルーナ・ディルアーガはセリルを見つめ、その前にひざまずく。
 もう隠す必要がない。メイド服の下から、ひょろりと黒い尻尾がはみ出していた。
 セリルはそんな教師に冷たい眼差しを向けていた。
 ルーナは口を開く。
「お時間です、陛下・・
「もうちょっと良くない?」
「決勝戦まで、というのが約束ですので」
「……本当に、あなたは優秀なメイドなのね」
「もちろん。主の時間管理もメイドの勤めですので」
 太陽が沈み、残光が消える。廊下には暗闇が落ちた。
「……仕方ないわね」
「はい。遊びはここまで。この国は、これにておしまいです」