「セリルが魔王って……ッ!?」
 ぐらり、と地面が揺れた。響く破砕音。
「なんだ!?」
「外だ!!」
 慌てて部屋から飛び出す。窓の向こう、学院の一角から煙が立ち上っていた。
「な、なんだあれ!?」
 煙の中から、巨大な人影が現れる。
 高さは9メート以上。スマートな人間型のシルエットだが、全身が暗褐色の鎧で覆われている。右腕にはサーベルを、左腕にはボウガンを装着しているようだ。
「で、でけえ……」
 見上げるほどの大きさ。こんなサイズは魔物にだって存在しない。否、既存の生物とは比べられない。
「ちっ!! 出やがったか……!!」
「ユーバ! お前はあれを知ってんのか!?」
 問われたユーバ。その横顔には、彼には珍しい冷や汗が浮かんでいた。
「オレだって知ってるってほどじゃねえ。だが、ジジイに聞いたことはある。ありゃ魔王時代に暴れた兵器だ」
「魔王時代に……」
「魔王の魔力を受けて動くゴーレムの一種だ。ただ、土くれで作られたゴーレムと違って、あいつは特殊な金属で作られている。全身がヒヒイロカネの鎧で覆われているようなもんだ」
「いっ!?」
 ヒヒイロカネの頑丈さはアルスだって実戦で知っている。
「しかも、あいつは底無しの魔力で、防護魔方陣を同時にいくつも展開しやがる。ちょっと殴ったくらいじゃ止められねえんだ」
「そんなもの、どうやって倒したんだよ……」
「倒してねえよ。だからまだここに存在してんだ」
「……なっ」
 勇者でも、倒すことはできなかった。
「魔王は生身の生き物だ、殺すことができる存在だよ。けど、あいつは魔王の魔力が存在する限り、絶対に壊せねえ。ジジイが魔王城に攻め込んだ時は、賢者の娘があいつを押さえてたんだよ」
「壊せなくとも足止めくらいは可能。それが賢者の見解だったようね。実際にそれをなしたのはたいしたものだけど……。今はもう、賢者もいない」
「でも、あんな剣を振り回されるだけで……。っ!?」
 どん、と地面が揺れた。ゴーレムがジャンプしたのだ。
 それだけで、王城を飛び越えるほどの跳躍力だ。三本ほど向こうの通りに着地したのが遠目に見える。
「あんなもんを、足止め……!?」
「バカ。足止めしただけでどうにかなるもんか。あいつを壊さなきゃ、町なんざ廃墟にされるぞ」
「壊すったって、勇者でも壊せなかったんだろ!?」
「当たり前だ。ヒヒイロカネでヒヒイロカネを壊せるか? だから封印してたんだよ、壊す方法がねえから」
「じゃあ、止める方法は?」
「魔王を殺すことね。過去にはそれで止めた。というか、それしか止める方法がなかった」
「……!!」
 魔王を殺す。
 それはすなわち。
「セリル・ブラッキーを殺すしかねえってことだ」
「セリル、を……」
「こんなところでウダウダ言ってても始まらねえ。いくぞ、クソガキ。テメエも来い!」
「なっ、おい!?」
 ユーバはアルスをつかむと、そのまま駆け出した。
 だが、内心では感じている。
 あの場に行って、何ができるだろうか、と。

★ ★
 ☆ ☆ 
★ ★


「落ち着いて! 落ち着いて避難してくださーい!!」
 軍部に所属しているキャロ・メカクスは、避難誘導に当たっていた。
 突如として現れた巨大なゴーレム。その剣は一振で家屋を粉砕し、ボウガンから放たれる魔力矢は尖塔の半分を消し飛ばした。
 細身のシルエットなくせにパワフル。真っ赤な単眼が見つめた先が、哀れな次のターゲット。
 緊急出動した隊が応戦するが、火薬や魔力弾程度では傷ひとつ付かない。まさに歩く悪夢。
「キャロ!」
「シン!」
 遅れて応援部隊も到着する。彼らは最新鋭の兵器を運んでいた。
「君が開発した兵器を持ってきた。こいつなら、あのゴーレムを破壊できるかもしれない」
「でもそれ、町の外を防衛するための装備じゃ……」
「これ以外じゃもう無理だ。あいつは通常魔法程度じゃ、魔方陣で弾かれてる。おそらくだけど、魔方陣を十枚近く展開しているんだ。何発か魔法を当てても、他の魔方陣が防いでいる間に手前の魔方陣が修復されてしまう」
 そう、それがあのゴーレムを勇者も賢者も破壊できなかった理由だ。
 無限に近い魔王の魔力。それを浴びて動くあの兵器は、何度でも魔方陣を展開できる。多層の魔法障壁は相手の攻撃を防ぎ、たとえ何枚か壊されても、他の壁が耐えている間に障壁を回復させる。
 軍が知るよしもないが、障壁枚数は13枚。それを同時に・・・破壊できるような攻撃でなければ、そもそも本体にダメージを与えることさえできない。
 そして、障壁を突破したところで、その先にあるのは驚異の耐久力を誇る鎧だ。
「あいつを破壊するには君の兵器が必要なんだ。キャロ、頼む」
「でも、もし攻撃が外れたりしたら……」
「四の五の言ってられるか! このままじゃ都は全滅だ!」
 叫びながら、上官が馬車と共に駆けてきた。馬車が引っ張ってきたものは、巨大な槍のようにも見える。
 魔力を集約し、十連続で打ち込むことができるガトリングの改良兵器。それは防衛兵器とは銘打っているものの、実質的には攻城兵器に近いーー魔力で運用する破城槌のようなものだ。
「実動には君が必要だ。避難誘導はこっちでやる、君はあいつを狙撃してくれ」
「わ、わかった」
 キャロはシン・ガルドと交代し、兵器の後ろへ回る。
 そこには羨望鏡が取り付けられており、遠くの敵まで照準することができた。
 キャロはハンドルを握り、攻撃先を見定める。
 目標はゴーレム。その中央……。
「ッ!!」
 そこに、見知った顔を見つけた。
「セリル!?」
 ゴーレムの胸元にクリスタルのような宝石が取り付けられている。水晶の中で、セリルが目を閉じていた。さながら、水晶の棺に入れられているかのように。
「な、なんでセリルがゴーレムを……!?」
「おい、キャロ!! 早く動かせ!! あいつの足止めなんかいつまでもできねえだろ!!」
 上官から命令が飛ぶ。軍人としての本能で、キャロは反射的に照準を定めた。
「ごめんっ、セリル!!」
 感情も感傷も、軍人には必要がないもの。
 キャロはぐっ、とトリガーを引いた。充填された魔力が弾け、敵に向かって放たれる。
 魔力は光線となって敵に向かい、直撃した。
「やった……!?」
 埃が舞っている。直後、埃が振り払われ、人影が飛び出した。
「きゃっ!?」
 ゴーレムだ。褐色の影が走り抜けたかと思った次の瞬間、集束ガトリングが持ち上げられた。
「なっ!?」
 重さにして大人100人分はあろう兵器を、ゴーレムは軽々と持ち上げ、そのまま地面に叩きつけた。
「っ!!」
 緊急障壁が軍人たちを守る。だが、ガトリングはへし折れ、砕け散った。
「あ、ぁ……」
 立ちふさがるゴーレム。赤い単眼が軍人たちを睨んでいる。
「こんなもの、人間がどうにかできる相手じゃない……」
 誰かが、そんな言葉をこぼした。