ふわりと、セリルが倒れ込む。そんなセリルを抱きかかえ、アルスは飛び退いた。
 石畳に降り立つのと同時、支えを失ったキラーマシンはゆっくりと倒れる。
 ずしん、と倒れたキラーマシンの周囲で埃が舞い、アルスたちの姿が隠れた。
「アルス!!」
 誰の声だったか。呼び掛けに応じ、アルスは屋根の上まで飛びあがってきた。その背中には、セリルの姿もある。
「本当にやりやがった!」
「さすがですわ!」
「彼女はこちらに」
 オリーヴがセリルを受け取り、治療を始める。
「気を失っているだけね。怪我はないみたい」
「よかった……」
「ったく。面倒な真似をしやがって」
 ごきりと首を鳴らすユーバ。そんな彼の後ろで、やれやれとルーシェが首を振る。
 アルスは助けてくれた仲間たちを見渡し、
「ありがとう、みんな」
「マスターのご命令ですので」
「ハルトが言うんですもの」
「ユーバが言うから」
「……誰も彼も自分の意思はないのか」
 誰からともなく笑いだした。
 そんな中。一人だけ笑っていなかった。
「……? オリーヴ、どうかしたのか」
 最初に気づいたのはパートナー。オリーヴは足元、キラーマシンの方を見ている。
「まさかまだ、あのデカブツが動くとか言わねえよな?」
「それはないでしょう。あれはゴーレムと同じ、操作する人間の意思が必要だから。それに、コアユニットはアルフォンスが破壊した。人間の意思を受け取る機関がないのだから、もう動けない」
「じゃあいいじゃねえか」
「けど……。セリル・ブラッキーの魔力量が減っているわ」
「あ? キラーマシンを操作していたからじゃねえのか」
「魔王の因子が生み出す魔力は無限。減ることなんてありえない」
「じゃあどういうことだ?」
「……魔王の因子が、転移している」
「ッ!?」
 そうだ。セリル・ブラッキーだけが魔族だったか?
 そんなわけない。むしろ元凶は彼女ではないのか。
 その彼女はどこに行った? 事件の最初から姿を現していないじゃないか!
「クソガキィ!! まだだ、ルーナが来るぞッ!!」
 ユーバが叫んだ直後。キラーマシンを覆っていた砂ぼこりが弾き飛ばされた。
「この瞬間を……。待っていました」
 メイド服に身を包み、身の丈ほどのハルバートを装備した一人の女魔族。
「ルーナ先生!?」
「そこですか」
 ルーナはハルバートを振り上げ、軽く振り回した。
「っ!?」
 それだけで、ゴーレムをまとっていたハルトは岩石ごと吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
 とん、と軽く飛びあがり、屋上まで上がってくる。
「キラーマシンに魔王の因子を移し、キラーマシンが破壊された瞬間を狙って因子を奪う。このためだけに、どれだけ待ったことか」
「テメエ……!!」
「魔王の因子は、セリルを殺したところで無作為に転移してしまいます。狙って自分の中に取り込むためにはこれしかなかった。とはいえ、キラーマシンを軍部でも破壊できなかったのは想定外でした。あれほど軍が弱いとは……」
 くすりと笑い、メイドはアルスたちを見渡した。
「あなたたちのおかげです。ありがとう」
「先生、最初から……。おれたちを騙すつもりだったんですか」
「騙す? 世迷い言を。最初から、これだけが望みでしたよ。それ以外の全てはおまけです」
 そうですね、とルーナは続ける。
「順序が逆なのですよ。魔王の因子を手に入れることが最初にあり、教師をやっていたのもメイドをやっていたのもキラーマシンを蘇らせたのも、全て手段なのです」
「そこまでして、魔王の因子を手に入れて……。何をするつもりだ!! また魔王時代にでも戻すつもりか!!」
「それもよいですね。けれど、そういうつもりではありません」
 わかる。わかってしまう。
 ルーナから漏れ出る魔力だけで、とんでもない量だ。意図せず風が吹き、スカートがふわりと舞い上がっている。
「わたくしは、ただ取り戻すつもりなだけですよ」
「取り戻す?」
「あなたたち人間がーーわたくしたち魔族から奪った尊厳。財産。希望。あらゆるものを奪い返すのです」
「それは……」
「自分達が正義だったとでも? そうですね、勝者であるあなたたちは正義です。勝った者だけが全て。デュアルと同じです」
「そのために、何人を犠牲にするつもりだ。どれだけ殺すつもりだ!!」
「殺すつもりはありません。その程度で、我々が受けた苦しみを返すことはできないッ!!」
 ハルバートを構える。
「あなたたちは厄介です。この場でデュアルと洒落込みましょう。いつぞやの再現ですよ、全員でかかってきなさい。それでちょうどです」
「……クソガキ。刀を貸せ」
 隣を見る。ユーバの頬に冷や汗が浮かんでいた。
「早くしろ!!」
「あ、ああ」
 刀を渡す。初めての武器だろうに、ユーバの構えには堂に入っている。
「いくぜ、クソアマァ!!」
 超速のユーバによる突進。だが、ルーナはユーバの刀に合わせ、冷静にハルバートを振り回した。
「遅いですよ」
 刀を絡めとり、そのまま床に叩きつける。床石が耐えきれず、ユーバはそのまま下層階まで落ちて行った。
「全員で、と言ったはずでしたが。遅いです」
 まばたきしている間に、リンが小突かれ、ルーシェが殴られ、オリーヴが転がされていた。
「マスター!!」
 飛び込むレム。ルーナはそんな彼女に、
「甘い」
 素手で足をつかむ。ぐるんと振り回し、階段室の壁に叩きつけた。竜鱗で守られているはずの少女が、口から血を吐きながら倒れ伏す。
 全国区のデュアリストが、揃いも揃って相手にならない。一撃で意識を奪われている。
「やはりユーバを疲れさせたのは正解でしたね。もうおしまいです。……ん?」
 階段の方からバタバタと音が響く。ひしゃげた扉を蹴り抜き、数人の軍人が飛び込んできた。
「シンさん!」
「アルス君、下がって!!」
 全員が油断なく武器を構え、メイドを包囲する。
「ルーナ・ディルアーガ。お前が今の魔王か」
「いかにも」
「おとなしく投降しろ」
「シン。あなたは自分が、魔王に敵う存在だと思っているのですか?」
 次の瞬間には、シンはハルバートで殴り飛ばされていた。一緒に包囲していた軍人たちも揃って蹴り飛ばされる。
「軍人でもこの程度。面白くありません」
 足をぷらぷらとさせたルーナは、最後にアルスを見据えた。
「あとは賢者、あなただけです」