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「ぽ」 響く音。それは声のようでもあり、ただの音のようでもある。 「ぽ、ぽ、ぽ」 生け垣の向こうに、白い帽子が見えた。お嬢様がかぶっているような、幅広の帽子。 「こ、これ……」 やがて。生け垣の間から、その姿が覗く。 それは、すらりと背丈の高い女性に見えた。白い帽子に、白いワンピース。その背丈は異様に高く、2メートルをゆうに超えている。 私は、彼女の名前を知っている。 「八尺様……」 はっしゃくさま、あるいは、やさかさま。 身長八尺ーー2メートル40センチもの巨体を誇り、ぽぽぽと不思議な声を出す。彼女に魅入られた子供は、数日の内に殺されるという、都市伝説の怪異。 うっかりしていた。都市伝説のエレベーターで来られた世界。他の都市伝説だって居て当たり前だ。 ううん、私は、ああいう存在に会いたかったんだ。でも、実際に目の前に居てわかる。あれは、人間が触れていい存在じゃない。 あれは、人間の理解を超えた何かを持っている……! 「ねえ、何あれ」 「あ、あれ、八尺様。知らない?」 「わかんないけど、なんか不穏な感じよね」 「なんて言えばいいのか……。えっと、妖怪?」 「レイスとかゴースト?」 「そう、そんなやつ!」 「じゃあ、撃っていいわね」 そう言っている間にも、カナタはケースから空気銃を取り出し、準備をしていた。空気銃は、付属のレバーを動かすことで圧力を高め、弾丸を打ち出す。その威力は鳥くらい一撃で殺すパワーだ。 「ぽぽぽぽ!」 八尺様が垣根を割り、家の敷地に入ってくる。次の瞬間、 パァン!! 銃声が響く。火薬で打ち出す銃とは少し違うけど、聞けばそれとわかる不穏な音色。 カナタは、人の形をしている相手を、ためらいなく撃っていた。そのことに驚きつつ、けど……。 「ぜ、ぜんぜん効いてない」 八尺様が揺らいだようには見えなかった。 空気銃は、普通に人間の指くらい落とすパワーがある。そんなので撃たれて、平然としているなんて絶対におかしい。 やっぱり怪異なんだ……。なんて、感心している場合じゃない! 「ねえ、はすみ。あいつに襲われたらどうなる?」 「わ、わかんないけど、たぶん平和な感じにはならない」 「そうでしょうね。でも、空気銃じゃダメージになっていない」 「ど、どうしよう」 「逃げるっきゃないでしょ!!」 カナタは黒いバッグをつかむと、私の手をつかみ、駆け出す。 八尺様から逃げるように裏へ。積んであった木材を転がしながら、裏口から通りに飛び出す。 「ぽぽ!!」 後ろから八尺様の声が聞こえる。追いかけてきている! 「ちっ、追ってくるか……」 「ど、どうしよう!?」 「どうもこうもないわね。でも、あの身長であの足だと、走って逃げただけじゃ逃げきれないわね……」 そう言いながらも、カナタは走る。私もつられるように走り続ける。けど、車で逃げても追いつかれるという噂の八尺様だ。走って逃げられるような相手じゃないはずーー。 「さっきは心臓の位置を撃ったんだけど、空気銃じゃ威力が足りなかったのかも。それにしたって、痛がってくれてもいいんだけどさ!」 確かに、八尺様は倒れないどころか、何かのダメージを受けたようにも見えなかった。空気銃そのものは人間を殺すための兵器じゃないし、威力はそこそこだろうけど、それにしても痛がる素振りさえないというのはおかしい。 「レイスには銃弾なんて効かないってことかしらね?」 だとしたらまずい。何もしようがない。 すでにあがっている息のせいで、思考もまとまらない。まずいーー。 思った次の瞬間、 「ぽ!!!」 何かが私たちの上を飛び越えた。それは、私たちの前に立ちはだかる。 「は、八尺……」 白い帽子に隠れ、目は見えない。けど、覗いている口元は、嬉しそうににたりと笑っていた。 「くっ」 カナタは流れるように空気銃を用意している。けど、数メートル先に立ちはだかる怪異に対して、この武器だけじゃ……。 ごくりと喉が鳴る。私は、ここで死ぬ? それは、現実としてありうる光景。恐怖だけが私の中を駆け抜けていき、その事実に驚く。 「撃っても倒せないんじゃ……」 カナタも焦っている。その横顔を見て、はっとした。 私は死んでも仕方ない。望んでこの世界に来ているんだから。 でも、カナタはそうじゃない。多くの都市伝説みたく、自分ではどうにもならない理由で巻き込まれ、ただ理不尽の命を刈り取られる。 そんなことが、あっていいんだろうか。 「そんなの、おかしい」 自分ではどうにもならない理由で、命を失わなければいけないなんて。 そんなのは、絶対におかしい!! ようやく、頭に血が巡ってきた。体がぶるぶると震える。 諦めるのはまだ早い。まだ死んでない! なら、死ぬことを受け入れてる場合じゃない!! キッ、と八尺を睨みつける。理不尽なまでの怪異。その弱点、ないはずがない。どこかに弱点はあるはずだ! 思い出せ、思い出せ。八尺様の話を。あいつの弱点を!! |