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あの日から一週間ほどは、雨の日が続いた。 私は手元のスマホを見る。電話といっても電話機能を使ったことは数えるほどしかなく、ゲームかアプリを使う時にしか使用しない。 そんな、限られた機能しか使われていない可哀相なスマホ君が本来の機能を使用できたのは、つい昨日の出来事。 『また行きましょう』 まるで友達を誘うかのような(私に友達はいないが)、気軽な文句。カナタからの電話だった。 確かに、あの怪異世界にまた行きたいとは思っていた。けど、一人では八尺様のような化け物と遭遇した時に、何かできる気がしない。そこで二の足を踏んでいたんだけど……。 一方でカナタはカナタで、準備をしていたらしい。確かに八尺様の時も、装備が足りないから戻りたいと言っていた(そして私が使ったエレベーターで普通に戻れた)。 そしてこの度、探索の準備が整ったということで、昨日連絡があったわけで。 待ち合わせ場所は東京駅だった。新幹線の改札近くで待っていると、大きな鞄を持ったカナタが現れた。今日は黒っぽいズボンに、同じく暗い色のシャツを着ている。そんな地味な格好でも、綺麗な金髪と整った顔立ちがあれば、すごくオシャレに見える。ずるい。 対する私は、ごく普通のシャツにジーンズ。念のため、リュックサックに色んなアイテムを詰めてきているけど、たぶんオシャレコンテストだと普通に負けるだろう。元の美しさ度で負けるってこういうことなのかと悟る。 「久しぶり」 「別に」 口ではそう言いつつ、ついつい心は踊ってしまっている。 「そのバッグ、アレが入っているの? 大丈夫?」 私がこっそり聞くと、カナタはにやりと笑う。 「ぜんぜん大丈夫よ。別に空港みたいに手荷物検査をするわけでもないし、それに今日のやつはもっと安全だから」 危険物を持っていて安全とはこれいかに。 カナタはバッグを担ぎ直すと、一緒に歩き出した。 在来線に乗り、都心から少し離れたところで下車する。そこから歩いておよそ15分。 目的のビルは、以前に使った時と同じように建っていた。果たしてこの建物を利用する人がそんなにいるんだろうか? エレベーターに乗り、ボタンを順番に押していく。4、2、6、2、10。 何かの暗証番号を押すように押して行く。最後は5。 「このボタン、何か意味があるのかしら」 「さあ。エレベーターのボタンはエレベーター会社が作ったものだと思うけど」 「じゃあ、ボタンの順番に意味があるとか。ゴロ合わせ?」 「しに……ってのはそれっぽいけど、その後が意味不明じゃない。ロニ? じゅーご?」 言っている間に、5階に到着した。すぐさま閉ボタンを押す。 見えるのは闇。聞こえて来るのはコツコツというヒールを鳴らすような音。 扉が閉まる寸前に見える足も、そういうものが来るとわかっていれば恐さは減る。カナタにも事前に説明してあったから、ビクリとはしたけど、取り乱したりはしなかった。 エレベーターは、そのまま11階まで私たちを連れていく。その先に広がるのはーー例の異世界。怪異の世界。 どこまでも広がる自然は地球にもありえるだろうけど、こんなにも音がしない世界が他にないだろう。 時刻はお昼過ぎの午後2時ちょうど。こっちの世界でも時計は正確に動いてくれる。 「さって! 今度は何が狩れるかしら」 「それはいいけど。見つからなかったらどうするの?」 「トレッキングは猟の基本よ。相手が謎の生物とかじゃない、きちんと血が通った相手ならなんでも狩れるわ」 「危ない理屈……」 「まあまあ。とりあえず動物が多いといったら、やっぱり森や山よね」 「じゃあ、今日はそっちの方向でいい?」 「オッケー!」 そういう私たちの目は、少し先に広がる森を捉えていた。 ☆ ★ ☆ ★ ☆ 廃墟ビルから歩くこと30分ほど。 そこが森の淵だった。ここから先は、植生の深い森が広がっている。 その手前で、カナタはバッグの中身を取り出した。 はたして、それはやっぱり銃だった。バラバラの部品を手早く組み立てていく。 そうやって組み立てていくと、この間の空気銃とは明らかに形状が違ってくる。 ……というかそれ、猟銃に見えないんだけど? 「カナタ、それって……」 「これ? 自動小銃」 「やっぱり」 なんとなく、軍人さんが持っているような銃に見えたのだ。 「あんたそれ、銃刀法違反じゃないの?」 「この世界に銃刀法はないでしょ」 「ここに来るまでは」 「オッケーメイビー」 「ノットオッケー。通報するわよ」 「そしたら一蓮托生よ?」 勝手に共犯者にするな。 「というかそんな銃、どこで手に入れたのよ」 「意外と普通に手に入るものよ。弾も普通のNATO弾だし、使い勝手がいいの」 私は銃に詳しいわけじゃないけど、少なくても鉄砲屋さんで売っているものではないだろう。 ……やっぱりこの子は謎だ。けど、ここで追求しても始まらないし、そもそも私は興味がないので、それ以上はやめておく。 カナタが銃を組み立て終わり、しっかりと構えたところで、森に分け入って行く。 「こんな風に足音を立てて大丈夫なの?」 「鹿とか相手なら大丈夫。足音は鹿も立てるものだから。それより、金属音とかの方が嫌うわ」 なるほど。自然の生き物も音は立てるか。 森を進んで行くと、獣道に出くわした。道としてならされているわけではないけど、草木が踏み潰されている。カナタはしゃがみ、何かを探し出した。 「何を探しているの?」 「足跡。何の動物が使っている道か、足跡で判断するの。……あった」 そこにあった足跡は、少なくても人間のものではなかった。三本の爪らしき跡と、丸いーー肉球的なもの? そんな形に見える。 「……やっぱり普通の生き物じゃないわね。こんな足跡の生き物は見たことない。けど、生き物はいる」 「じゃあ、この道の先に?」 「いるかもしれないわね」 ごくりと喉が鳴る。 八尺様がいた世界。獣も、やはりそんな存在なんだろうか。でも、都市伝説で獣というのはあまり聞かない。せいぜい人面犬くらいだろうか。 とはいえ、八尺様の正体が鳥だなんていう説は聞いたことがないし、似て非なる存在なのかもしれない。 私はカナタの後ろについて、木々の間を踏み分けていく。すると、広めの道に出た。 そこは本当の道だった。車でも通れそうなほどの幅があり、草木が切り払われている。コンクリートがあるわけじゃないけど、道は踏み固められているし、石とかもない。まるで山の中の車道といった風情だ。 「なんでこんなところに道が?」 「わからないけど、ここに繋がっているってのは何か意味が……」 カナタは言葉の途中で口を閉ざし、指を立てた。 私も耳をすます。何かが聞こえる……? テン……ソウ……メツ…… |