「撃ってから聞くことじゃないけど。何が起きたの?」
「あれは幻よ。ヤマノケーーあの化け物は、私たちに幻を見せて、自分の姿を隠していたんだわ。でも、正面方向なら、どこにいても隠れたうちに入らない。けど、私たちの後ろから幻覚を見せていたなら、自分は絶対に安全よね」
 振り返った先には、黒白まだら模様の獣が血を流していた。ぴくりともしないところを見ると、もう死んでいるんだろう。
 カナタは獣に近づくと、その体を持ち上げる。
 まあまあの大きさ。猪ほどじゃないけど、柴犬とかよりは大きいか。四本足で、ふさふさした毛並みを持っている。顔つきは鋭いけど、どこかマヌケでもある。
「タヌキ? ううん、キツネ?」
「どっちかっていうと、アナグマに近く見えるわ」
「アナグマ?」
「タヌキに似ているけど、タヌキみたいに生臭さがないから、すごく食べやすいジビエよ」
 食べやすい……。そっか、これ食べるのか。
 この前の鳥肉を思い返すとぜったいに美味しいんだろうけど、その前にぜったいに食べちゃいけないやつな気がする。
 けど、それをカナタに言っても、ぜったいに聞き入れないんだろうなぁなんて、そんなことを思った。

☆ ★ ☆ ★ ☆

 不思議なことに、ヤマノケを倒した途端、森の端に到着した。空もいつの間にか青空が戻ってきている。空も森も、ヤマノケが作り出した幻影空間だったのだろう。
 カナタはロープを取り出し、ヤマノケを木に吊した。続いてナイフを取り出す。
「気持ち悪かったら目を閉じていてもいいわよ」
「さすがに解体くらいでにゃあにゃあ言わないわよ」
「そう?」
 カナタはそのまま、ナイフだけで解体を始めた。
 まずは血抜き。やっぱり流れる血液は赤い。続けて腹を裂いていく。
 内臓を取り出すと、普通の生き物と変わらないように見えた。胃があり、腸があり、膀胱らしきものがある。ということは普通に食べて生きているんだろうけど、この獲物が存在しない世界で、何を食べているんだろう。木の皮?
 私がそんなことを考えている間にも、カナタは内臓を切り取り、皮を剥ぐ。
 この光景を残酷と言う人もいるかもしれない。でもこれは、命を頂くためには必要な手順だ。
 皮を剥いだら本格的に解体。肉を部位ごとに切り分ける。こうなれば、もうスーパーの肉と大差ない。
 それなりの大きさがあるヤマノケからは、肉も相当量が取れた。二人で料理するにはいくぶん多すぎる肉量だから、持って帰るしかないだろう。
 それでも、これだけの肉を持って行くとなれば、骨が折れる。
「それじゃあ、食事にしましょ」
 ……骨が折れるけど、ここで食べるくらいなら持っていく方がマシでは。
 頭の片隅で思いつつ、けど、ぜったいに美味しいだろうということも想像できている。
 私の脳内で天使と悪魔がガチバトルしているのをよそに、カナタはすぐさま料理の準備をしていた。
 バッグの中から、組立式のグリルを取り出し、燃料用の炭をセット。砕いた炭に点火し、加熱していく。
 グリルの上で網が温まったところで、解体して薄切りにした肉を乗せた。じゅうう、と心地好い音が響き、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「焼けばだいたい食べられるでしょ」
 そう言うカナタは、焼け目のついた肉にフォークを突き刺し、口に入れた。
「んっ!!」
「え、何!? やっぱり毒だった!?」
 もぐもぐ、ごくん。
 飲み込んだカナタは、私をジト目で見やる。
「やっぱりって何だ」
「正直な気持ち」
「正直過ぎる。でもこの肉、本当に美味しいわよ」
 ほら、と突き出される肉。目の前の肉は香ばしい匂いで、抗えない魅力を全力で発していて……。
 つい、ぱくりと口に入れてしまった。
「ッ!!」
 まっさきに感じたのは暴力的なまでの旨味。
 覚悟していたようなジビエ的臭みはまったくなくて、ほんのり甘い肉汁が口の中にあふれてくる。
 味付けをまったくしていないのに、これほど美味しいなんて……!
「よーし、じゃあジャンジャン焼いちゃ……」
「ちょ、ちょっと待って! あんた、味付けとかは?」
「味? よくわかんないけど、焼けば食べられるでしょ」
「……ちょっとストップ。カナタ、料理は?」
「まったく出来ない」
 やっぱりだよ。わかってたよ。
「はぁ……」
 ため息をついた私は、手を出す。
「ナイフ貸して。私が料理する」

☆ ★ ☆ ★ ☆

 カナタが持っていた調理道具は網と、小さめのクッカー(野外用の鍋)。これは蓋側もフライパンの代わりに使えるタイプのようで、合わせて鍋とフライパンといったところ。それに調味料として、塩こしょうだけ。
 これではあまりに味気ないので、私が持っている調味料を足すことにした。
 醤油にみりん、ポン酢とめんつゆ。それと油。粉類は小麦粉、片栗粉。これだけあれば最低限の料理にはなる。他の食材が何もないから、付け合わせが作れないことが残念だけど……。せめて調理方法を変えてみよう。
 まずは肉を一口大にカット。醤油とみりん、塩こしょうを肉にまぶし、粉をつける。
 油をクッカーに入れて加温。170℃くらいまで熱したところで粉をまぶした肉を入れる。カラリと揚がれば唐揚げの完成。
 続いて、大きめにカットした肉はそのままステーキに。蓋を熱し、その上に肉を乗せる。シンプルに焼くだけ、だけど焼きすぎないように注意。肉に火が通ったところで、肉汁に醤油を混ぜてソースにし、肉にかける。
 最後に、油をフライパンに移して、空いた鍋にでお湯を沸かす。薄切りにした肉を横に添えて準備完了。
「はい。ヤマノケの唐揚げ、ヤマノケステーキ、それにヤマノケのしゃぶしゃぶ。塩焼きよりはマシでしょ」
「凄くない!? 料理じゃん!」
「料理だよ!」
 カナタはキラキラした眼差しを私に向ける。
「はすみって料理出来るんじゃん! それならそうと教えておいてよ!」
「訳のわかんない肉とか料理したくないじゃん……。それに八尺様の時は調味料とか持ってなかったし」
「でも今日は持ってたんでしょ?」
「……ちょっと予想していたからね」
 前回、カナタは八尺様の肉を料理することなく、そのまま焼いて食べていた。ワイルド過ぎる。
 前回はお腹が空いていたということだけれど、今回も疑わしかったので、念のため使えそうな調味料を小さめのボトルに入れておいたのだ。活用するつもりはまったくなかったんだけどね……!!
「じゃあ食べようよ!」
 無邪気に言われると反論できない。というかちょっとキラキラ押さえて。まぶしいわ。
「じゃあ唐揚げ!」
 カナタは唐揚げを頬張っているので、私はナイフで切り分けたステーキを食べてみた。
「んっ……」
 普通に美味しい。シンプルに焼いただけだからこそ、肉の旨味を強く感じる。牛とも豚とも違う、肉々しい肉。柔らかいけれど歯ごたえもあり、噛むことでほんのり甘味を感じる。
「この唐揚げも美味しい! 肉の味がぎゅーって集まってる感じする!」
「そう。よかったわね」
「何よ、クールねぇ」
 あんたのテンションが高すぎるんだ。いや、まあ……確かにこの肉は美味しいんだけど。
 こんな肉、日本では味わったことがない。あるいは最高級ランクの肉なんていったらこういう味なのかもしれないけど、生憎とそういうお肉に縁のある生活はしていないので、よくわからない。
「じゃあしゃぶしゃぶ!」
 薄切りした肉を湯通しして、ポン酢につける。
「んー……」
 軽く湯通しをすると、甘味をよりはっきりと感じる。砂糖のような、どこか人工的な感じの甘味じゃない。果物のようというか、自然の甘味だ。
「こんなお肉、本当に食べたことない。これはもうヤミツキよね!」
「……」
 病み付きというか、闇憑きでは。
 都市伝説のような体験をしたがった私が言うことではないかもしれないけど、カナタは恐怖とかないんだろうか。ついさっき、死ぬような恐怖を味わったばかりなのに、今はもう屈託なく笑っている。
 死ぬことは怖いことだ。だけど、死ぬよりも生きることのほうがもっと怖い。
 この世界で出会う怪異は、もちろん死ぬ恐怖はあるけどーーそれ以上に、何が起きるかさえ分からない恐怖がある。今までの常識を破壊されるような体験がある。
 それでも、わざわざそんな体験をしに行く意味はあるのだろうか。
 良識ある大人に聞けば、そんな危ないことをしてはいけないと言うかもしれない。でも。
「ん? どうかした?」
「なんでもない」
 無邪気に笑うカナタ。
 その笑顔は、私にとってーー最高に美味しいお肉よりも、よほど宝物のように見える。
 この女が望むなら、もう少しだけ危ない目に遭ってもいいかと思えてしまう。そんな、破滅的な自分を、どこか楽しんでいるところがあった。