友達がいない私にとって、休日というのは一人で過ごす時間だ。
 誰かを誘ってどうこうなんてありえないし、友達と旅行とか考えたこともない。
 そんな私にとって、ほとんど初めてレベルの体験を押し付けてくる女が目の前に一人。
「ねえねえ。はすみって、どうやってエレベーターの方法を知ったの?」
 都内の某路線。日曜日の朝一は、まだ時間が早いせいか、電車は空いていて、座席にも余裕がある。そんな中、私とカナタはドアの前に立って、ガタンゴトンと揺られていた。
「どうって、知り合いから聞いたんだったかな」
「はすみって友達いたの?」
「あぁ!?」
「あ、ほら、もうすぐだよ」
 ……こいつめ。
 美人は七難隠すというけど、カナタは十難くらい隠しているんじゃなかろうか。ちなみに私は百難くらいあるから隠しきれない。
 いつもの駅で降りた私たちは、例のエレベーターに乗り、異世界に渡る。これで異世界に来たのは5回目だった。
 1回目、2回目と順調に狩りが出来た私たちだったけど、私は異世界の地図作りを強く提案した。
 ヤマノケと遭遇してわかったことは、距離感や時間感覚さえ騙されるということだ。
 そこで、せめてもの寄る辺として、正確な地図を作ることを提案した。仮に距離感を騙されたとしても、ランドマークや距離をきちんと把握していれば、違和感に気づきやすい。
 地図の真ん中に転移のエレベーターを描き、そこを中心に、地図を埋めていくことにした。ヤマノケの森と八尺様がいた古民家を描き、距離を計っていく。正確な距離を計測することはできないので、歩いた時間で、なんとなく距離を計算した。
 そんなことを繰り返していく間、獲物に出会うことはなかった。カナタいわく、本物の狩りでも何も捕まらないというのはザラにあるらしい。だから、こんなものかもしれない。
 そうして分かったことは、とにかく異世界というのは広大だということだ。
 エレベーターを降りたところで、私たちは周囲を見渡す。
 遠くに見える八尺様の古民家。ヤマノケの森。他にも廃村のようなものとか、田園や湖らしきものまで見える。
 けど、いずれもやたらと遠い。日帰りで、歩いて行くには無理がある。
「やっぱり限界はあるよね……」
「んー。バイクでも持ってこられればいいんだけど」
「免許あるの?」
「一応。ほら、猪とか狩ると、車がないと持って帰れないから。何十キロもあるのよ、あれ」
 それもそうか。猟師をするなら、獲物を持ち帰る必要はぜったいに出てくる。その時、車みたいな移動手段がないときついだろう。そもそも猟師として生きていける田舎じゃ、車がないと不便だろうし。
「だから、せめて軽いバイクでも持ってこられればなーって。二人乗りしたってこの世界ならセーフでしょ」
「持ってくることはできるだろうけど、降りることができない」
 そうなのだ。エレベーターに乗るサイズなら、この世界に持ち込むことはたぶん可能。私のリュックやカナタの銃だって持ち込めているんだから、それは間違いない。
 でも、それは手に持つことができる荷物だから。なにせ、エレベーターホールから地上までは、階段しかない。エレベーターに乗ったら元の世界に戻っちゃうんだから、地道に歩いて降りるしかない。
 けど、階段で自転車はきついし、バイクを10階分も歩いて降ろすとか……。女二人の腕力では無理だ。
「歩いて行ける範囲を広げるとなると、もうテントでも張るしかないけどね」
「この世界に泊まるの……?」
 わけのわからない怪異が住まう世界。こんなところじゃろくに寝ることもできないだろう。寝ている間に襲われても、野生動物のように銃で脅せば逃げてくれる相手とは限らない。
「泊まりもダメ。移動手段もない。うーん、難しいねぇ」
「いっそバイクを部品で持ち込んで組み立てるとかならできるだろうけど」
「バイクの組み立てとかできるの?」
「言ってみただけ」
 実際、そのくらいのことをしないと、行動範囲を広げることはできないだろう。
「まあ、できないことを言っても仕方ないって。じゃあ今日はどうするの?」
「あの廃村まで行ってみようかなって」
 私が指したのは北側(太陽らしきものが東から西に向かっている前提として)にある、遠目にもわかる廃村を指した。
 オッケー、と返すカナタと共に、私たちはエレベーター塔を後にした。

☆ ★ ☆ ★ ☆

 廃村までの道をてくてく歩くこと、およそ1時間半。距離にすると7キロってところだろうか。
 見えてきたのは、くすんだ鳥居だった。その根本には、なぜだか骸骨らしき石が転がっている。
「……杉沢村じゃん」
「すぎさわ?」
「そういう都市伝説。狂った村民が村中の人を皆殺しにして、地図からも抹消されたっていう場所」
「ふうん。シリアルキラーの故郷なのね」
「そういう問題でもない。この村に入ると恐ろしいことが起きるって言われてるけど」
「じゃあやめとく?」
「行くけどさ。八尺様もヤマノケも食べておいて、いまさらでしょ」
 なんとなく恐怖心が麻痺している気がしないでもないけど、足は前に進む。実際、こういう都市伝説のような場所が本当にあるというだけでーー胸のどこかが、ワクワクドキドキしているのだ。
 村の中は静まり返っていた。けど、なんとなく気配がある気もする。
 周囲の木造家屋はなかば崩れており、蔦が絡んでいるものもある。全部で10軒ばかりあるだろうか。
「獲物はいないかしら」
「幽霊ならいるかもしれないけど」
「実体がないと食べられないわねぇ」
 呑気なことを言いながら村の中を歩いていると、急にカナタが足を止めた。唇の前に指を一本。
「……」
 そっと、廃屋のかげを覗き込み、私は息を飲んだ。
「ッ」
 人の足だった。ジーンズを履いた男性の足。
 そっと覗き込むと、人が倒れていた。といっても、人と判断できるのは、服があるからだ。
 その人は、すでに干からびていた。白茶けて乾いた体。落ちくぼんだ眼はただの穴となっており、髪の毛は縮れてしまっている。
「ミイラ……?」
 古代エジプトとかの話で見かけるような、人体標本に近い何か。それが現代の服を着ているという異様な光景。
 今まで、恐ろしいことは何度もあったけど、こうして実際に死体を目の当たりにしたのは初めてだった。いまさらになって気づく。私たちは、とんでもない世界を出歩いていたんだ。
 カナタは冷静に死体のそばに屈み込むと、その姿を観察する。
「いつ死んだのかはわからないけど、水分が欠片も残ってないわね」
「ミイラだし……?」
「そうだけど、そうじゃない。動物を完全にミイラ化するのって大変なのよ。内蔵は少しでも水分があればすぐ腐るから、ミイラにはならない。自然発生したミイラなら、もっと生っぽいところがあっていいはず」
「うげぇ」
「けど、この死体は完全にミイラだわ。こういうのは自然発生的なミイラとしてはほとんどありえない。よっぽど急激に水分を飛ばすとかしないと……」
 そういえば、聞いたことがある。古代エジプトのミイラは、脳みそや内臓を取り出してから乾燥させるって。
 砂漠地帯という極端に乾燥した地域でさえ、そこまでしないとミイラにはならない。ましてやこの杉沢村や異世界は、普通に水分のある空気だ。乾燥しているわけじゃないから、こんな風になるのはありえない。
 ということはーー。
「まさか、怪異にやられて?」
「そういうことになるわね。あたしのようにこの世界に迷い込んだのか、あんたみたいにわざと来たのかは分からないけど」
 それはわからないけど、ひとつだけわかることがある。
 やっぱり、この世界の怪異は、人を殺すんだ。