その時、ふと、私の視界が遠くにいる巨頭オを捕らえた。
「……?」
 後退した私たちが落とした、空薬莢。まだ熱を持ったそれに、一部の巨頭オたちが群がっている。ただ、頭の向きがおかしい。顔が薬莢に向いていない。
 よくよく巨頭オを観察してみる。そうやって見れば、はっきりわかる。巨大な頭を持ち、なんとなく顔に見えていたけどーーよくよく見れば、あれは顔じゃない。顔のように見える、落ちくぼんだだけの影だ。
 シミュラクラ現象という。ホラーでは割とよくあるもので、人間は3つの点があれば顔に見えるというものだ。
 わかりやすいのはコンセント。コンセントはただの穴なのに、まるで愉快な顔のように見える。これはシミュラクラ現象の結果で、人間が動物として生きる結果で得られた能力だ。
 よくある心霊写真なんかは、このシミュラクラ現象で説明ができる。実際に幽霊が見えているのではなく、何かの拍子にできた影のせいで、顔のように見えてしまうこと。これが幽霊として誤認されたことによるものだ。
「巨頭オも同じなんだ……」
 パッと見た限りでは顔のように見える。恐怖心がそれを煽る。あるいは、こいつらの幻術は、人の顔に見せることなのかもしれない。
 けど、実際に目があって見えているわけじゃない。空薬莢に反応しているところからみると、たぶん熱に反応しているんだ。
 熱を持った相手を襲い、水分を奪い、ミイラにする怪異?
「まるで吸血鬼みたいな……」
 そういえば、アリジゴクという虫は、蟻の体液を吸い取ってしまうという。似たような能力が巨頭オにもある?
 だとしたら、捕まるのはぜったいにまずい。いや、そうでなくても捕まったらヤバそうだけど……。でも、熱に反応するなら!
「カナタ! 火起こし!」
「火!?」
「こいつら、熱に反応するの! 何かを燃やせばそっちに行くはず!」
「なるほどねっ! オッケー!」
 カナタはすぐさまライターを取り出すと、松ぼっくりに火をつける。燃えるそれを、近くの廃屋に向かって投げる。
 乾燥した廃屋に、すぐさま火がついた。メラメラと燃え出す家屋。そこに、巨頭オたちは敏感に反応した。
 私たち人間とは比べものにならないほどの熱量。巨頭オたちは、自らその中に飛び込んでいく。
「お?」
 すると、細い体はすぐさま燃え尽きた。頭がごろりと転がっていく。
 銃弾さえ弾く頭は燃やしても燃え尽きないようだけど、その中でゴロゴロと転がる様はまるでーー。
「もしかして、カボチャ?」
「ジャック・オー・ランタンってことかしら。幽霊だけに」
「どっちかっていうと、マンドラゴラとかなのかも。顔に見える植物」
 そういうことか。自分の意思で動いているわけじゃなく、なかば機械のように、自動的に人を襲う。人間から養分を奪う能力はあれど、基本は植物なんだ。たぶん、頭に見える部分が実で、体は……根っこか何か?
 そう考えれば、人間ぽい体つきでありながら、人間とはぜんぜん違う様子なのも理解できる。固体ごとに頭のサイズにばらつきがあるのは、実の大きさが不揃いな、路地裏のきゅうりみたいなものか。
 目つきが虚ろなのは当然だ。植物だから目はない。単に窪みが目っぽく見えるだけのこと。
 そのまま、廃屋が燃え尽きるまで、私たちは見守っていた。

☆ ★ ☆ ★ ☆

 風がなかったせいか、燃えるものがなくなると火は消えた。後から思えばすっごい危ないことをしていた気がしないでもないけど、まあよしとしよう。
 燃え跡には、体を失った巨頭オたちの頭がゴロゴロ。
「これ、食べられると思う?」
「どうかなぁ」
 ためしにと、カナタはナイフを取り出し、巨頭オの頭に突き立てた。
 熱したせいか、硬質な外皮にもナイフが刺さる。皮を剥くと、中からもう一枚、薄皮が覗いた。薄皮ごと中身をくり抜き、二人で味見をしてみる。
「んっ!?」
「へえ」
 甘い。それも砂糖のような甘さではなく、果実のような自然の甘味だ。それでいて、何故だか肉のような旨味も感じられる。これは新感覚の、肉の果実だ!
「どう? これなら料理できそう?」
「料理するのは私なの?」
「あたしは料理なんてできないし。サバイバル担当があたし、家庭担当がはすみってことで!」
「そんなのいつ決まったの」
「今よ」
 にこりと笑われると逆らえない。本当に私って美人に弱いな……。
 けど、これだけの食材なら、調理のやり甲斐もある。
「じゃあ、カナタは火を起こして」
「はいはい」
 カナタが折りたたみグリルの用意をする間、私は巨頭オを下ごしらえすることにした。
 まずは調理道具の用意。道具はカナタが持っていたクッカーに加えて、私もクッカーとケース入りのナイフを持ってきた。それに木ベラとかスプーンとか。
 私のクッカーは、言うなれば取っ手のついた箱といった感じ。入れ子になっていて、箱の中にひとまわり小さな箱が入っている。
 それと材料。さすがに巨頭オだけでは料理の幅にも限界があるので、緊急時用に持ってきた食材を足すことにした(何も狩れなくてもお腹は空くので、遠征用に食材は持ってくるようにしている)。
「さて」
 とりあえず硬い外皮を剥く。中身はそこそこ柔らかい。それをナイフで切り出しながら、大きめのクッカーに入れていく。クッカーは調理用ではなく、ただのボウルの代わりだ。
 そうこうしているうちに炭火が用意できたので、今度は小さめのクッカーにバターを入れる。炭火で熱しながらゆっくり溶かしたところで、薄切りにした玉ねぎを投入。軽く炒めたら巨頭オと水を加え、コンソメを入れて味を整える。固形スープの元は失敗しないから使いやすい。
 スープだけじゃ寂しいので、もう一品。
 巨頭オを四角く切り出し、面取り。これを小さい方のクッカーに入れて、顆粒出汁を使って煮込む。元から甘味が強いので砂糖は入れず、醤油とみりんを加えてぐつぐつ。
 炭火は、積んでいる炭の量を順番こにしておくことで、強火から弱火までを自在に調整することができる。アウトドアのテクニックだ。
 巨頭オの実は、煮込んでも不思議と崩れなかった。煮汁が少なくなったところで完成。本当は味が染み込むまで休ませたいけど、さすがにこれ以上は時間をかけられない。
「はい、できたわよ」
「待ってました!!」
 カトラリー(キャンプ用のフォーク)を握りしめながら、キラキラの笑顔を向けてくるカナタ。……子供か。
「巨頭オの煮物とスープよ。他の食材があんまりなかったから、最低限だけど」
「上等! はすみがいなかったら、たぶん焼いて食べるだけだったもん」
「原始人か」
 カナタのクッカーを皿にして、二人で料理を前にする。
「それじゃあ、いただきます!」
 最初にスープ。もっともこれはただのコンソメスープーーじゃない!?
 飲んだだけで、固形コンソメにはない深い旨味を感じた。これ、巨頭オの旨味……?
 ただの野菜じゃありえない、スープを”噛む”ほどの旨味。まるで肉をそのまま飲んでいるような……。
 今度は煮物をかじってみる。こっちは凄く甘い。砂糖なんか入れてないのに、しっかりとした甘味を感じる。その甘さを醤油が引き立て、絶妙なおいしさに仕立て上げていた。
「いいわねこの煮物! それにスープも、ステーキソースを味わっているような気分だわ!」
「スープだっての」
 でも言いたいことはわかる。煮物もスープも、野菜って感じがしない。
 ともすれば、野菜はそれだけだと主役にならない。どちらかといえば添え物、ドラマで言えば脇役の類。
 けど、巨頭オは一見すると野菜のようでありながら、しっかりとメインディッシュを張れるポテンシャルがある。こんな野菜は初めて食べたわ……。
「くぅぅ。これだから怪異狩りはやめられないわね! ねえねえ、この巨頭オとヤマノケとか八尺を合わせたら、もっと凄い料理ができない!?」
「え? いや、まあ、作れるかもしれないけど」
「じゃあ、地図も出来てきたことだし、まずはヤマノケ狩りに行きましょう!」
「えぇぇ……。いや、まあ、攻略法はわかっちゃいるけど」
「食べられるものを狩らないのは失礼よ!」
 どんな理屈よ。
 でも、まあ、気持ちはわからなくもない。料理って、ひとつの食材だけじゃ作れない。
 怪異を合わせるのには怪異。その気持ちはよくわかるし、実際に普通の食材じゃ負けてしまいそうな怪異食材にも、怪異食材なら負けずに済むはず。
「……しょうがないわね」
 カナタのペースに乗せられていることを自覚しつつ、そんなに嫌な気持ちにはならないな、なんて思っていた。