私とカナタは、都内の喫茶店で会っていた。
 全国チェーンの喫茶店だけど、席と席の間がある程度は確保されている。抑えられた電球色の照明がほのかにテーブルを照らしていた。
「じゃん」
 カナタが取り出したのはデジカメ。先日、巨頭オの犠牲者となったらしい男性が持っていたカメラを、拝借したものだ。
「これのデータ、はすみにも見せようと思って」
「そんな面白いものでも写っていた?」
「ほら」
 さしだされたデジカメを受け取り、中のデータを見てみる。
 最初の方は、例のエレベーターの写真。フロアに止まるごとの景色はバラバラで、とても同じエレベーターに乗っているとは思えない。
 次はエレベーター塔から周辺の景色を撮影していた。八尺様の古民家や巨頭オの廃村が写っている。
 ここでいったん景色が戻る。エレベーターに映像が戻ったのは、きっと日付が変わったからだ。
 今度は巨頭オの村に向かい、鳥居をくぐり……。
「ん?」
 ともすれば見逃しそうだった。廃村の片隅、遠くにーー女性らしき姿があった。
「わかった?」
「うん。人がいるね」
 巨頭オとは明らかに違う。頭がそんなに大きくないし、等身は普通の人だ。
 あの世界で、私たちは自分たち以外に生きた人間と会ったことがない。というか、死体すら先日の男性が初めてだった。
 あの世界で住んでいる人がいるとも思えないから、この人もエレベーターから迷い込んだのだろうか。あるいは、カナタみたいに、神隠しに遭った人?
「次の写真に、もう少し大きく写ってるよ」
「ふうん?」
 ページをめくる。なるほど確かに、米粒がもう少しアップになって、人の顔がなんとなくわかるようになった。というかーー。
「あ……」
「どうしたの?」
「……これ、知り合いだ」
「ええ!?」
 カナタが目を丸くする。でも、私も予想していたわけじゃない。だから、心底驚いてはいる。
 驚いている半面、どこか納得もしていた。
「誰なの? って聞いてわかるわけないんだけど」
「うん、まあね。この人はシシムロさんって言って……。私の学校の先輩」
「シシムロ」
 私は紙ナプキンに、【宍室 冬子】と書いた。
「中学の先輩。同じ部活だったの。先輩が高校に進学した後も交流が続いてて……。でも、2年前に失踪した」
「2年前?」
「そう」
 それは、突然だった。
 高校に進学した先輩。唯一、私が交流していた赤の他人だった。
 失踪当初は、私も先輩の行方を探した。先輩の高校にも行ったし、先輩の家にも行った。でも、手がかりを見つけることはできなかった。
「……その割にはずいぶんと落ち着いているのね?」
「うん。まあ、ね。先輩ってね、ホラーが好きだったの。もっと言えば都市伝説が」
「都市伝説?」
「そう。ヤマノケとか八尺様とかくねくねとか。エレベーターで異界に渡る方法も、先輩に聞いたんだったかな」
「なるほどね。はすみと同じ、オカルトマニアってわけだ」
「誰がマニアか」
 私はカナタをにらみつつ、
「あの世界を見つけた時にね。先輩はこういう世界が好きだろうなって思ったの。もしかしたら、エレベーターの方法であの世界に渡って、気に入ったから……あの世界に移住しちゃったのかもしれない」
「はすみには何も言わずに?」
「そういう先輩なのよ」
 そう。先輩が私に弱みを見せたことはない。
 私が知っている先輩は、いつだって自信家で、いつだって強気で、いつだって好きなものを好きと言える人だった。
 一方で私は、卑屈で、他人とのコミュニケーションが嫌いで、正反対に近い人間だ。
 先輩のことを考えていた私は、ふと、目の前の女を見やった。
 銃器を扱い、怪異を狩り、食べたいとかぬかす女。
「そっか」
 似ているんだな、かすかに。
 顔がどう、というわけじゃない。強いて言うなら、突拍子もない行動を取って、私をあたふたさせるところ。そんなあたりが、少し似ているんだ。
 だから私は、この女に付き合っているのかもしれない。
「でも、これは確実に手がかりだわ」
「確実にって? カメラには写っているけど……」
「カメラは日付の設定がバグっていて見られなかったけど、手帳の日付が会っているなら、あの人が巨頭オにやられてから一年も経っていないわ。でも、シシムロが失踪したのは2年前なんでしょ? ということは、少なくても1年間、シシムロはあの世界で生き続けているってことになる」
「あんな世界で……」
 八尺様と遭遇した時も、ヤマノケに襲われた時も、私は本気で死ぬかと思った。
 そんな世界に、たった一人きりで、一年も生き残るなんて……。
 今から思い返しても、宍室先輩が特別にサバイバル知識を持っていたとか、普段から銃や日本刀を振り回していたとかは記憶にない。
 そんな先輩でも、あの世界で一年も生き残れるんだ。
「ねえ、はすみ。今度の目標は、このシシムロを探すことにしましょうよ。あなたも会いたいでしょ?」
「え? そりゃ、会えるなら会いたいけど……。でも、もう一年も前なんでしょ? 生き残っているかどうか……」
「そんなの探してみなきゃわからないじゃない。やってみましょ!」
「それはそうなんだけど。でも、そんなのカナタには関係ないし……」
「あたしは、あの世界で怪異を食べられればそれでいいもの。でも、目的なく探索するってのもアレだし、はすみは怪異を食べることが目的じゃないでしょ?」
「まあ、あの世界に行ったのは違うけど」
「じゃあ簡単よ。あたしは怪異を食べに行く。はすみはシシムロを探す。これで完璧じゃない?」
「う、うん」
 流されつつ、私は手元のカメラに視線を落とす。
 廃村の片隅に立つ、宍室先輩の横顔。そこには、何の表情も浮かんでいなかった。