「っ!!」
 バキンと木をへし折りながら、姦姦蛇螺は私たちに迫ってくる。
 体が痺れたように動けなくなっていく。
 効いていない、わけじゃない。ダメージにはなっている。
 問題は、たぶんサイズだ。姦姦蛇螺は見上げるほどの大きさ。それに対して、カナタが撃っている自動小銃の弾丸は手の平サイズ。
 熊でも散弾銃で一撃とはいかないことも多い。姦姦蛇螺も同じで、急所を的確に撃ち抜かないと倒せないんだ。
「くっ……ッ!?」
 その時、手がギシリと痛んだ。まるで針で突き刺したような痛みながら、反射的に動くはずの手が動かせない。
 姦姦蛇螺の呪いーー体を麻痺させ、苦痛を与える呪い!
「カナタ! ぜったいに目を開けないで!」
 私に言えることはそれだけだ。こいつは姿を見ただけで人を呪うことができる。私ひとりが呪われているうちは大丈夫、だけど、カナタまで呪われて、銃が使えなくなるのはぜったいにまずい!!
 意図せず脂汗が流れ、息が荒くなる。腹痛でトイレに閉じこもる気分の万倍苦しいけど、奥歯を割る気持ちで我慢する。
「はすみ? 大丈夫?」
「んな、わけ……あるか……」
 搾り出した声が弱々しい。しゃべれるだけ凄いぞ私。
 そうだ、私たちはたくさんの怪異を狩ってきたハンターだぞ。蛇だか巫女だか知らないけど、恐ろしいものを皮をかぶっただけの獲物なんて、狩って当然だ!
「弱点を……」
 銃弾でも撃ち抜ける弱点を探す。
 目の前で恐ろしい顔をしている姦姦蛇螺。じろりとこちらをねめつけーーただそれだけだ。
「……?」
 何故だろう。
 あれだけの巨体。蛇の体で私たちを絞め殺せばそれで終わりだろうに、そういうことをしてくる気配はない。木をへし折るほどのパワーはあるのに、私たちをつかもうとする気配すらない。
 なんで攻撃してこないで、怖い顔を見せているだけなのか。
「やっぱり、見せかけなんだ……」
 この異世界にいる怪異たちに共通するもの。それは、人を欺くということ。
 本当の姿は別にある。だから、本来ならできそうなことができない。本当の姿は違うからだ。
 姦姦蛇螺もたぶん同じ。きっと巨体に見えるけど巨体じゃない。パワーがあるように見せかけてパワーはない。
 でも、じゃあなんで木がへし折れているんだろう?

 ……それもまやかしだとしたら?

 木がへし折れたんじゃなく、木がへし折れたような幻覚? あるいは、木もこいつの体の一部? そういう構造の物体?
 そういえば、と思い出す。姦姦蛇螺が現れた時、何があった?
 そうだ。祠が揺れた。私たちが触れてもいないのに、祠が暴れていた!
 キッ、と祠を睨みつける。よくよく見れば、適当に撃ったカナタの銃弾は、祠をかすめたらしかった。弾丸で祠の飾りが砕けた痕跡がある。
 こいつ、ヤマノケと同じタイプか!
「カナタ! こっちを撃って!!」
 私がカナタの腕を握り、方向を示す。カナタはしっかりと銃をホールドし、引き金を引く。

 ガガガガン!!!

 連なる銃撃の音。弾丸が祠をズタズタに引き裂く。すると、姦姦蛇螺にも変化が現れた。
「ギィィィィィィィ!!」
 甲高い悲鳴が響き、その姿が霞のように消える。気付けばへし折れたはずの木も元通りになっていた。
 予想通り。こいつは、きっと待ち伏せするタイプの怪異なんだ。獲物が領域に入ってきた時、巨大なバケモノを見せて驚かす。そうして祠に近づけたかったんだろうか。だから、逃げ道を塞ぐように姦姦蛇螺が現れた。
「もう目を開けていいと思う」
 砕けた祠に近づく。割れた壺の中に、生き物がいた。
「これが……姦姦蛇螺?」
 柔らかそうな体に、吸盤のついた足が複数。ぶよぶよした頭といい、これはどう見てもーータコだ。
「林の中にタコ?」
「まあ、怪異の世界に常識を求めても仕方ないんだろうけど」
 二人で覗き込みながら、そんなことを言い合う。壺ひとつにつき一匹、全部で四匹のタコがいた。
 あるいは、姦姦蛇螺と周囲の木を、このタコ4匹でそれぞれ分担して作っていたのかも。
「タコなら食べられるでしょ」
「まあね。でもカナタ、タコ食べられるの?」
「なんで?」
「タコを食べないって宗教の人もいるから」
「あれだけ色々と食べといて?」
 ……それもそうか。
「それにしても、はすみみたいな友達いなさそうな子でも宗教とか気にするんだ」
「るさい」
 それはNGワードだぞ。カナタ。

☆ ★ ☆ ★ ☆

 今日の食材はタコとカボチャときたもんだ。どっちも怪異だけど。
 林から抜けたところに清流があったので、そこで調理をすることにした。
 まずはタコを調理。すでに締められているタコって感じだけど、ぬめりはある。そこで、タコの体に塩を振りかけ、丁寧に揉んでいく。すると泡立つくらいにぬめりが出てくる。
 よーく揉み洗いし、水で流せば下処理は完了。あとは刺身でも茹でても食べられる。
 けど、せっかく巨頭オもあるので一工夫。
 巨頭オの実を熱消毒したスプーンですり潰す。そうすると粘り気が出てきて、とろとろになる。
 これに粉と水を加え、さらに混ぜる。続いて卵。これは私が持ってきた鶏卵を使う。
 こうして混ぜ合わせた種に、ぶつ切りにしたタコを投入。練り上げたところで、クッカーを炭火の上に乗せて熱する。
 表面の温度が上がったところで、種を投入。ふつふつとしてきたところで裏面も焼き上げる。
 両面をしっかり焼けたら完成。
「はい。姦姦蛇螺のお好み焼き」
 イカ玉ならぬ蛇玉といったところだろうか。蛇というかタコだけど。姦玉? ……いかがわしいな。
「すごい! 料理だ!」
「当たり前でしょ。あ、それと一応」
 姦姦蛇螺をぶつ切りにし、刺身は心配なので軽く焼いてみた。炙りタコ……? それもお好み焼きと一緒に皿に盛る。
 お好み焼きには中農ソースをかけておいた。本当は鰹節とかもあればいいんだけど、さすがにそれは持ち歩いていない。出汁も取れるし、今度は持ってくるかな……。でも嵩張るしなぁ。
 カトラリーを握るカナタは準備万端。こいつの子供っぽい姿を見ていると、年上だと忘れてしまいそうになる。
 満面の笑顔を浮かべるカナタと共に、実食。
「じゃあ、いただきます!」
「ます」
 まずは炙りを食べてみる。
「んっ……」
 感じる磯の香り。林の中にいたくせに。
 それにしても臭みとかまったくないし、コリコリとした歯ごたえも楽しい。他の怪異たちと比べるとガツンとくるほどのパンチはないけど、抜群の歯ごたえとほのかな風味はシンプルな料理に合いそうだった。
 今度はお好み焼きを食べてみる。
「おっ」
 今度はベストマッチだ。
 巨頭オはもともと甘味や旨味を兼ね備えた絶妙な食材。そこにシンプルかつ食感の楽しい姦姦蛇螺が混じることで、楽しいハーモニーを奏でる。
 ソースだけでも魅惑なのに、これに怪異が混じったら最強過ぎる。やばい美味しい。
 しかも、足の部分と体の部分だと食感が変わる。それがまた楽しい。コリコリ、ふわふわ、もにもに、ぷちぷち。食感デパートか。
「はすみ! おかわり!」
「あ、はいはい」
 すぐさま次を焼く。確かにこれは美味しい。
 今まで怪異同士を掛け合わせるってことはなかったけど、こうして混ぜると料理としてのグレードが上がるなぁ……。
 種を全部焼き、食べ終える頃には、カナタも満足そうだった。
「ふう。姦姦蛇螺、美味しかったわ」
「そうねぇ」
 確かに美味しいんだけど、命懸けするほどのことだろうかとちょっと思ってしまう。
「……」
 これを食べるためだけに怪異を狩れと言われると、少し尻込みするかもしれない。
 でも、私にはすでに、別の目標もできてしまっている。

 ーー宍室先輩。

 私の、唯一交流ができた他人。
 両親を早くに失った私にとって、他人とはどうでもいい存在だった。他人は私を助けてくれず、いざとなれば平気で裏切る存在であると。
 そんな人間不信に近かった私に、宍室先輩は平気でズカズカと入り込んできた。
 私の入った中学は全員部活に入部することをルールとしていた。とはいえ入部したい部活はなく、私は人数が最も少なかった料理部に入った。そこで出会ったのが宍室先輩だった。
 他の部員は部活に顔を出したことがなかったので、必然的に、私と宍室先輩だけで話すことが多かった。
 家庭科室を部室としていたけど、料理をすることはそれほど多くなかった気もする。一応、最低限の部活動はしていたし、私はそこで料理スキルを手にしたけれどーー先輩が教えてくれたのは、料理の方法だけじゃない。
 都市伝説という、理不尽なホラーだ。
 都市伝説の主人公たちーー言い換えれば被害者たちは、自分では何もしていない、あるいは大それたことをしていないのに、怪異に襲われる。
 ヤマノケの話では山に入っただけだし、八尺様の話なんて縁側で遊んでいただけだ。そんな日常の中に怪異たちは侵入し、悪人でもなんでもない被害者たちを襲う。
 そして、被害を受けた人たちは、一生どうにもできない傷を負うことになる。
 そんな姿に、私は魅力を覚えた。それはさながら、自分の人生が都市伝説であるかのような錯覚だった。
 それ以来、宍室先輩と話をする時間は楽しかった。色々な怪異を教わり、けれど突然、先輩も私を裏切った。
 ううん、裏切りとは違うかもしれない。ただ姿を消しただけだ。
 けど、唯一の相手を失った私は、心理的な路頭に迷った。
 そうしてエレベーターの都市伝説を試し……カナタに出会った。
「ん? 何?」
「なんでもない」
 この、何も考えてなさそうな女。
 この子は、私を救うんだろうか。