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アパートの一室。ワンルームの部屋には、最低限のモノしかない。 パソコンとローテーブル、ベッド。小さめの本棚はあるけど、本はあまり入っていない。せいぜい教科書と、高校に入る時に使った参考書くらいだ。 クローゼットには着替えがあるけど、冬物と夏物が平気で並んでいたりする。 これが私の部屋。明日にでも引越しするのかといった風情だ。 というのも、本はたいがい電子書籍で読んでいるから、紙の本というのは持っていない。着飾るつもりもないので着替えは夏冬で何枚かあればいい。 台所まわりには料理道具もあるけど、それ以外に私物というのは本当に少ない。女子の部屋としては壊滅的、というか男子の部屋としても生活感がなさすぎる。 私自身がモノに執着しない性分で、そのせいで部屋の中にはモノがやたらと少ない。結果的に、部屋の中央に鎮座するリュックサックは、やたらと目立っていた。 「……」 中にはキャンプ道具一式が入っている。このうち半分以上は新品だ。学生の身にとっては気軽に買えるようなものじゃなかった。 もしもカナタがいなかったら、私はこれを買うことなんてなかっただろうし、そもそも買う必要はなかっただろう。 ☆ ★ ☆ ★ ☆ 「一泊する必要があると思う」 前回の探索帰り。茜色に染まる階段を上がりながら、カナタはそんなことを言った。 「このまま歩いて往復しても、せいぜい今日の林くらいまでが限界だわ。これじゃあ探索にならない。かといって乗り物も持ってこられないし、となったら、何泊かして距離を稼ぐしかない」 「でも、この世界で泊まるって間違いなくヤバいよ」 「それはわかってるけど、でも、それじゃあ宍室を見つけられないってのもわかるでしょ」 「……」 そうなのだ。宍室先輩は、2年前に姿を消している。この世界のどこにいるかわからないけど、もしも生きているなら、2年の間にどこまで行ってしまったのか。 手がかりも何もないような世界だけど、巨頭オの廃村で見つけたカメラに、先輩の姿は写っていた。ということは、少なくても1年前には廃村ーーすなわちエレベーター塔から日帰りで歩いて行ける範囲にいたはずなのだ。 この世界の地理はまだ把握しきれていないけれど、先輩が1年も過ごしているのなら、どこかに居住区があるはず。それは、あるいはエレベーター塔から遠くないのではないか。 想像はできたけれど、歩いて行ける範囲にあるからといって、日帰りできる範囲とは限らない。先輩からすれば、居住区まで行ければ安全なのかもしれない。ということは、廃村を基準にしても、エレベーター塔まで往復はできない距離かもしれないのだ(先輩は撮られたところから居住区まで戻る途中だった可能性もある)。 先輩を本気で探すなら、異世界で一泊は必須条件だった。それどころか、何泊かできなければ、本気で捜索することはできない。 それはわかっていたけど、素直にうんとも言えない。 八尺様。 ヤマノケ。 巨頭オ。 姦姦蛇螺。 今まで狩ってきた怪異たちは、なんとか弱点を見つけて殺せたものの、基本的には私たちが”狩られる”側だった。 それを、寝ている時のーー無防備な状況で襲われれば。勝ち目なんてあるとは思えない。 ぞくりと背筋が震える。あれらの怪異に襲われ、食べられてしまう自分。 いや。食べられてしまうだけなら、まだいいかもしれない。 ヤマノケの姿はただの幻だったけれど、理解の及ばない存在はいるかもしれない。そんな相手に遭遇した時にはーー何をされるのかさえわからない。 都市伝説の怪異とはそういうところがある。見ただけで気が狂うくねくね、名前の読み方を理解しただけで発狂する禁后、パズルを完成させると開いてしまう極小サイズの地獄。 なんてことない行為で、怪異は私たちを理解さえ及ばない恐怖に叩き落としてくる。 そんな相手が住まう世界で一晩を明かすなんて正気の沙汰じゃない。 「……やっぱり危ないよ。寝ている時にヤマノケとか襲われたらどうするわけ?」 「その時はその時でしょ。そんなのキャンプ場で寝泊まりするのと一緒だよ」 「キャンプサイトは一応、人間が手を入れている場所でしょ。それに熊や猪は積極的に人を襲わないし」 熊なんかにとって、人間は狩らなければ食べられないものだ。一方で、 人間が持っている荷物なんかは、もっと手軽に食べられる美味しいもの。 食材を動物に荒らされる、という話はあるけど、動物に殺される、という話はそれほど多くない。というか、そんなにキャンプが危険ならキャンパーはいない。 「この世界の怪異は、積極的に人を害しに来ているところがあるじゃない。危ないわ」 「その時はあたしが撃ってあげるよ」 「撃っただけじゃ倒せない相手ばっかだったでしょうが!!」 カナタの銃の腕を疑うわけじゃない。自動小銃も安心できる武器かもしれない。 それでも、怪異が横を歩く場所でのんびり寝られる気がしない。 必要性と危険性、その間で悩んでいると、屋上までたどり着いていた。 沈もうとしている太陽ーー本当に太陽なのかもわからないがーーは、赤々と燃えるように輝いている。 「そうだ。はすみ、キャンプ道具とか持ってる?」 「持ってないよ。このクッカーがせいぜい」 「テントは二人で寝られるやつを用意するとして……。問題は寝袋ね。そうだ、このまま現世で買いに行こう!」 「はぁ!?」 ちょっと待てまだ泊まるとは言ってないぞ!! 私の心の声はもちろんカナタに届くはずもなく、ぐいぐいと手を引かれるまま現世へ。そのままキャンプ道具も売っている家電量販店に行き、寝袋と照明を選ぶことになった。 お金は持ち合わせていない(というか身寄りのない私にお金はない)というと、なんとまあ、カナタがおごってくれた。 まあまあ見たことのない金額を支払い、ついでにそれを入れるリュックまで買うことになってしまって、それらを持たされて……。 ☆ ★ ☆ ★ ☆ そんなこんなで、今、目の前に真新しいリュックがある。背負っても、歩くことはできる。これでも一応、体力的なものだけはそれなりにある。 小学生の時に両親を失った私は、身寄りがなかった。祖父母もいなかった私は、親戚が身寄りを預かることになったけどーー小学生の子供をいきなり預けられた親戚は、心底迷惑したらしかった。 一応は両親の遺産もあったので、中学に上がると同時、名義とかを親戚の名前にして、私は一人暮らしをすることになった。大家はいいかげんな人で、格安アパートであるこの物件は他人に干渉する人もいない。おかげで私は、自由に過ごさせてもらった。 とはいえ、お金は無限にない。どこかで稼がなければいけないわけだけど、中学生ができるバイトは普通ない。唯一できたのが新聞配達だった。 苦学生……というわけじゃないけど、町内を走り回ることで得られた体力と健脚は、異世界探索でも十分に役立ちそうだった。 「はぁ」 気乗りはしないけど、モノがあるんだから仕方ない。 リュックを背負うと、私は安アパートを出て駅に向かった。 ☆ ★ ☆ ★ ☆ 最初の宿泊は、エレベーター塔の近くがいい。 私はそう主張したし、カナタも賛成してくれた。いざとなれば、エレベーター塔で逃げる算段だ。 現世からも多少は食材を持ってきているけど、それだけでは寂しい。そこで一番近く、狩るのも難しくない八尺様を狩ることにした。 古民家のあたりまで畦道を行くと、長身の女性はすぐに見つかった。こちらに背中を向けている。 振り返る前に、カナタは小銃で撃ち抜く。帽子を撃ち抜くと、八尺様はぐらりと揺れて倒れた。 近づいてみると、弾丸は帽子を貫通していた。帽子を外すと、鳥の姿が出てくる。ちょうど頭を吹き飛ばしたらしく、首はなかった。 血染めの帽子を捨て、そのまま血抜きもしてしまう。 「簡単に狩れるわね」 「まあ怪異を食べるために狩るやつはいないだろうけど」 「それはそれ。美味しいんだからいいのよ」 手早く処理を済ませるカナタは、 「そうだ、キャンプするなら焚火もしたいわね」 「焚火? いつものクッカーじゃダメなの?」 「クッカーは料理用。焚火は暗くなってからの明かりにも使えるし、そもそも夜がどれだけ冷えるかわからないでしょ? 熱源はあった方が楽だし」 「でも火って危なくない?」 「ちゃんとしてれば大丈夫よ。さいわい、エレベーター塔はコンクリっぽい作りだから、燃えることもないでしょうし。あそこに燃えるものを持って行って焚火にしましょ」 「燃えるものって、木?」 「ただの木じゃダメよ。生木は燃えないから、枯木でないと」 「枯木ねぇ……」 あたりを見渡した私の視線が、八尺様の胴体に止まる。 「これとか?」 手にしたのは白い枯木。ぐねぐねしていて、複雑に絡み合っている。 「うん、まあ使えるかな? そういえば薪もあったわよね、それも持っていきましょ」 「そういえばそうだったね。おっけー」 手分けして、八尺様と薪の用意をし、エレベーター塔へと持ち帰った。 |