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エレベーター塔に戻り、近くの地面にテントを張る。 といってもアウトドア経験のない私はあんまり役に立たなくて、実質的にはカナタが一人でやったようなものだ。カナタの手際は見事なもので、あっという間に二人が入れるテントを用意してしまった。 テントの周囲には、念のため盛り塩をしておいた。意味があるかはわからないけど、何もしないよりは安心できる。 その後は火起こし。持ってきた枯木を使って焚火を起こし、火種を用意したら、料理を開始する。 今日はちゃんと用意があるので、八尺様の肉も料理が可能だった。持ってきた鶏卵と調味料を使い、ささっと親子煮にしてしまう。 ーー謎の鳥と鶏卵で親子かどうかはともかく。 これをキャンプ用のレトルトご飯にかければ、立派な親子丼だ。 カナタはスプーンを握り締めながら、美味しいと連呼していた。確かに怪異は美味しいけど……ちょっと照れる。 食事を終えたところで、やることはなくなった。もともと一夜を明かすことが目的だったので探索に行くわけでもなし、かといって家みたいに暇潰しがあるわけでもない。 時刻は18時半。まだ寝るにはいくらなんでも早すぎる時間ではあるが、空はすでに茜色に染まっている。 「どうする?」 「もうやることもないしねぇ。テントに入る?」 「今さらだけどさ、テントの中で夜明かしする方が危なくない?」 「でも、外で夜明かしするとたぶん体壊すよ?」 カナタの言うことはもっともだが、体の心配をするならそもそもこの世界で寝ること自体に問題がある。 「ま、なんだかんだ言って寝転んでれば眠くなるよ」 「そういうものかなぁ」 二人でテントに入り、寝袋にもぐりこむ。が、当然、眠気などない。 「カナタ、銃は?」 「あるよ」 寝袋の横、すぐに構えられる位置で、安全装置をかけた小銃があった。確かにこれならば、敵の襲撃があっても反撃できるだろう。 その銃を眺めながら、ふと、私は今まで疑問に思っていたことを口にすることにした。暇だったからかもしれない。 「……ねえカナタ、ひとつ聞いてもいい?」 「何?」 「なんでカナタは猟師になったの?」 「なんで?」 「だってさ。いまどき猟師ってだけでも珍しいのに、女の子で猟師なんて。そうそういないんじゃない?」 「まあ、あたしも同い年の猟師には会ったことないね」 「だから不思議で。カナタ、銃の扱いだってうまいし。というか、小銃なんて猟師でも使えないと思うけど」 「疑問に思う?」 「そりゃ思う」 私が答えると、カナタはくすくすと笑った。 「素直で正直だ。だからはすみは好きだよ」 「そりゃどーも」 「ちょっと聞くけど、あたし、何人だと思う?」 「……? カナタっていうくらいなんだから、日本人じゃないの?」 英語は詳しくないけど、カナタって綴りはちょっと思いつかない。まあ見た目は白人ぽいが。 私の答えに、カナタは目をぱちくりさせた。 「その答えは想定してなかったかなー」 「なんでやねん」 「あたしのことをね、日本人って思わない人が多いの。この見た目だからね」 「ふうん」 「日本は単一種族の民族だからね。白人的な見た目を持ってるあたしは、日本人だと思われない。まあ、実際に5年くらいアメリカにいたから、そういうのもあるかもしれないけど」 「へえ」 「それはさておきね。あたしは自分を日本人だと思っていたけど、日本人はあたしを仲間だとは思ってくれなかった。普通の学校にも行ったけど、ぜんぜん馴染めなくてね。習慣とかもそうだけど、何よりーー『異物扱い』が本当に嫌だった」 「異物?」 「日本の学校で、あたしみたいな髪色の子はいない。見た目が違うとね、色々と言われるのよ。先生にも注意されたことがある。髪色を明るく染めすぎじゃないか、って。新任だったけど」 「地毛なんでしょ?」 「そうよ。でも周囲はそう思わない。明るい髪色に染めて、ちゃらちゃらしているやつ。あるいは歩くお人形さんか。そう思われるの。あたしは、人間なのにね」 「それで学校やめたの?」 「うん。一緒にいても不快な連中と一緒にはいられないから。で、アメリカで狩りの経験をしたことあったから、日本で猟師の免許を取ったのよ。猟師なら、他人と関わるのも最低限で済むしね」 「そっか」 他人に混じれず、他人から離れた。 あまりに違う見た目に、あまりに違う生活環境。でも、私がカナタと一緒にいられる理由はわかった。 どっちも、何かが欠けているんだ。そして、欠けているそれは、ぴったりと形が合った。 だから、私たちは一緒にいられる。 「……って、自動小銃を持ってきたこととか関係ないじゃん」 「それはそれよ」 「いやだからそれ、どっから持ってきたんだってば。納豆弾だかも」 「納豆じゃなくてNATO」 「大差ないでしょ」 「大差あるわよ納豆じゃ豆鉄砲じゃん」 「あはっ、確かに」 くだらないことを話しているうちに、時間が過ぎていく。 その時、がさりと音がした。どちらからともなく、口をつぐむ。 カナタはそっと銃に手を伸ばし、私はぎゅっと手を握り締めた。 テントの周囲を、何かがぐるぐると回っている。そっと耳をすますと、ぶつぶつと声が聞こえた。 「おにぎり作ってきたよ」 無機質な女の声だった。機械音声というか、そういう作り物の声。 「おにぎり作ってきたよ」 「おにぎり作ってきたよ」 「おにぎり作ってきたよ」 同じ言葉を、ひたすらにぶつぶつと繰り返している。 その言葉に、私は覚えがあった。 ーーリゾートバイトだ。 リゾートバイトも、都市伝説の一種だ。海辺の民宿へアルバイトに出向いた学生は、異形の”ナニカ”と出会う。 あまりの恐怖にバイトをやめた学生だったが、彼は”ナニカ”に憑着されていた。 お寺のお堂に匿ってもらった学生だけど、”ナニカ”はお堂のまわりを回り出す。しかも、知り合いの声を真似て、まるでお堂から誘い出すかのように。 この話では、お堂に隠れつづけた学生は難を逃れる。お寺の坊さんいわく、学生に憑着したものはその土地の『海で死んだ子供を蘇生させる儀式』で生まれる怪異だったという。 もしもこいつがナニカなら、しゃべるのはマズイ。お堂の中ではしゃべっちゃいけないという決まりで、学生はその決まりを守って難を逃れているんだ。 「……」 私はくちびるに指を当てた。意図がカナタに伝わったかは自信がないけど、カナタはこくりと頷いてくれた。 ……もしもこいつがナニカなら、このままじっと黙って朝を待つだけで消える。 けど、ここはお堂じゃない。一応はテントの四隅に盛り塩をしてあるけど、気休めでしかない。 そもそも、この世界にいる存在は、『怪異っぽい』だけの生物だ。理由はわからないけど、怪異に近しい雰囲気をなぞらえて、それでいて生物としては普通の生物みたいな体構造をしている。 だとすれば、このナニカも同じ。私たちをいたずらに怖がらせるだけの存在であるはずがない。他に、何かをしかけてくるはずだ。 たとえば、私たちが寝入った瞬間を狙って襲いかかる、といった具合に。 カナタがいればその襲撃くらいはかわせる気もするけど、試してみる気にはなれない。となると先手必勝、撃ち殺すのが手っ取り早いんだけど……。 問題は、どこを撃てばいいのかということ。 八尺様、ヤマノケ、姦姦蛇螺、巨頭オ。 どいつもこいつも一筋縄ではいかない相手だったけど、共通点はある。それは、普通の生物なら弱点となりそうなところに主要な器官がないということ。 心臓や脳みその構造からして違う。時に人を惑わし、時にまったく違う構造をもって、銃弾を避けてくる。 ナニカは、結界の中に入れてはいけない怪異。下手に攻撃をして、そのまま失敗してしまえば、かえってまずいことになりかねない。 「……」 どうすればいいのか。 とはいえ、テントは構造的に、入口を開かないと相手の姿を見ることもできない。さすがに入口を開くのはまずいだろうし……。 かといって、ずっとテントの中にいるだけじゃ、対策もしようがない。テントの中には私たちが持ち込んだ私物しかないし、怪異の弱点になりうるものなんてひとつもーー。 「……?」 |