ひとつも、ないのか? 怪異に関わるものが? 私たちはこの世界に来て、何も手にしていない?
 そんなことはない。昼間、八尺様を狩ったのもそのひとつ。
 さすがに狩った怪異がまだ生きているとは思えない。この世界の怪異は怪異風の動物、銃弾はちゃんと通じているし、八尺様はナイフでトドメも刺している。
 問題はそれ以外じゃないだろうか。
 昼間のうちに木を集め、たき火をしている。着火にはそのへんにあった松ぼっくりを使ったけどーーこれは初めての使用じゃないから関係ない。
 それ以外に、焚きつけに何を使った?

 ーーこれとか?

 そうだ! 八尺様の胴体だった白い枯木! あれを持ってきて、焚火に使った!
 それ以外の枯木も使っているからもしかしたらそっちかもだけど、いちばん可能性があるのはどのみち焚火だ!
「っ」
 私はスマホを取り出すと、メモアプリを起動させ、『焚火を撃って』と打ち込んだ。
 カナタに画面を見せる。カナタは小さく頷き、銃口を焚火をしていた方へ向けた。
 正確な位置がわかるわけじゃないけど、おおよその位置はわかる。カナタはそのまま、テント越しに焚火を撃った。

 ーーガガガン!!

 耳障りな音。テントの中で、距離が近いというだけじゃない。明らかに硬質な何かを撃った音だった。
 テントに開いた穴から焚火の方を見る。そういえば、いつの間にかナニカは消えていた。
「……ん?」
 焚火のあったあたり。そこに、大きな何かが横たわっている。
 カナタを見やると、カナタも頷いた。二人でテントを出る。
「うわ」
 思わず声が出た。
 焚火があった場所に転がっていたのは、大きな蟹……ううん、海老?
 とにかく甲殻類の何かだった。大きさは子牛ほどもある。海老のように長い体を持っているけど、足は何故だか体の左右から張り出していた。体の前には大きなハサミがついていて、全体的に少し虫っぽくて気持ち悪い。
「これがぐるぐる動いていたナニカ?」
「そうかも。たぶん、持ってきた枯木の中に、こいつを呼び寄せるものがあったんじゃないかな」
 自分で言いつつ、自信がなかった。
 私たちは枯木を持ってきただけだ。蟹を持ってきたわけじゃない。
 なのにこいつはここにいる。枯木を餌にしているだけなら私たちを襲うというか……ナニカは必要がない。
 ナニカは、明確に私たちを襲っていた。あのままでどうなったかわからないけど、冷静に考えれば憑依されて殺されていたと考えるべき。
 枯木を目印にやって来て、人間を襲う? どういう生き物なんだろう……。
 自分で自分の言葉に説得力がなかった。そう、私はどこか、悪意を感じているんだ。
 まるで、枯木をGPSにして私たちを探し出し、この蟹に襲わせたようなーーそんな、悪意を想像してしまっているんだ。
「ま、考えても仕方ないし、今日は寝ましょ。こいつは朝ごはん!」
「……これも食べられるのかしらね」
 横たわる蟹を見ながら、私はそんなことを言った。

☆ ★ ☆ ★ ☆

 意外なもので、寝て起きれば朝になるものだ。
 朝日がまぶしい中で、私は昨日の蟹もどきを料理することになった。
 カナタのナイフで足とハサミを落とす。間接に刃を入れると、なんとか切り分けることができた。
 問題は胴体。海老ならバキッとやっちゃえばいいけど、こいつは大きすぎてそんなことができない。
 普通の海老なら頭が落ちるところに刃物を入れてみる。ゴリっと力を入れると、なんとか首が落ちた。二人で協力して殻を剥き、背ワタらしきものを除く。
 このままのサイズじゃクッカーに入らないので、身を少し削り、鍋に入れた。
 海老蟹なら刺身で食べてみたいところだけど、ジビエーーというか怪異を生はさすがに蛮勇すぎる。
 ボイルすれば茹で海老……茹で蟹? 身は海老っぽいし茹で海老でいいか。
 あとはナニカを軽く炒め、卵と合わせる。かに玉ならぬナニカ玉だ。
 白米を温めれば、朝食のできあがりである。
「ほい。ナニカ玉とボイルナニカ」
「この何なのかわかんないあたりが怪異っぽくていいね」
「いや普通はそれマイナス要素だ」
 言いながらも、二人で食べることにした。
 まずはボイルナニカ。
「ん……」
 怪異のセオリー通り、美味しい。見た目は海老や蟹に近いけど、味はもっと濃い。ともすれば冷凍蟹なんて味がしないくらい味が薄くなりがちだけど、新鮮なせいか、あるいは怪異なせいか。ガツンと旨味を感じる。
「ナニカ玉も美味しいわ!」
「そう?」
 食べてみる。
 濃すぎるくらいな味があるナニカだけに、卵でマイルドにするとかえって食べやすくなった。特別な味付けはそれほどしていないけど、そんなものは必要ない。素材の味だけで十分にご飯が進む。
 結局、ナニカを二人で消費しきってしまった。
「ふう。食べた食べた」
「朝からこんな食べたの初めてよ」
「それだけ美味しい料理ってことだ」
「素材の味だ」
 言いながら、ナニカの甲羅を見やる。
 エレベーター塔の近くに水辺はない。けど、こいつの見た目は、どう見ても陸生の生き物じゃない。
「……どうしてこいつは私たちを襲ったのかしらね」
「どうして?」
「だってこいつ、どう見てもこんなところに住んでいるやつじゃないでしょ。エレベーターだって何度も使っているのに、こんなの見たことはない」
「確かにね。でもそれを言ったら、そもそもこのエレベーターとか、八尺の古い民家とかさ。誰が建てたかもわからない建物とか、謎の土地とか。この世界はそんなのばっかりじゃない?」
 確かに。
 考えることを放棄していた節があるけど、この世界は異常だ。エレベーターだって民家だって、人間が使うために建築するもの。けど、この世界に住んでいる人間には会ったことがないし、そもそもこのコンクリートみたいな材料をこの世界で用意できるのかも謎だ。
 謎だらけの世界。
「……」
 そんな世界だから、先輩も惹かれてしまったのだろうか。
 そんなことを思った。