日暮れ。普通のキャンプなら虫の声でも聞こえるんだろうけど、異界の野原はただひたすらに静かだ。
 静かだからこそ、いろんなことをじっくりと考えられる。私はカナタと並んで寝袋に包まりながら、初めてこの世界に来てから今日までのことを思い返していた。

 エレベーターに乗って異世界に来たこと。
 カナタとの出会い。
 数々の怪異を狩り、料理したこと。

 それらの思い出をアルバムでも眺めるように思い返していると、メリーさんの言葉が蘇った。

『ここはマヨヒガ』

 マヨヒガ。生涯に一度だけ訪れることができる浄土の類という。民俗学は詳しくないけど、たぶんそんな感じ。
 その割には何度も来ているけど、そういうものなんだろうか。まあ怪異だらけの世界だし、普通の理屈は……。
 ……理屈は、通じないわけじゃない。
 そう、私たちは相手が理屈の通じる存在だから、何度も狩ることができている。なら、何度も来られていることにも、理屈はある?
 考えて、ふと、そうかと気づいた。あのエレベーター。あれだけが特別なんだ。
 そう考えれば、私たちが怪異に襲われていることも説明できる気がする。けど、同時にその発想は私の気を重くした。
「……」
 少し前までの私なら、そんな感情は湧かなかっただろう。それだけ私は、他人というものを拒絶していた。関わらなければ裏切られることもないと、そう信じていた。
 それがーー無遠慮に距離を詰めてくるカナタと出会って、少しだけ変わった。そんな私だから。
「……ねえ、カナタ。ひとつ聞いてもいい?」
「何を?」
「カナタは、人を撃てるんだね」
「……そうだね」
 寝袋の中。LEDランタンの明かりしかない空間。カナタの顔は、陰になってよく見えない。
「私は撃たないの?」
「撃つ必要ないもん」
「じゃあ、どんな相手は撃つ必要があるの?」
「怖い相手」
 怖い相手、か。
「獣はね、怖いけど怖くない。油断すれば人間を簡単に殺せるだろうけど、彼らはそうやって生きているだけだから。でもね、人間は怖いよ。とっても怖い」
「それは、カナタを外国人扱いした人たち?」
「それもあると思う。人間って、平気で他人を踏みにじれるから。心を繋いでいない相手に対してはね、とことん残酷になれるの」
「……」
 その心当たりが、私にもないわけじゃない。
 やっぱり同じだ。そう感じる。
「前に、5年くらいアメリカにいたって言ったっけ」
「うん、聞いた」
「それね、小学生の頃の話なの。6歳の時にアメリカに渡って、12歳の誕生日に帰ってきた。中学は普通に日本の中学に通うことになったんだけど、馴染めなくてね」
「ふうん?」
「それで、人間が怖くなっちゃってね。日本を出たんだ。15の時に」
「それで?」
「人間が信じられなくなってたからね。私っていう見た目が受け入れられて、それでいてルールとかも縛らないような場所に行きたくて。……ちょっと荒れてたっていうのかな。海外のスラムみたいなところを転々としたの」
「その時に?」
「……今まで殺した人は5人かな。一応、全部正当防衛なんだけどね」
「わかるよ。カナタが何もなく人を殺したりはしないって」
 それに、最初からわかっていた。
 カナタは、八尺様を平気で撃った。怪異とは言ったし、明らかに人間とは違う雰囲気もあったけれど、人間の形をしているものを撃てるのはちょっと違う。
 猟師は人間の形をしているものは撃たない。それを撃てるのは、人間をーー人というものを、自分を害する動物と認識している人だけだ。
「とにかく荒れてて、ヤケになってたんだろうね。そしたら日本にいたおじいちゃんから連絡あってさ。日本で猟師にならないか、って」
「おじいさん?」
「うん。猟師をしていたんだけどね。歳がきついから、引退するって言ってね。あたしが荒れてたことも知っていたから、人を撃つくらいなら猪を撃たないかって」
「すごいこと言うおじいちゃんだね」
「あたしもそう思う」
 そう言って、カナタはくすりと笑った。ランタンの明かりに、カナタの顔が照らされる。
「でも、そのおかげではすみと出会ったって気はするよ。アメリカで自暴自棄に過ごしていたままだったら、こんな風に笑うことはなかったと思う」
「そりゃそうだ。でも、それなら私に会った時、撃とうとは思わなかったの?」
「あたしを殺そうとしてたら撃ったかもね。でも、それ以上に、撃つ必要はないなって思ってたよ」
「なんで?」
「縁側で倒れていたあたしを見て、なんだこいつって顔してたから」
「……ふんだ」
 それは、ちょっと違うぞカナタ。
 私はただ、あんたの顔に見とれていただけだ。……言わないけど。
「でも、なんでそんなこと聞いたの?」
「ちょっと聞いてみたかっただけ」
 話していて、気づいた。カナタは別に、無遠慮に距離を詰めてきたわけじゃない。
 私と同じで、他人と接したことがないから……詰め方が、わからなかったんだ。
 でも、おかげで出会えた。それに、人の形を躊躇なく撃てるカナタとなら、この世界もーー歩いて行けるだろう。
 たとえ、どんな相手が現れようとも。