くねくねを食べて眠りにつき、翌朝。私たちは野原から行軍を再開した。
 朝の空気というのか、異世界でも朝と昼ではどこか空気が違っていた。そういえば空に見えるのは太陽のようだけど、実際に太陽があるわけじゃないだろう。
 この世界は、メリーさんの言葉を信じるなら、マヨイガだという。だとしたら、あの太陽は何なんだろう。太陽風の何か?
 あるいは、あれも異界の生物が擬態した何かなんだろうか。だとしたら、いつか食べたりできるのかなぁ。
 そんな、とりとめもないことを考えながら、ひたすらに道のようなものを進む。
 目指す湖までの距離は目算だったけど、もう到着していていいはずーー。
「はすみ」
「うん」
 そんなことを考えながら歩いていたからだろうか。その場所には、案外とあっさり到着した。
 100メートルほどの緩やかな上り坂。その頂上は、大きな湖が広がっていた。湖畔の反対側はうっすらとしか見えない、本当に広大な湖だ。湖面は穏やかで、湖の上には何も見えない。
 けど、私たちがまっさきに見つけたのは、湖と関係がない。
 湖畔に佇んでいるバンガロー。まるで避暑地のようなそれは、ぽつんと一軒だけ建っている。
 二人でバンガローに近づく。窓から中を覗くと、部屋は一室だけ。無人で、テーブルとパソコンが見えた。
「パソコンなんてあるんだ」
「電線すら見当たらないんだけどね」
 周囲を見渡してみる。このバンガロー以外に、見える範囲にランドマークとなるようなものはない。湖も静かで、生物の気配はなさそう。
「どうする?」
「まずはこのバンガローを調べてみるべきかしらね」
 湖の周囲をぐるりと探索してもいいけど、これだけ広そうな湖はその探索だけで時間がかかりそう。少なくても一日で一周できるようには思えない。
 そう考えれば、とりあえず見つけたものから探索していくべきだろう。
 扉のノブをひねってみると、あっさりと開いた。カナタは銃を確認してから、先行して中に入る。
 カナタが室内をクリアしてから、私も中に入った。
 見渡すまでもない、一室しかない部屋だ。広さは12畳ほどだろうか。その片隅に、場違いなパソコンが一台。じーっ、と唸りをあげている。
 逆に言えば、パソコン以外は何もなかった。ベッドやタンス、キッチンなんかもない。まるでパソコンのために建てたような建物だった。
「何か表示されてるね」
「うん」
 近づいて、画面を見てみる。画面中央にはポップアップが出ていた。真っ赤な背景で、その中央に黒い文字で一言。

『あなたは〈 好きですか?』

 あなたは、と好きですか、の間に黒い線が入っている。この絵面は覚えがあった。
「これも都市伝説?」
「うん。赤い部屋っていう都市伝説。このポップアップを消そうとすると勝手にどんどん開いてくのね。そうすると、この線のところに、『赤い部屋は』って文字がだんだんと開いてくる」
「あなたは赤い部屋は好きですか?」
「そういうこと」
「赤い部屋ってのはさすがに気持ち悪いなぁ」
「そうそう。で、メッセージが変わった瞬間、一気に人の名前がばーっと出るんだってさ」
「出るとどうなるの?」
「さあ。けど、その名前は赤い部屋の犠牲者リストなんだってさ」
「つまり、犠牲って言えるほどのことが起きるわけね」
「そういうことね。話によると、感染したウイルスみたいに、見た人の知り合いのとこへ次のポップアップが移っていくとか」
「そのへんは大丈夫ね。知り合いの少ない同士だし」
「るさい」
「んふっ。いいじゃない、二人でいられれば」
「……るさい」
 そういうとこだぞ、カナタ。
 それはさておき、赤い部屋への対処法は簡単だ。パソコンに触らなければいいんだから。
 と、何も触っていないのに、画面が勝手に動き出した。ポップアップが勝手に連鎖し、真ん中に少しずつ文字が出てくる。
「ヤバくない?」
「逃げよう」
 冷静に撤退。ドアノブを回しーー開かない。
「っ!!」
「退いて!」
 ガチャッ、と銃を構えるカナタ。躊躇なく引き金を引く。
 ガガガ、と銃弾がドアに当たる。なのに、ドアには傷ひとつ付かない。
「何これ!?」
「トラップだったんだ……!」
 後ろを振り返る。すでにパソコンの表示は、『あなたは赤い部屋は好きですか?』に変わっていた。
「ッ!?」
 次の瞬間、部屋を光が埋め尽くした。思わず目を閉じる。
 光が収まり、そろそろと目を開く。すると、そこはさっきまでのバンガローではなかった。
「ここは……」
 一面が真っ赤に染まった部屋だった。白い壁紙だったろうに、それを塗り潰す勢いで、幼い文字が並んでいる。

『おかあさんここからだして おかあさんここからだして おかあさんここからだして』

「うわ……」
 カナタも青ざめる。私も少し気分が悪かった。これは、赤い部屋とは別の都市伝説ーークレヨンだ。
 気持ち悪いけど、それは大きな問題じゃなかった。問題は、この部屋に出口らしきものがないことだ。
「これ、まずい?」
「かもね。でも、このままにしておくつもりはないみたいよ」
 私は部屋の片隅を指差した。そこだけ、文字がない。
 白い壁紙は、徐々に広がっていく。それは人の形となりーーやがて、壁から人が生み出された。ぐにゅりと壁がゆがみ、そこから人が出てくる様は、夢に出そうだった。
 ましてや、それが知り合いでは。