「撃て!!!」
 次の瞬間、銃撃が走り抜けた。握っていた手が急に軽くなる。よくよく見れば、それはマネキンのように精巧なーー氷細工だった。
 先輩は私から距離を置き、よろめいている。
「なんで、なんで!!」
「撃つに決まってます。あなたはもう人間じゃない。怪異だ」
 私の隣に、銃を構えたカナタが立つ。
「怪異は、私たちの食料なんですよ」
「……なら!! お前たちも死ねばいい!!」
 ぶわっ、と赤い文字が宙に溶ける。壁紙が剥がれた先、そこは森林だった。先輩の隣には小さな祠があり、その周囲には怪異が溢れている。
 巨大な蛇体を持つ女。一本足の化物。白い長身の女に、巨大な頭を持つ者。
「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!!!」
「ふん」
 どいつもこいつも、初めて見たら恐怖を覚える相手だ。
 けど、私たちはこいつらの倒し方を知っている。知っているものは、恐怖にならない!!
「カナタ!」
「オーライ!!」
 銃撃。銃撃。銃撃。
 姦姦蛇螺の祠が砕け、ヤマノケの姿がかき消える。八尺様はただの枯木に戻り、巨頭オはごろりと転がる。
 倒し方さえわかれば、私の相棒はーー最強だぞ!
 森林さえも消え去ると、そこは元の湖畔だった。
 一瞬にして怪異たちが倒され、さしもの先輩も顔が歪む。
「なんで、どうして……?」
「どうして、か」
 私が一番嫌いなもの。
 でも、この世の中には、どうしようもなくありふれているもの。
「恐怖は、理不尽なんですよ」
 カナタは容赦なく宍室先輩に銃口を向ける。
「撃って」
 私が言うと、カナタは引き金を引いた。先輩の頭を銃弾が貫通しーー次の瞬間、ただの黒い髪の毛に変化する。
 そう、それはただの髪の毛だった。ちょうどウィッグのような。それに、突っ張り棒みたいのが突き刺さっている。
「何これ?」
「禁后のオブジェ、かな」
「それも都市伝説?」
「うん。こういうのが鏡台の前に置かれているの」
「ふうん。これは気持ち悪いね」
「さすがにこれは食べられないよね?」
「まあ、食べるところなさそうだし」
 ウィッグを持ち上げてみる。本当の人毛みたいに滑らかな手触りだ。
「これを元の世界に捨ててきたら、この世界も戻るというかーー都市伝説でなくなると思う?」
「かもね。まあ、これが宍室さんなら、だけど」
「どうだろうね」
 この世界は、よくわからないことだらけだ。説明書もないし、チートなんてもちろんない。
 だから、一息にこの世界のすべてを暴けるなんて思ってはいない。
「……まあ、いっか」
「いいの? メリーに頼まれたんじゃない?」
「それはそれ。だって、都市伝説の生物がいなくなったら、食べるのに困るし」
「そしたら今度はメリーに命を狙われるかもよ?」
「その時はその時じゃない?」
「……なんていうか、はすみも逞しくなったね。ぶるぶる震えていたあの可愛い女の子はどこへ?」
「可愛い女の子なんて最初からおらんぞ」
「いや、いたし。というか、だから一緒に遊ぼうって言ったんだよ。一目惚れってやつ?」
「え?」
「この世界に来るのも、デートに誘ったつもりだったんだけど」
 ちょっと待て。私は女で、あんたも女で、しかもデートに怪異狩り?
「やっぱあんたも結構壊れてるわ」
「はすみもそうじゃない?」
「なんでよ」
「普通の人は、先輩の顔している相手を撃て! なんて言わないと思うけど」
「人間、命がかかると乱暴にもなるんだよ」
 無茶苦茶な言い分であるけど、心理なのだ。
 すると、どちらからともなく、ぐうとお腹が鳴った。
「……とりあえず、食事にしようか」
「ん!」

☆ ★ ☆ ★ ☆

 先輩のおかげで、食材には事欠かない。
 まずはヤマノケ。獣の解体なら慣れたものだ。
 首、手、足のところに切れ込みを入れ、皮を剥ぐ。内蔵を取り出して解体してしまえば、立派なお肉。
 続いて姦姦蛇螺。ぬめりを取って薄切りに。
 さらに八尺様。これも解体して薄切りにする。枯木は燃料にーーと、合間から違うものも発見。これは別の材料に。
 最後に巨頭オ。これは皮を剥いて中身を取り出す。
 炭で火を起こし、内蔵をちびちび食べつつ、料理を開始。
 クッカーの鍋にヤマノケの脂を広げ、肉を入れる。味付けは醤油にみりん、砂糖。続いて八尺様、姦姦蛇螺と入れ、最後に巨頭オを入れつつ煮立てる。
 他の料理を準備しつつ煮込めば、完成。
「はい、カナタ。怪異すき焼きだよ」
 私が見せた料理に、カナタは目を丸くした。
「すっごい! でもなんですき焼き?」
「先輩を殺したお祝い?」
「それもどうなのよ。というか、なんでお祝いですき焼き?」
「ほら、すき焼きって一人で食べるのきついじゃん? でも私、基本的に一人だったから」
 家族のぬくもりなんて小さな頃に失った。
 それ以来、誰かとごはんを一緒に食べることもなかった。カナタは、久しぶりにぬくもりを思い出させてくれた相手なのだ。
 だから、何かの節目があったら、これを作ろうと思っていた。ちょうど食材も多様にあったし、やってみたかったのだ。
「ま、いいけど。いただきまーす!」
「どうぞ」
 私も一緒に食べてみる。
 怪異たちの旨味が溶け合い、見事に調和する。それぞれ主張が強そうな食材なのに、喧嘩をしない。
「美味しい! これ一番好き!!」
「まあ、これだけ怪異が入っていればね」
 獣肉に鳥肉、それに野菜と海産物(?)。どれも疑問符つくけど、それはそれとして、様々な食材が入っているのだ。
 料理とはもともとそういうもの。異なる味わいをひとつにまとめることで、それまで存在し得なかった、新たな旨味を作り出すこと。
 もちろん、単一の食材で美味しいものは美味しい。味覚が鋭ければそれだけで楽しめるだろう。けど、調和することで得られる世界もある。
 一人で楽しい世界があるのと同時、二人でなければ楽しめない世界があるように。
 二人で鍋を空にする頃には、カナタも満面の笑みだった。