電車を乗り継ぎ、雨雲京介は都内のとある駅に到着した。
「さて、これからどうしたものかな」
 駅の周辺はやたらとごちゃごちゃしており、飲み屋やら牛丼屋やら洋服店やらコンビニやら、色々なものが揃いに揃っている。
 それらを眺め、
「とりあえずここまで来たのはいいけどねぇ……」
「あの、フードかぶった人を探すんじゃないの?」
 隣に立つ雪乃が問いかける。腰に下げた刀の袋をちらちらと見ていく人も多いが、彼女はそんなことなど欠片も気にしない。
「あんな市販品の洋服を着ているだけの人間、覚えている方が珍しいよ。それほど特徴的な行動を取っているとも思えないしね」
「じゃあ、どうするの? 見つけようがないじゃない」
「だからそれを考えているんだが――ん?」
 それは、まったくの偶然と言っていい。雨雲がふと空を見上げた時、彼は見た気がしたのだ。ビルからビルに飛び移った人影を。
 もしも、それが普通の人間であるなら、何かの見間違いとして受け流してしまうだろう。けれど、彼は生憎と普通ではない知識を保有していた。
「決めた。日向、ここの屋上に行こう」
 雨雲が示したのは、一見するとどこにでもありそうな雑居ビルだった。
「屋上って立ち入り禁止とかになってるんじゃない?」
「なら押し入ればいい。とにかく行くよ」
 返事も待たず、雨雲京介は雑居ビルの裏に回っていった。日向も慌ててその後を追う。
 表は人通りも多いが、裏になると極端に少なくなる。それでも人の通りがないわけではない。雨雲はさらに裏に向かった。ここまで来ると、もう人影は見えない。
「よし、このあたりでいいかな。日向、僕を連れて屋上まで行ってくれ」
「い、いいけど?」
 日向は雨雲を半ば抱くようにすると、
「しっかりつかまっててね? それじゃ、行くよ――!」
 思い切り飛び上がった。
 霊力によって強化された人間のジャンプ力は、雨雲を連れてでさえ一挙に数メートルは浮き上がらせるほどである。壁を蹴飛ばすようにして上へ上へと飛び上がり、
「到着っ!」
 どこかの雑居ビルの屋上に降り立った。そこに、
「ッ!!」
 お互い、銃を抜く。
 そこには女の子がいた。学生服の上からタクティカルベストを着込んだ、やけに不自然な服装の女の子。顔には表情らしい表情もないが、どこか慌てた雰囲気がある。かたわらには黒いバッグが転がっていた。
「学生さんがいるような場所でも時間でもないね。どうしたのかな?」
 雨雲の問いかけに、少女は答えない。手中にある拳銃ワルサーを構えたまま、身じろぎひとつしなかった。
 にらみ合う二人、その間に日向が割って入る。
「あなた、誰?」
 少女は黙って日向にポイントを移した。しかし、まだ撃たない。
「名前と所属、能力を話せば殺しはしない」
 ようやく口を開いたと思ったら、少女が放ったのはそんな言葉だった。
「あなた、ふざけているの?」
「もう一度だけ聞く。名前と所属、能力は?」
 激昂し、言い返そうとした日向、それを雨雲は手で制した。
「僕は雨雲京介。組織には所属していない」
「能力は?」
「銃弾に霊力を込めることができる。君と同じく、ね」
 ぴくり、と眉が動く。それは、このどこまでも無表情な少女の、初めて変化だった。
「ここは見逃す。行っていいよ」
「……どちらが優位か理解した上での発言?」
「もちろんだ」
 しばしの沈黙。じっと雨雲を見続けた少女は、やがてかたわらのバッグに手を伸ばす。青年はまだ動かない。
 少女はバッグを手に取ると、ゆっくりと背筋を伸ばしていく。
「雨雲京介」
「覚えてくれたようで嬉しいよ」
「次は、殺します」
 決然と言い残し、少女は重力など存在しないかのような動きで隣のビルに移っていった。その、決して大きくはない背中が見えなくなるまで見送った雨雲は、
「日向、すぐにこっちも場所を移すよ」
「え? あ、えっと、でも今の子は?」
「あれがいるからやばいんだよ、早く!」
 何がなんだかわからない。だが、雨雲がここまで焦りを見せるのは珍しいことだ。
 日向は黙って従うことにした。雨雲の体をひっつかみ、ここまで上ってきた要領で隣のビルへ、また隣へ。
 そうしていくつものビルを渡り歩き、室外機やらファンやらが置いてある屋上に姿を隠したところで、雨雲はようやく止まるよう指示を出した。
「ふー。ようやく一息つける」
「もうっ。何も説明してくれなかったけど、結局は何だったの? あの子は誰? なんで逃がしたの? おまけにすぐに移動って、何があったのよ?」
「落ち着いてくれ日向。そんなにいっぺんには答えられないから」
 口を尖らせ不満を示す日向に手のひらを見せ、雨雲はそこらの鉄柵に寄りかかる。
「まず、さっきの女の子のことだけど。彼女は霊力を持ち、その上でそれを銃弾に込めて使用する技術を持っている」
「霊力があるっていうのはわかる。私も見たもの」
 ビルからビルに飛び移るなんて行動は、霊力なしには説明できない。
「でも、銃弾に込められるってのは? あの子、ただ銃を構えていただけじゃない」
「いいかい、日向。霊力を持っている人間なら、銃弾が同種の人間に通じないのは理解しているはずだ。だのに彼女は、銃以外を持っていなかったし構えなかった」
「それはそう、ね」
「彼女は同類には通じないはずの武器を構えていた。それはつまり、彼女にとってあれは同種にも通じる武器だってことだ」
「ハッタリ、ってことは? いつもの京君みたいに」
「可能性としてなくはないが、あれは普通の相手にはハッタリにはならない。銃弾が霊能力者に通じると知っている相手にしか通用しないハッタリなんだ」
 普通の人はそんなことなど知らない、それどころか、そもそもそんな可能性さえ考えない。
「彼女にとっての『常識』は、霊力は銃弾に込めても十分に通用するものだった。だからハッタリとして使った。もちろんその可能性はある。その場合、彼女の周囲には銃使いの霊能力者がいるってことになるだろう。いずれにせよ、本当にあるらしいね。銃弾に霊力を込めてなお戦える方法が」
「そういうこと、なのかな……」
 正直な話、日向には雨雲の話を完全に理解などできていなかったが、雨雲が言うからにはそうなのだろう。そう信じることにして、とりあえず話を進める。
「じゃあ、なんで逃がしちゃったの? もしも銃を使えるような霊能力者なら、すごく厄介な相手で、しかもすごく貴重じゃない」
「あの場で無力化できるならしたかったさ。けど、準備や前情報もなしにどうこうするには、彼女は無口すぎる」
「そういえば、名前も名乗らなかったね」
「彼女は僕らの話なんて聞く耳を持っちゃいない。下手に交渉しようとすれば撃たれていた。そうなったら、いかに君でも銃弾はかわせないだろ?」
「……まあ、それは」
 否定できないところだ。日向は強いが、無敵ではない。霊力が込められた銃弾がどの程度の力を持つかわからないが、不用意に受け止めることだけは避けるべきだ。
「そして最後の、なぜすぐ逃げたか……、という質問だけど。それは、彼女が狙撃か、それに類する能力を保有しているからだ」
「そげ、き?」
「そう。あの黒いバッグの中身が狙撃銃だろうね、おそらく」
 いやに断定する雨雲。日向はその理由がわからないらしかった。彼女の様子を見てそれを判断した青年は嘆息し、
「彼女が白桃を狙撃した犯人だ。霊力に覆われた人間を遠くからぶっ飛ばす能力者なんてそうそういるはずもない。もしも銃弾に霊力を込められるなら、それも可能だろうからね。
 逆に考えれば、彼女の銃は遠くの人間を撃ち抜けるってことになる」
「だから、逃げた? あの子なら逃げた先からこっちを撃てるって思って?」
「そういうこと。ここなら遮蔽物が多いから、向こうはこちらの姿を確認できない。優秀な狙撃手なら諦めるだろう。狙撃ってのは完全に優位なタイミングが来るまで待つものだから」
 それより、と雨雲は日向を見やり、
「これからどうするか、だね。彼女がこの近辺にいたってのは、目的地か拠点が近くにあるのか、はたまた、たまたま通りがかっただけなのか?」
「それはわからないけど――」
 ふと、日向は口元に指を立てた。お互いに口をつぐむ。静けさの中、機械が動く音だけが響いている。いや。
 日向は黙って刀を引き抜くと、切っ先を室外機の陰に向けた。雨雲は黙って彼女の後ろに。
「誰」
 返答はない。日向と雨雲は互いに目配せし、そろそろと室外機の裏をうかがう。はたして、そこにいたのは。
「ッ――!?」
 そこにいたのは、一人の女性と、一体の死体だった。