死体の方は詳しく検分するでもなく死亡しているのが明らかだった。なにせ、頭部がない。いつぞやの白桃と同じ、頭を銃弾で撃ち抜かれた人間の死体だ。服装から見て、探していたフード姿であることは疑いようがない。
 そして、その対面に倒れている女性。こちらはまだ生きているようだった。その証拠に、苦しげなうめき声が聞こえてくる。
 こちらは、見たことのない女性だった。黒いドレスに黒い長髪。顔は青白く、血色が良くない。今は表情も苦しげで、かなり体調が悪そうだ。
「どう、する? 京君」
「そうだな……」
 ちらりと死体を見た雨雲は、持ち物を調べ始めた。
 死体のポケットから出てきたのは、のど飴と鉄道会社発行のICカード。それに、小銭がいくらか、財布にも入れないでそのまま突っ込んであった。それ以外には何も、武器さえ転がっていなかった。
 雨雲はカードだけを失敬すると、続けてドレス姿の女性を見やる。
 こちらは何も持っていなさそうだ。ドレスではポケットや何かを隠す場所もそうそうないだろう。
「死体を検分しても僕らじゃ何もわからないだろうし、こいつは放っておこう。日向、そっちの女性を連れて、近くのビジネスホテルか何かに部屋を取る。そして、そこで尋問しよう」
「放っておくって、でも、死体だよ?」
「この建物の所有者か誰かが発見すれば警察に届けるさ。そういう仕事はプロにやらせればいい。情報が必要になれば立風にハッキングさせるだけだ」
 それより、と雨雲は言葉を続ける。
「こっちの人の方が問題だね。これじゃあ敵か味方かもわからない」
「この人が殺した、のかな?」
「その可能性もあるが、まあないと考えていい。こいつを殺した人間は、おそらく白桃を殺した人間と同一犯だ。となると、さっきの学生服の方が黒い」
「なら、なんで倒れているの……?」
「さてね。フードに殺されかけたか、あるいは別の理由か。それも本人に聞けばいい」
「う、うん、わかった」
 日向はかがみ込み、女性を背負う。
「あれ?」
「ん、どうした?」
 日向は怪訝な顔で、
「この人、すごく軽い。まるで子供みたい」
「子供のよう……?」
 その言葉が意味すること。
 雨雲は黙って女性の手を取ると、脈を確認し始めた。
「……これはまた、厄介な代物だ」
「え?」
「なんでもない。ともかく移動しよう。誰かが来ると死体に関して言い訳できない」
 日向はよくわからないと顔で語りつつも、雨雲と共に屋上を後にした。

 駅前にあったビジネスホテルに雨雲一人でチェックインを済ませ、後から日向が窓から入るという方法を取った。
 女性をベッドの上に寝かせ、濡れたタオルを額に乗せると、程なく目を開いた。
「ん……」
「お目覚めかな」
 起き上がった女性は、どことなくボーっとした目で周囲を見回す。
「ここ、どこかしら?」
「見ての通り、ホテルだよ。怪しい目的は一切ないから安心して欲しい」
 女性の視線が椅子に座って足を組む雨雲と、その脇に立つ日向に向く。
「あなたたち、は?」
「僕は雨雲京介。彼女は日向雪乃。どこにも所属していないから、他に説明できることはないけどね」
 ようやく頭がはっきりしてきたのだろう。それにつれ、女性の顔つきも、どこか尊大な様子に変わってきた。
「それで、あなたのお名前は?」
「名乗る名前はないわ」
「なら、何とお呼びすればいいのかな?」
「そうね……」
 女性はちょっと考え、
「なら、神様とでも呼んでもらいましょうか」
 そう結論付けた。
「ほう」
 雨雲の頭がフルスピードで回転する。今まで手に入った情報、これから手に入れるべき情報。
 それらを整理し、放つべき次の言葉を模索する。
「それじゃ、あなたはどうして、あんな場所に?」
「別に、あたしが行きたくて行ったわけじゃないわぁ。あの子が勝手に逃げ回るから、あんな狭苦しいところに……」
「あの子というのは、フードをかぶった?」
「そう、その子。あなたたちも、あの子の仲間なわけぇ?」
「いえ。残念ながら」
「そうなの。じゃ、あの子はどこに行ったの?」
 ――この人はフード姿が死んだことを知らない。
「どこかに逃げて行ったよ。そこにいるのか、それは僕も知らない」
 嘘をついて、しかし雨雲の表情にも態度にも変化はない。実際、神を名乗る女性も、それが嘘であると気付いていないようだった。
「そうなの。困ったわねぇ」
「何があったか、聞かせてくれないかな。手助けできることがあれば言って欲しい」
「んー?」
 女性は雨雲を値踏みするように見つめ、
「どうして、そんなに優しいのかしらね?」
「性分と、僕らの目的もフード姿であるという二つの理由から」
「本能と理性ね。ついでに情報も仕入れられて、万々歳ってところかしらぁ?」
 ふふっ、と女性は笑い、
「といっても、あたしはあの子のこと、何も知らない。せいぜい、剣を使っていたってこと、あたしにいきなり襲いかかってきたってこと、それくらいしか知らない。だから、教えてあげられることも、何もないわぁ」
 正直、フードに関する情報が入るとは思っていなかった。
 自分たちが相対した白桃も、何かしらの情報を引き出す前に狙撃されたのだ。フードの方も似たような状況だったと想像するのは難しいことではない。
 むしろ知りたいのは、彼女自身のこと。
「狙われる心当たりは?」
「何も。強いて言えば、あたし自身の素晴らしさね」
「それは、あなたが人ならざる者だから、という意味かな?」
 空気が一変した。
 女性の面に、警戒の色が浮かぶ。
「それを聞いてどうするつもり?」
「別にどうとも。ただ、僕も裏側を知って何年か経つけど、脈を持たず重みを持たない人間型の存在というのは初めてでね」
 そう。この女性には、脈というものが存在しなかった。
 弱いのではない、存在しないのだ。それは、人間ではありえない現象。
「君は何者だ?」
 雨雲の射抜くような視線。女性は思わず視線をそらす。
「僕は別に、君を利用するつもりはない。僕が知りたいのは、フードたちの目的だ。
 連中が君を狙ったのは君自身が特別な存在だからだろう。すなわち、そこに目的がある。その断片を教えて欲しいだけなんだよ」
 女性は口をつぐんだまま。雨雲もそれ以上は押さず、様子を見る。
 そうして、いかほどの時間が経過しただろうか。長くて短い時間が経過した頃、女性はぽつりと漏らした。
「あなたたちは、信じられるの?」
「信じるも信じないも、そういうところのものとして考えるしかない。信じられないと言えば霊力だって荒唐無稽な話でしかないんだからね」
 女性は雨雲を見やる。そして、長く長く、息を吐いた。
「本当に、教えられることは少ないの。あたしも自分のこと、そうたくさん知っているわけじゃないから」
「じゃあ、自分は何者なのか、ということも?」
「それは、表面的にはわかっていて、でも詳しいことは何も知らない」
 あるいは、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。仲間などいないからこそ。
 人としての感情を持つ以上、不安もまた、人と同じように持つのだから。
 女性は自分の胸に手を当てる。出てきた言葉は、雨雲とて驚いた。
「あたしは、精霊。人の想いの結晶体」