「精霊?」
 雨雲とて、日向やそれ以外の霊能力者も見てきている。だから、霊力の存在、それ自体を否定するつもりはない。
 だが、それにしても精霊とは。霊力だけでもいいかげん常識外れだが、そこまで至れば究極だ。
「精霊、って、何?」
 日向が思わずといった体で問う。対する女性は、
「だから、聞かれても答えられないの。『そういうところのもの』よ」
「想いの結晶、と表現したね」
 女性は日向から雨雲に視線を移す。
「つまり、精霊は人間の感情や、そういった類のものから生まれた、と考えていいかな?」
「生まれたばかりのこと、あなたは覚えている?」
「……いや」
「あたしも覚えていないの。気付いたらこの格好で、そこにいた。前後も何もなくて、わかっていたことも少なかった」
「それは、どのくらい前?」
「一年」
 一年間。彼女はその間、放浪していたのだろうか。そうして、しかし自分と同じ存在は、見つけることができなかった。
 見つけていれば、今、彼女はこんなにも儚げな表情はしていないだろうから。
「ただ、なんとなくだけど、自分はそういう存在なんだっていう自覚はあったのよ。気付いた時から。これは、推測に過ぎないんだけど……、たぶんあたしは、人間の霊力の集合体なんじゃないかなって思ってる」
「複数人の霊力が集約し、ある方向性を持ち、その上で人格を会得した……」
 雨雲が補足するように言うと、女性は肯定した。
 青年は思考の渦から疑問点を釣り上げる。
「方向性。その方向性って?」
「え?」
「複数の人間が特定のものに対して、よほど強い感情がなければ、そんな現象は起こらないと思う。それだけの感情をまとめあげた方向性、ひとつの目的のようなもの、それは何だろう?」
 ぽかーんとしている女性と日向を見て、雨雲は咳払いひとつ、
「簡単に言えば、君は何の精霊なんだろう、ってこと。日本で言うところのつくも神も精霊の一種だろうけど、あれはタンスとか鍋とか、そういった家具の精霊ってことになるだろうね」
「そう、言われると……」
 女性はしばし考え、あ、と声を漏らした。
「何か心当たりが?」
「うん、たぶん――核」
「核? って、核兵器!?」
 日向が目を丸くする。
 核兵器。人間が持つ、最強にして最高の威力を持つ武器。その威力、そしてその後にも残り続ける影響から、最悪の兵器としても知られている。
「どうして、そう思うのかな?」
「なんとなくよ」
 なんとなくときた。
 理由もない。根拠もない。彼女の言葉を信じるか信じないかの二択。
「……まあ、この件は保留しておこうか」
 信じる理由も、信じない根拠もない。こうなっては判断を下すのは難しい。
「それにしても、そうか、精霊か」
 そういう存在がいて、相手はその存在を殺したがっている?
 それは、雨雲たちが命を狙われたのと、同じ理由なのだろうか。それとも別の理由?
 考えるべきこと、知りたいことはいくらでもあったが、毎度のごとく情報は手に入っていない。
「じゃあ、今日のところはここらでお開きかな。何かあったら、ここに連絡して欲しい……、連絡手段、わかる?」
 雨雲はいつもの肩書がない名刺を取り出したが、それをじーっと見つめた女性は、
「電話、だっけ? そんなの使ったこともないわ。そんな面倒なことしないで、あんたらもここに泊まればいいじゃないの」
「――は?」
 これにはむしろ女性の方がきょとんとして、
「いや、だから、あたしもあんたたちも、どっちも連中に狙われているんでしょ? なら別々に行動する意味がないじゃない」
「そ、それはそうだけど、僕は別に君と仲間になるつもりはないよ」
「敵対する理由がないんだからいいじゃない」
 もはや彼女の中では雨雲も仲間の一人として認識されているらしい。
「それに、あたしを狙う連中にあんたも用事があるんでしょう? ならむしろ一緒に行動した方がメリットがあるじゃない」
「いや、言わなかったけどあのフードは……」
「何? 文句でも?」
「文句も何も承諾をしていないと言っているんだけど」
「じゃあ今すぐ承諾しなさい」
 どうして命令されているのだろう、と雨雲は悩みかけるが、そんな暇はない。今ここで反論しなければ本当にここに宿泊する羽目になってしまう。
「そういうわけにもいかない。人間であるかどうかは別にして一応は君も女性なんだし、それに僕も帰るべき家がある」
「日向も泊まればいいじゃない、まさか刀を持った女性を襲ったりしないでしょう?」
「それを言うなら君だってフードを追い詰めるほどの実力はあるんだし、そもそも僕は女性を襲うつもりなんてこれっぽっちもないんだが」
「え? ないの?」
「……日向。なぜ君がそこで意外そうな顔をする」
 本格的に、まずい。女性陣に押されている気がする。
「だいたい日向、君もこういった方向性は許容しないタイプだったはずだけど?」
「んー、たまにはいいんじゃない?」
 意に反し、日向は肯定を示す。
「この人が狙われているのは事実だし、ここにいれば、京君が探している相手も見つけられそうだし。一石二鳥じゃない、何が悪いの?」
「――君の天然具合は時折、怒りを覚えるね」
「ん?」
「何でもない。ったく……」
 雨雲はがしがしと頭をかき、
「わかった、わかった。なら、今日だけだ。一日だけ様子を見て誰も来ないようなら僕らは撤収する。それでいいね?」
「はいはい、わかってるわよ」
 なんだか酒でも飲んで全てを忘却したい衝動に駆られるが、本当に敵が来る可能性がゼロではない以上、そういうわけにもいかない。
「厄介なことだ……。そういえば、君は何と呼べばいいんだ?」
 精霊がいぶかしげにこちらを見やる。雨雲はむしろその態度が理解できないとばかりに、
「いや、だから君が精霊なのはわかった。だけど、実際に神様なんて呼びたくもない。名前はないのか、と聞いているんだ」
「ないわよ、そんなもの」
 さらりと返す精霊。雨雲は反論しかけるが、
「それも、そうか」
 思い直す。
 名前は個体の識別に使うもの、言い換えれば個人の証明に過ぎない。他に類を見ない存在である彼女が個体の識別を行う必要はないのだ。
 すると、何を思ったのか、精霊はびしっと雨雲を指差し、
「じゃあ、あなたが名前をつけて」
「は?」
「だから、あなたがあたしに名前をつけて。雨雲京介」
 なぜ僕が、とか、犬猫か君は、とか、色々と言いたいことはあったが、それを言うとまたややこしくなりそうだ。雨雲は適当に記憶をさらい、
「なら、レイアってところかな」
「レイア? 何の名前?」
「ギリシャの神様の名前、さ」
「……ふうん。ま、いいでしょ」
 レイアと命名された精霊は、ごろんとベッドに寝転がる。
「じゃ、あたしは寝るわ。朝になったら起こしてねおやすみー」
 そのまま、すうすうと寝息を立て始める。さっきまで気絶していたくせに、やけに寝付きがいい。
 そういえばベッドはシングルひとつきりなのだが、これは床に寝ろということなのだろうか。
「どうするの、京君」
「少しは君にも考えて欲しいんだけど、日向」
「考えるのは京君の役目。京君を守るのがあたしの役目」
「あー……、まあ適材適所か」
 日向は割と思考停止に陥りやすいし。
 はぁ、と軽く息を吐き、ベッドに転がる淑女を眺める。外見だけならばただの美人なのに。
「幸運か、はたまた不運か」
 とりあえずいたずら書きしてやろうかな、とちょっと思う、雨雲青年であった。