「はは、なるほどね、いかにも雨雲らしい」 今の話のどこに笑うところがあったのかわからないが、立風は楽しそうだった。 「いかにも、じゃないよ。本当に怖かったんだから、あの時の京君は」 「じゃあ、なんで今はあれだけ一緒に行動しているのさ? 怖いなら見捨てて逃げればよかったのに。実際、あいつは口先だけだから、逃げようと思えばいくらでも逃げられたと思うよ?」 「うん、まあ、そうなんだけどね」 曖昧な笑いを浮かべ、ずず、とお茶をすする。 「最初の間は、ただの興味だったの。私とはまったく違う生き方をする人に。私は刀で誰かを殺すことしか考えていなかった。でも、京君は誰も殺すことなく、私を屈服させてみせた。その、私が持っているのとは別種の強さに、ちょっと憧れちゃって」 「ふうん。でも、実際はそんなにたいしたものじゃなかったでしょ?」 「ほーんとに。お部屋の片付けもできないし、コンビニ弁当ばかり食べるし、今でもすぐに嘘つくし。……でもね、そういう京君を見ていて、私も思っちゃったの」 なんとなく嫌な流れだな、と立風は内心で思ったが、口には出さなかった。他人の恋話なんてムカつくだけなのだが。 そんな心を知ってか知らずか、日向は続ける。 「京君はね、他人のためなら何でもできる人。自分が助けるって決めた人は本当に助けちゃうようなところがある」 「まあ、その通りだね」 「だけど……、自分のことは何もできないの」 はた、と立風の表情に真剣味が増した。 「やればできるくせに、京君は自分のためには何もしない。それを見ているとね、ああ助けなきゃ、って思っちゃうのよ。なんだか、私が何かをしなければ、京君はそのまま消えてしまいそうな気がするの」 「――なるほど、本当によく見ているね」 ず、と一息にお茶を飲み干した立風は湯飲みをテーブルに置く。 「まさに君の言う通り。雨雲ってのはそういう奴だ。あいつは自分に対して何の価値も見出さない。だから自分はいつだって後回しで、適当に死ぬことにさえ後悔がない。今は君がいるからそうそう簡単に死にはしないだろうけどさー、俺が出会った頃なんかは最低の最低だった」 「昔? 立風君ってそんなに前から京君と知り合いなの?」 「まあね。けど、あいつの過去は聞いてもらっても困るよー。いくら美人さんでも、これは答えられない」 「むむ。なんで?」 「あいつにとって過去は重すぎる」 それは、冗談や嘘など混じっていない、真実の言葉に聞こえた。 「雨雲にとっての過去ってのは、消し去るなんてものですらないんだ。消すことさえかなわない。今のあいつのすべては過去を消すことだけど、それは絶対にできないってあいつもわかっている。ただ、どっかでケジメをつけないといけない、そう思うから動き続けるんだ」 「それが、DDクラブ……、なの?」 「そういうこと」 「……ねえ、DDクラブって何なの?」 それは、日向さえ詳しいことを知らなかった。 彼女が知っていることといえば、クラブのメンバーは社会的な地位や金を持つ者ばかりだということ、雨雲が彼らを極端なまでに憎んでいるということ。 彼は、今まで一度だってDDクラブのメンバーを許したことなんかない。 「異常だよ、京君があんなに固執して、おまけに生きることさえ許さないなんて。昔の私なんかだったらともかく、あの人たち、よさそうな人じゃないけど、死ななきゃいけないほどの悪人って感じもしないもの」 むしろ器の小さい、死刑になるほどのだいそれたことなど、とてもできそうもない連中ばかりだったように見える。 「ところがどっこい。人間、見た目にはよらないんだよなぁ」 「じゃあ、そんなに悪いことをしたの? 京君があんなに怒るような?」 「何をもって悪とするかは人それぞれだからねぇ……」 「ごまかさないで!」 はっと気付いた日向は、浮かび上がりかけた腰を再び下ろす。 「と、とにかく、私は京君があそこまでこだわる理由を知りたいの」 「じきにわかるよ。連中をすべて殺せば雨雲は止まるだろうから。もっとも――」 立風は壁の方に視線を向ける。その先には、雨雲京介がいる。 「その時にあいつが何をするのかは、俺にも見当がつかないけどな」 朝食の後、調査の結果が出た。 「まず情報その一」 立風が画面に出したのは、英語らしい文書。 「なんて書いてあるの?」 「要約すれば、謎の部隊によりこちらの部隊は壊滅した、って書いてある」 「ゲリラじゃないんだな」 画面を見つめながら雨雲は言う。立風はその横顔をちらりと眺めながら、 「連中はたった四人で部隊を壊滅せしめた。旧式とはいえ、戦車まで持っていた部隊を、だ。それはただの人間じゃありえない。対戦車ロケットがあったって不可能だ」 現代戦、それも銃や爆弾といったものが戦場での主流となった時代以降、戦いとは物量の勝負となった。 もちろん戦車のように極端な戦闘力をもっている兵器もあるにはあるが、つまるところ、どれだけの練度の兵隊を、どれだけ多く持ち、そしてどれだけ優秀な兵器を持っているかが勝負の分かれ目。 四人でひとつの部隊をどうこうするなど、冗談にもなっていないのだ。 「続いて情報その二」 続けて画面に出てきたのは、どこかの監視カメラらしい映像。二人の人物が映りこんでいる。 「片方は見覚えがあるだろ?」 「ああ」 黒く長い袋を持った女の子。間違いない、白桃だ。 もう一人はフードで顔を隠しているために正体は分からないが、背格好からして、こちらも女性に見える。 「これは都内の駐車場にある監視カメラの映像なんだけどね。時刻は雨雲たちが白桃に出会う二時間ほど前」 「この後、こいつはすぐに霧島コーポレーションに向かったわけか」 「その可能性が高い。そして、もう一人の方は、見る限り白桃とはここで分かれている」 「行き先は」 「それはこっちの画像」 今度は街中にある監視カメラの映像だ。本当に、近頃はどこにでもカメラの目が存在している。それらを渡り歩くことができるなら、人探しも随分と楽になるかもしれない。 「まだこの近くにいる可能性は低いけど、こいつがここに来たことだけは事実だ。行ってみたら?」 「なるほどね、さすがだよ、立風」 「なに、今度にでも日向さんとデートさせてくれればいいよ」 「だってさ、日向」 「ごめんなさい」 「よかったな立風。失恋記録が伸びたぞ」 「うるっせえやいっ!」 さめざめと泣く立風の横で、雨雲は肩をすくめていた。 雨雲たちがいるマンションからは遠く離れた、都内の一角。 とある建物の、立入禁止となっている屋上に、一人の少女の姿があった。 大型の室外機やファンが並ぶ中、少女はそれらのひとつに背中を預けていた。吐く息は荒く、いつもかぶっているフードは頭の後ろに力なく垂れ下がっている。短い金髪も、今は薄汚れていた。 あらわになっているのは、醜い顔。顔の半分はケロイド状になっており、もう半分には隠しきれない傷跡がある。 「人の世は無常にて無情。人が見る夢のごとく、情けも容赦もなく。立ち向かった現実は必ず救いの道が残されているとは限らない」 歌うように、狂うように。少女はぽつぽつと言葉を漏らす。 いや、実際にぽつぽつと雨が降り出していた。激しくはない。まとわりつくような、嫌な雨。 少女にとっては平穏な時間。だが、それも長くは続かない。 「あらぁ? こぉんなところにいたのねぇ」 音もなく近づいてくる姿を見て、少女は軽く舌打ちをする。かたわらに転がしていた剣を握り、立ち上がった。その剣も、半ばから叩き折られているのだが……、ないよりはマシだろう。 「ふふ、人間って愚かねぇ。そんなものであたしに立ち向かう? ふふふ、笑えてくるわぁ!」 近づいてくる敵。それは、異常な存在だった。人間であることをやめ、捨てた存在である彼女からしてさえ普通ではなかった。 敵は浮かんでいた。ふわふわと、人のひざくらいの高さを、何も使わずに浮かんでいる。揺れ動く長い黒髪は死そのものを象徴しているようで、口元に浮かぶ酷薄な笑みはその性質を現しているかのようだった。 「さぁ、見せて頂戴。あなたたち人間がいかに愚かなのか、豚にも劣るその曲芸を!」 「豚は、飛べる」 ひび割れたコンクリート床をさらに踏み砕かんという勢いで、フード女は飛び上がる。幽鬼のような化物、その上を取り、砕けた刃を下に向け。 「ハァ!」 「うふふふ、甘いわぁ」 黒髪の女は片手を持ち上げ、握る。 バン、と少女の手先が爆ぜた。鉄片がばらばらと降り注ぎ、少女の体は吹き飛ばされて室外機のひとつに衝突する。 「ここ、狭いわねぇ。もっと広い場所に行きましょうよ、ね?」 敵の言葉に、フード女――塔原は血を吐き捨てて答えた。 「死ぬならばどこで死のうと同じこと。今さら死に場所を選ぶつもりはないよ」 黒髪の女はじっと塔原を見ている。塔原は、その視線に違和感を覚えた。先ほどまでと何かが違う。それは、何だ? 「血……」 黒髪の女は塔原の口元でぬめる赤い液体を指し、 「ぁぅ」 そのままパタンと倒れた。 「……は?」 思わず目を丸くした塔原はじっと黒髪の女を見つめる。演技、でもなさそうだ。 「たす、かった?」 目をぱちぱちとさせた塔原はふと顔を持ち上げ、 ――弾け飛んだ。 |