「雨雲。俺はお前の友人だよな?」
「友人という定義のあいまいな言葉で僕と君の関係性を表すのは少しばかり難しいと思うけど、それがどうかしたの?」
「お前は友達を裏切らないよな?」
「必要とあれば」
「じゃあ今が必要なその時だって言いたいのか貴様ァ!」
 ――立風のマンションに行き、部屋に上がってリビングで向かい合って。
 湯気の立つお茶がやけに空々しい。
「何だよそれどこのどなたですか紹介してください!」
「もっとこう、男としての立場とか誇りとか、そういうのはないのか……」
「ない! なりふりとか構ってられる状況じゃねーんだよ!」
 はぁ、とため息。
 雨雲京介は隣に腰かけた女性を示し、
「レイア。自称・核兵器の精霊。性格は悪い」
「京介。あたしに何か言いたいことでもあるのかしらぁ?」
 レイアは頭を振って髪を揺らし、
「ま、そういうことよ。で、あなたは?」
「はい、立風宗也っす! 以後よろしくお願いしますっす! よろしければレイアさんボクと結婚を前提とした交際をよろしくお願いしますっす!」
「それはあなたがあたしと対等な立場になってから言いなさい」
「じゃあまだ可能性はあるってことで!」
「……。京介、これ、どうにかしちゃダメかしら?」
「僕もたまにそう思うけど、なかなか死なないんだ。この馬鹿は」
 閑話休題。
 そもそも雨雲京介がレイアと日向を引き連れて立風に会いに来たのは、何も彼に恋人候補を紹介するためではない。
「昨日、例のスナイパーと接触した。どうやら彼らは特に理由を持って僕らを襲いに来たわけではなさそうだね」
「理由なく人殺しをしようって言うのか?」
「そういう意味じゃない。少なくとも彼女は僕らが何なのかさえ知らずに攻撃していたんだ」
 立風は目をぱちぱちとさせ、
「それが?」
 雨雲の言う意味が理解できず、首をひねる。下の人間が何も知らないことが、そんなにもおかしいことなのだろうか。
「だってさ、それこそ軍隊じゃ軍曹あたりなんか何も知らないのは当たり前だろ? 別にスナイパーだって幹部ってわけじゃないだろうし、目的とかお前が誰なのかなんて知らなくて普通じゃないのか?」
「いや。彼女は鉄砲玉じゃない」
 きっぱりと断言する雨雲。その言葉は確信に満ちていた。もっとも、彼は嘘を口にする時だって確信に満ちたような言い方をするが。
「彼女は『霊力を持った人間さえ殺せる銃弾』を持ち、『ある程度の戦闘訓練』を経験していて、さらに『不必要になった仲間を暗殺する』という特殊な任務を帯びていた。それほどの人間がただの下っ端であるとは思えない」
 白桃を殺したのはほぼ確実に彼女だ。となれば、霊力に守られた人間を貫く弾丸を持っていることは確実。
 また、雨雲に対する動き、思考回路、何よりもスナイパーとしての能力は訓練なしに身につけることなどできない。素人兵士たちとは違い、彼女は確実に戦闘訓練を積んでいる。
 そして、白桃を暗殺するという任務。レイアの話の通りならばフードを殺したのも彼女。
 それほど貴重な能力・経験・任務の三つが揃った彼女が、ただの使い捨ての駒?
 そんなの、ありえない。
「全てを知っているとは言わない。ただ、下士官というわけでもないだろう。彼女は、連中の深い部分に近い場所にいることは間違いない」
「……で? だからどうだってんだ」
「その彼女でさえ僕らのことは知らされてなかった。何も知らないってことは、まず、ありえないだろう。僕はともかく、日向に関しては霊能力を持つ人間が知らないわけがないからね」
 日向の家はすでに彼女しか残っていないとはいえ、優秀な血筋であったことは明々白々。その彼女を知らない霊能力者など、ほとんどいないのだ。さらに言えば、彼女は霊力殺しの前歴もある。
「知らないんじゃない。スナイパーは知らされていなかったんだ。なら、なぜ知らせなかった?」
「知る必要がないから、とか」
「それもあるかもしれない。だけど、僕は別の可能性も考えている」
「――何だよ、それ?」
「それをお前に調べろって言ってんだよ、立風」
 そう言って、雨雲はにやりと笑ってみせた。

 一方、その頃。
 灰塚は月宮の屋敷の中を大股に歩いていた。
 氷室はいない。どうやらまだ雨雲京介を狙っているようだが、そんなことは今の彼女にとってどうでもよかった。
 彼女が知りたいこと。それは、月宮の心の底。
 書斎の前まで来ると、ひとつ深呼吸をした。そして、無表情の中に緊張をにじませて扉を叩く。
「どうぞ」
 月宮は、まるで最初から彼女が来ることがわかっていたかのように待ち構えていた。
「失礼します、マスター」
 部屋の中央、月宮とある程度の距離を置いたところで、灰塚は立ち止まる。
 月宮は椅子をきしませ、灰塚を見つめた。
「ボクに何か質問かな?」
「――はい」
 その質問を口にするのは限りなく勇気が必要だった。今までのものが崩れてしまいそうな、そんな気がして。
 それでも灰塚は口を開いた。黙っていること、自分の中で抱えておくことなどできなかったから。
「塔原と交戦した女性は、核兵器の精霊を自称していることが判明しました」
「ほう」
 ……それだけ、だった。
 質問も何もなく、次の言葉を促す気配もない。
「知っておられたのですか」
「いや。そんな報告は受けていない、が、偶然だろう」
 灰塚の言わんとすることがわからぬ男ではない。先回りし、言葉を紡いでいく。
「吸血鬼の次は精霊か。なんともファンタジーで結構な話だよ」
「では、そんなものは実在するはずがないと?」
「当然だ。霊力は科学的な研究などできない代物だと思われがちだが、ボクは実際に人工的に霊力を発生させることに成功した。
 霊力は人の生きようとする力だ。根拠も法則もある。一方、吸血鬼や精霊に根拠や法則なんてものがあるのか?」
 灰塚には答えられない。
 ずるい質問だった。そんな質問、灰塚はもちろん、他の誰にも答えられるものではないのだ。吸血鬼を名乗る当人でさえ証明できるか怪しい。
「吸血鬼だの精霊だの、あくまで連中がそうと名乗っているに過ぎない。実際、血を吸う能力や他の特殊な能力をそう言い表しているだけで、中身はただの霊能力者だろう。その可能性が最も現実的で、最も高い」
「それは、その通りですが」
 だが、何だろう。何かが引っ掛かる。
 月宮の言うことは、正しい。霊能力は荒唐無稽な存在だが、実在していることは灰塚自身が知っている。
 しかし、吸血鬼や精霊まで存在しているとは言えない。むしろ、血を吸って霊力を吸収する能力を『吸血鬼』と呼んだり、空を飛んだり爆発させる能力を『精霊』と呼んでいるだけ、と言われた方が納得できる。
 そう、納得は、できる。けれど腑に落ちない。
 何かおかしな点があるのに、それが何なのかわからない。そのジレンマ。奥歯に物が詰まったような、すっきりしない感じ。
「だいたい、核兵器の精霊なんて馬鹿げているにも程がある。どうせなら山の神だの海の神だのと言われた方が百倍はマシさ」
 そう言って、月宮はくすくすと笑った。
 その笑い顔を見ていて、ああ、と灰塚は気付く。
 不自然さ。そうだ、最初から、不自然だった。
 彼の嘘は、あまりに嘘くさい。
「マスター。今一度、雨雲京介暗殺の許可を」
「却下だ。また氷室とバッティングしてお互いに足の引っ張り合いをするのか?」
 ぐ、と灰塚は言葉に詰まる。確かにお互い、連携を取らなさ過ぎて、結果的に時間をロスしてしまった。
「氷室には水の部隊に関して使用許可を出している。これは部隊が実戦でどの程度まで使えるかを試す意味もある。君は現状、待機していてくれ」
「……了解、しました」
 引き下がるしか、なかった。
「なに、計画は実行段階まで来ている。むしろ雨雲たちは利用できるかもしれないし、そう悪いことばかりじゃないさ。頼りにしているよ、灰塚」
「ありがとうございます、マスター」
 機械的に答え……、灰塚は退室する。
 見送った月宮は、ぽつりと零した。
「やるじゃないか。雨雲京介」