放心した灰塚を見下ろし、雨雲は考える。 ――どうしたもんか。 彼女が持つ情報はもう少し引き出しておきたいところだ。だけど、今の彼女は話すことさえ億劫そうに見える。これでは有効な情報を引き出せないかもしれない。 それこそ拷問でもすれば別だろうが、さすがにそこまではしたくない。悪党だが悪役というわけではないのだ。 今ここで聞けないのであれば、まあ、仕方ない。 「テイクアウトといくか」 「え?」 「なんでもない。それより日向、灰塚を頼む。レイアは僕を」 「頼む? 京君、どっか行っちゃうの?」 ぱちぱち、と目をしばたかせた雨雲。日向をじっと見やり、 「だから、彼女を連れて場所を移すって言っているんだけど?」 「ふぇ?」 今度は日向が戸惑い、 「だ、だってこの子、京君を殺そうとしたんだよ!?」 「今は僕を殺すほどの気概は彼女に残されていない。安全そのもの、問題なし」 「ある! そんな危ない子は連れていけない!」 「僕の命令だ」 「別に命令される関係じゃないでしょー!」 ふむ、と雨雲は黙考。 「じゃあこう言い換えよう。彼女をここに置いていくつもりか?」 「うぐ」 「それこそ敵陣営に回収されたら再び僕らに牙をむくかもしれないねぇ。その時にまでどうこうできるとは、僕は思わないよ」 「あぅ……」 「となれば、連行し監視しておくことが最善だと考えるが。まさか殺していくとは言わないね?」 「えっと……」 目が泳ぐ日向。雨雲は目をそらさない。 しばしの沈黙、やがて、日向敗北。 「わ、わかったわよ……。連れていけばいいんでしょ?」 決まれば行動は早い。放心状態の灰塚を背負い、ついでに彼女のバッグやら銃やらも回収すると、日向はホテルの屋上から飛び出した。 「あんた、あたしに似ているのねぇ。嘘つきだし、サディスティックだわ」 「それは褒め言葉かな?」 「いーえ。けなしているのよ」 すたすた、と歩いていってしまうレイア。 軽く嘆息し、雨雲は後を追う。なにせ彼は、ホテルの屋上から飛び降りることができない。 雨雲のアパートは狭い。人が二人も入ればそれで満杯、もうあまり余裕はなくなってしまう。 だから、レイアにまとわりつかれてからというもの、雨雲は立風のマンションに行くようにしていた。向こうからすれば迷惑きわまりないだろうが、そこしかゆっくりできる場所もないのだ。 だが。今日は、行かない方がよかったかもしれない。 「雨雲君。死にたいのか? 死にたいんだよな? いいや死ね。今すぐに死ね。とにかく死ね何がなんでも死ねそこから飛び降りてもいいし日向さんの刀に刺されてもいいしそれとも俺が直々に包丁で突き刺してやろうかバラバラに解体してなべ料理にしてぐつぐつしてやろうか貴様はあああぁぁぁ!!」 「……お、落ち着いた、か?」 ぜーぜーと肩で息する立風。しかし瞳に宿る殺意は微塵も消え去りはしない。そう、本気で本物の殺意が雨雲京介を見つめている。 「いや、な、これにも理由があるわけだ。世の中の全ての事象に理由があるとは言わないが、これには明確な理由がありそこに僕自身の個人的な意思は全く介在していないんだよ。だから、言うなればこれは不可抗力というやつなんだ。わ、わかった?」 「わかったからとりあえずその腰にひっついてるのを俺にくれ」 「だ、そうだ、灰塚」 雨雲は自分の腰を見下ろす。 そこには、放心状態から立ち直った灰塚が、何故だかギュッとへばりついていた。 「き、聞いているか、灰塚? 離れてくれ」 「……」 ふるふる、と首を横に振り、またギュッ。 その姿はさながら人見知りの子供。しかし、灰塚はどうひいき目に見ても子供と呼べる年齢ではなく、従ってその姿も、どこかやましい気持ちを感じさせる。 ――雨雲にはそんな気持ちは本当にないのだが、そういう風に見えてしまうのは仕方ない。 「そう、俺が今ここでお前を衝動的に殺してしまっても仕方ないことなんだ、きっと法律も許してくれるッ!」 「冗談!?」 本気の右ストレート、かわさなければ頭の形が変わっていたかもしれない。 「そ、れ、より! 立風、人の、話を、聞けェ!」 「うふふ、あははは!」 「レイアも爆笑してないで止めろ! というかせめて日向を開放してやれ! 僕への援護ができない!」 自称精霊は、少し離れたところで日向を羽交い絞めにし、雨雲と立風のコントを楽しんでいる。日向は心配そうに雨雲を見つめながら、しかしレイアを無理やりに解くほどには至っていない。 要するに、これだけ味方しかいない場所で、雨雲は孤立無援。 「なんなんだ、この状況ッ!」 「うるせー! お前にモテない男の悲しみがわかんのかよええ!?」 なんて、しばしドタバタ。 立風の体力が尽きた頃になってようやく、雨雲は会話を行える状態になった。 ソファに深く座り込む。灰塚は当然とばかりに足の間に体を滑り込ませ、隣には日向が、後ろにはレイアが浮かんだ。 向かい合う立風は最高にイライラした表情で、 「んで、その無口ガールは誰」 「灰塚。僕らを狙っていたスナイパーだ」 「ふうん。んで、なんでそれを俺の家に連れてくるんだ、お前」 「僕の家は狭いからだ」 「よっしゃお前だけ帰れ。日向さんとレイアさんと灰塚ちゃんは置いてお前だけ帰れ。そして死ね」 ふう、とため息。雨雲は自分の足の間に座る少女を見やり、 「灰塚。君はどうしてそこにいるんだ?」 「他に行く当てがない」 「それはわかった。当然だとも思う。それはそれとして、どうして僕の足の間に座っている」 「……他に行く当てがない」 「いくらでもあるだろう! せめて隣に座れ!」 叱られ、灰塚はしぶしぶ雨雲の隣に移る。 「ったく。だいたい、君のマスターは月宮だったんじゃないのか。寝返るにしたって限度があるだろう、限度が」 「……迷惑?」 じっと見つめる瞳。これが一般的な女性なら狙ってやっているところだろうが、灰塚は特に意識しているわけでもないのが余計にたちが悪い。 そして、雨雲京介は、言葉に頼らないコミュニケーションは若干ながら苦手だった。 「あー、いや、まあ、そういうわけでは、ないんだけど」 「なら、ここにいる」 「いや待て立風。無言で台所に包丁を取りに行くのはやめろ」 閑話休題。 「灰塚。君たちのこと、話してくれないか」 「わたしたちの、こと?」 「月宮以下。どういう組織で動いている?」 そういうことか、と納得したように頷き、灰塚は語り出す。 「頂点に月宮。その下に五星という名前の幹部がいる。わたしも、白桃も塔原もその一人」 「五と言うからには、他に二人?」 「いる。小鉄と氷室」 氷室、の名前に、日向が反応した。 「氷室って、もしかして氷室真冬?」 「本名は知らない。わたしたちの名前は、月宮が与えたものだから」 「日向。その氷室真冬というのは?」 「氷室家。関東の旧家」 それだけで、雨雲には十分に伝わった。灰塚の言う氷室が同一人物かどうかはわからないが、仮にそうだったのなら、幹部勢というのは全員が『人工的霊能力者』というわけでもないらしい。 「各五星にはそれぞれ得意分野がある。白桃は速さ。塔原は防御。小鉄は力。わたしは障壁を貫通することができる。氷室の能力は知らない。 星の下にはそれぞれ同じ系統の能力を持った部隊がいるけど、使用許可は月宮が出す。部隊の各構成員はせいぜい十人程度」 「全部で六十人弱の人間を、月宮個人が支配していると?」 「そう」 そうか、と雨雲は呟く。思考に沈み、周囲など見えていない。立風や日向はそういう雨雲の癖を理解しているから、あえて口を挟むこともしない。ちなみにレイアはすでに説明に飽きて寝ていた。 静かな時間。それぞれが、灰塚の言葉を読み解き、意味を取り出す。 「なら」 雨雲の口から言葉が生まれる。 「連中は、僕らの敵う相手じゃないな」 |