剣と剣とが激突する高音。 甲高いそれを耳にしながら、雨雲は模造銃を構える。 それ自体に殺傷能力はない。だが、見た目だけは本物の銃といささかの違いもない、本物そっくりの偽物。 雨雲が銃口を向けると、少女は否応なく反応した。攻めるか引くか、一瞬の迷い。その間に背後から近づいたレイアが、少女の獲物を爆破する。 よろめいた少女はレイアに任せ、雨雲は次なる敵を探す。 日向はすでに一人の武器を断ち、気絶させていた。灰塚もまた、別の兵を無力化している。残るは一人。 しかして、彼女もまた動揺しているらしかった。以前の兵士たちと比べれば格段に強くなっているが、それは以前があまりに弱すぎたからだ。基本は覚えたらしいが、日向や灰塚を相手にするにはまだ足りない。 雨雲が手を下すより早く、灰塚は残る一人を潰していた。弾丸が少女の足を貫く。苦痛に顔を歪める少女。雨雲の顔もまた、ほんの刹那だけ曇った。騒ぎ立てないのは訓練のおかげなのだろうか。 「行こうぜ」 雨雲が何かを言うより早く、立風が言う。雨雲のことを見ていたわけではないだろうが――やはり、よく見知った友人の存在というのは貴重らしい。 四人からなる部隊。無力化するのは緊張したが、実際にやってみればさほど難しくはなかった。とはいえ、どことも知れぬ路地裏。誰が来るかもわからぬ以上、そうそうゆっくりとはできないことも事実。 「この調子なら、いけるかもしれないね」 日向が言う。だが、雨雲はそこまで単純だとは思っていなかった。 なにせ、灰塚の言う通りならば、まだ五星が二人も残っているのだ。しかも、塔原や白桃と違い、残る二人は戦いの経験と知識を持っているという。 白桃や塔原は、普通の女の子だったらしい。けれど、それぞれに理由があって月宮のところに来たとか。それには雨雲も納得できる。彼は白桃の戦いしか見ていないが、彼女は精神を律することができていなかった。戦場に立つなら、最優先すべき事項なのに。 人を殺すということ。その意味。 彼女たちは、あまりに知らなさすぎる。 「それじゃ、移動を……」 「駄目」 雨雲の言葉を遮ったのは灰塚だった。 またか、と舌打ちする。どうも相手は本当に本気らしい。一体、どれほどの人間がこの近くに来ているのだろうか。 まさか、全員を無力化しないと逃げ切れないとでも? 冗談ではない。 「……!」 銃口が北を向く。全員が指揮者に操られるように北を見た。 続いてやって来たのは、たった一人だった。降り立った女性はぐるりと全員の顔を見渡す。 やがて、その視線が一人の人物のところで止まった。 「久しぶりですね、灰塚。元気にしていましたか?」 氷室と灰塚の視線が交錯する。銃口を向けられているというに、氷室の立ち姿に緊張した様子は見られない。霊力のガードに絶対の自信があるというわけでもないだろう。彼女のまとう霊力は、特別に強力という雰囲気を持つものではなかった。 だが。日向は刀を浮かせ、レイアもまた緊張を浮かべる。 ヤバい。 それはただの勘であり、経験であり、本能。 何が、と説明することはできない。ただ、こいつは絶対にヤバい。 氷室の戦いは、灰塚でさえ見たことはないという。月宮の指示や彼女が伝える指示、そして普段の所作から、相応の戦闘力はあるだろうと知っているだけ。日向やレイアに至っては初対面だ。 それでもわかる。彼女は、油断してはいけない相手。 灰塚が沈黙を貫くと、氷室は不満げな様子だった。 「元より無口ですが、より面白味はなくなりましたね」 「……それで、何しに来たんだ、お姉さん」 立風だった。にらむように氷室を見ている。雨雲はちらりと彼を振り返ったが、何も言わなかった。 氷室の視線が、立風に向く。 「ッ!?」 ぞわりと、背筋が凍る。 こちらを見ただけ。その視線、それがまるで氷か何かで作られているかのように、冷たい。 雨雲が本気になった時でさえ、ここまで冷ややかではなかったように思う。 「あなたが、雨雲京介ですか?」 「……へえ」 雨雲と立風。お互いに視線を交わす。 そして、頷いたのは立風。 「そうだ、俺が、雨雲京介だ」 「そうでしたか」 直後。後悔が走る。 「ッ!!」 一瞬にして間合いを詰めた氷室。その拳を日向が弾けたのは、たまたま彼女が立風の近くに立っていたからだった。 「うおおお!?」 遅れて状況に気付いた立風は、何を思ったか、いきなり走って逃げだした。霊力も使えぬ彼に、走って逃げ切る能力などないだろうに。 「無様ですね!」 後を追う姿勢を見せる氷室。その彼女の前に、灰塚と日向が立ちふさがる。 「邪魔、と言いたいところですが、妨害しないというわけにもいかないでしょう。お互いに」 「わかっているのなら、撤退して」 「灰塚。それは、無意味な要求というものです」 じり、と距離を詰める氷室。灰塚はまだ撃たない。 「慎重ですね。撃たないのですか?」 まだ、撃たない。 その理由、雨雲には何となくわかっていた。撃っても同じなのだ。おそらく、当たらない。 日向が瞬間的に動けば射線から逃げられるように、氷室もまた同系統の能力を保有しているのだろう。簡単に言ってしまえば、早すぎて当てられる自信がないのだ。かすめることはあるかもしれないが……。 にらみ合い。その最中、氷室は口元を歪めた。 「よいのですか?」 氷室も、日向も、灰塚も、いつでも動ける。 ただ、まだ動かない。 「彼、単独で生き残れるのですか?」 「……!」 状況が反転する。 氷室を足止めしていた両者は、逆に氷室に足止めされる格好となる。下手に動けば彼女の攻撃を受けてしまう。 ダメージ覚悟ならばそれもいいだろう。だが、そういうわけにはいかないのだ。霊力は身体能力を強化しありえない現象を引き起こしてくれるが、傷をすぐさま回復させる能力はないのだから。 もちろん立風を放置することなど論外。 「ふふ、今頃、部隊の人間が彼を襲撃していることでしょう。特異な戦闘力を持っていたとしても、単独で部隊の攻撃を退け続けることは不可能なのでは?」 違う。 彼は一般人なのだ。戦闘力など皆無、武器さえ持っていないかもしれない。退けるどころの話じゃない、逃げることさえできない! まずい。このままでは、立風は犠牲になる。 「仕方ないわねぇ……」 ぽつり。その言葉は、誰の意識からも外れたところから響いた。 「あんたたち、あたしの存在を忘れていない?」 レイア。 彼女の存在は、みんなの意識から外れていた。 そういえば、彼女は常に『意識しようとしなければ』認識されない。影が薄い、とでも言おうか。性格も言動も行動も、どれもが目立つものなのに、強く意識されることはなかった。 レイアの個人的性質とは思えない。ということは、精霊としての特徴? 肉体を持たないがゆえの存在感の欠如? 目の前にいる、ちゃんと視界には入っているのに、表に立つことはないこの異常な感覚。 雨雲の思考が回り出す。それとは別に、口もまた動く。 「すまない、頼む」 「ふうん。あんたがそんだけ言うんだから、たいしたものねぇ」 レイアはふふん、と笑い、長い黒髪を揺らした。 氷室に背中を向ける。その姿はとても自然で、攻撃されることなど最初から考えていないようだった。 いや、実際に彼女は考える必要などないのだ。霊力を持つ人間でさえ彼女を傷つけることはできない。傷つかなければ、誰と戦おうとも負けることなどありえないのだから。 レイアは悠然と角を曲がる。うまく立風と合流できるだろうか。いや、合流してもらわなければならない。そうしなければ――。 「頼むよ、本当に」 願わくば。彼女の到着まで、立風が逃げ切ってくれますように、と。 |