雨雲京介は、天井から乱入するという無茶苦茶な行動を取った少女を細めた目で見つめる。 外見からして戦いに向いた服装や装備ではない。武器らしい武器は見る限り手に握る槍だけだし、サンダルなんか履いているし、スカートだとか白くて華美な飾りが付いている服だとか、とかく戦いに赴く者の格好ではない。 だけど、それで安心できるはずもない。 なにせこの少女は天井をぶち破り、目に見えぬほどの速度で男の頭を切り飛ばしたのだ。そんな真似ができる時点で、この子は普通の女の子なんかじゃない。 こちら側の人間。常識の外側で生きる者。 「白桃、といったね」 それほどの相手にも関わらず、雨雲は特に慌てることはなかった。こういう相手に絡まれることも想定の範囲内。いや、むしろ望んだ事態だ。 相手から、情報を引き出さねば。 「僕の名前は知ってる?」 「知らない。教えてくれる?」 「雨雲京介だ」 隣に立つ女性がちらと雨雲のことを見やったが、何かを言うことはなかった。 雨雲はそのまま続ける。 「楽しく死んで、とは?」 「だってさー、どうせどっちにしろ死ぬなら、苦しいとか悲しいより楽しいの方がいいじゃない。というかあたしが。楽しく。ないと」 ぶんぶん、と槍を回し始める。もはや一刻の猶予もないのだろう。なら、まずは猶予からか。 雨雲は懐に手を入れた。取り出したのは、金属色の武器。 「拳銃? そんなの、あたしに効くと本気で思ってんの?」 白桃は、雨雲が取り出した武器を見て鼻で笑った。たかだか拳銃。たかだか銃弾。アサルトライフルさえ弾く障壁を身にまとっている彼女を相手に、それは武器にさえならない。 「確かに……、霊力を持つ人間に拳銃といった現代兵器が通じることはないだろうね。核爆弾でもあれば別かもしれないけど」 ちら、と雨雲は白桃をうかがう。 「とーおぜーん。あたしの霊力を舐めちゃいけないよー? んんー? だからぁ、そういうのも、無駄な抵抗ってやつなの。おけ?」 「無駄な抵抗、ね」 これで、相手が霊力を使っていることだけは確認できた。未知の力ではないだけ安心できる。 続いて、相手の確認。 「君は何の目的で僕たちを襲う?」 「そんなの、あたしが答えるわけないじゃん」 白桃は口を尖らせた。自然、雨雲の頬も緩む。 「なーに笑ってるのかなー。もしかしてぇ、あたしが見逃すとか考えてる?」 「いや。だけど、君は僕の敵になりえないことも把握した」 「……? あたしの槍、見えてないの? それとも、護衛さんを信頼してますってことかな?」 「いや、そのどちらでもない。日向は確かに有能な霊能力者だし、君自身も霊力がある上に武器まで所持している。まともに戦えば、『ただの拳銃しか持たない人間』では勝ち目なんて皆無だろうね」 「そーいうことー。なのに、敵じゃないって?」 ほんの少しだけ、白桃の視線に警戒の色が増した。この男、先ほどから微塵も恐怖を感じていない。それは絶対の自信があるせいか。あるいは、他の何かか。 「はっきり言って、君にとって僕を殺すのはさほども苦じゃないはずだ。さっきの様子を見る限り、殺すことにためらいがあるとも思えない。なのに僕はまだ生きていて、君は僕の質問――理由や目的といったものについて語らなかった」 「それが何?」 「いいかい。いつでも殺せるのに殺さないということは、君の余裕を示すと同時に、油断をも示している。僕たち相手なんて敵じゃない、というわけだ」 圧倒的な力量の差があろうとも、油断をしては何が起きるかわからない。裏を返せば、なんでも起こせるということ。 これには、白桃も口の中でうめいた。 「そして、君が目的を語らないという点。もしも君がここで嘘を吐けるようなら、君は警戒に値した」 「はぁ?」 理解できない、と眉をひそめる白桃に、雨雲はさらに語る。 「君は咄嗟に嘘を吐けないタイプなんだろう。うそつきじゃない、それは悪いことじゃない。だけど、そんなに素直なようじゃ交渉にはならない」 もしも咄嗟に嘘を考えられるようだったなら。仮に、こちらの言動や行動から多少の予測を交えて、先手を取って罠を仕掛けるような相手なら。 それほどの頭脳。驚嘆である。 だが、彼女はそうしなかった。できなかった。つまりは、そこまでの頭はないということ。 彼と違って。 「もし仮に。これがただの拳銃ではなかったとしたら」 ぴくり、と白桃のこめかみが動いた。 「もし仮に。この弾丸に障壁を打ち抜けるほどの貫通力があったとしたら」 いつの間にか、槍を回転させていた手が止まっている。彼女自身、その事実には気付いていない。 「すべて仮の話だけどね。そういう可能性もある。なのに君は油断をした」 「……それは、そうだけど」 「君はしょせん、雇われの仕事人だ。君自身が目的を持っているわけでもない。なのに、無理をして、自分の命をBETしてまで僕を襲う必要もないだろう」 今度こそ。驚愕に目を見開いたのは、白い女の子の方だった。 「あ、え、なんで!? あんた、あたしたちのこと知ってるの!?」 「有名だよ、君らは。裏業界の中でも情報に長けた者の中ではね。随分と派手にやっているそうじゃないか」 「っ……!」 思い当たる節があるのだろう、少女はぐっと歯噛みした。 「だ、だけど、あたしの正体を知っているからって、油断しないことね!」 「油断? 誰に言っているのかな、君は」 くすっ、と青年は笑った。そう、笑ったのだ。 彼女は、彼からすれば、本当にまだ子供だ。子供など敵ではない。 「あのね、僕は最初から欠片も油断なんてしていない。君を生かしているのは君に利用するだけの価値が残されているからだ。そうでなければ、僕らはいつでも逃げることができたし、いつでも君を殺すことができた」 殺す。その言葉を前に、少女の瞳が暗い色に染まっていく。 失敗したか、と心の中で思いつつも、青年はそんなことなどおくびにも出さない。 「僕たちは特別に強いわけじゃない。けど、君ひとりを相手にするくらいなら可能な程度の訓練は積んでいるよ」 「なら――ためしてあげる!」 間断などなかった。 きーんと甲高い音が響く。雨雲は壁際まで移動しつつ、 「日向!」 「京君、援護はお願いね」 抜刀していた。日向は雨雲との間に割って入り、抜いた刀で白桃の槍撃を受け止めたのだ。 これには少女も驚いていた。 「あたしのスピードについてこれるの……!?」 それは少女にとってよほどショックな出来事だったのだろう。完全に戸惑った少女は、あろうことか、彼らと距離を置いてしまう。 それは、青年にとってみれば好都合だった。 「動くな」 ぴたり、と彼の銃口が少女のふとももを狙う。 「いつでも撃てる。障壁くらいじゃ防げないぞ」 「ッ!」 少女は動けなかった。 今のところ、彼の言葉にはひとつさえ嘘がなかった。その事実が、彼の言葉に『もしかしたら……』という真実味を持たせている。 少女は知っていた。霊力を銃弾に込める技術が存在することを。だからこそ、それは現実的な可能性として彼女の中に存在している。 だけど。 少女はじっと見つめた。その先は青年の指。 彼女は自分のスピードにはかなり自信がある。霊力で強化した弾丸では彼女の障壁程度、簡単に撃ち抜いてしまうだろうが、それも当たらなければ意味がない。 要するに、相手がこちらに弾丸を当てるだけの技術や策謀があるのかどうか。その一点だけがポイント。 女性の方はかなり戦闘力が高いのだろう。だが、それに比べると、青年の方にはまだ付け入る隙があるように思える。口先での交渉は得意らしいが、それだけならば戦いには関係がない。 戦いとは、結局のところ、武力なのだ。より早く、より安全に敵を殺した方が勝利を手にする。 「ちなみに君はスピードが自慢なようだが、僕はそれでも当てられる自信がある」 雨雲の言葉に、またしても白桃は表情をこわばらせた。 本当に本当に、一体、何なのだ。 「あんた、何者……?」 その疑問は、最初に出るべきだった。けれど彼女の主は、ここにいる人間を殺してこいとしか言わなかった。それは、知る必要はないこと、そういう意味だ。 それでも疑問に思わずはいられなかった。聞かないわけにはいかなかった。 そう、この男はさっきからずっと、これだけの命のやり取りを目前にして笑っている。なのに、目だけは、その冷酷な瞳だけは、一度たりとも笑っていない! 自分は、その事実に気付いてしまった! 「僕? 僕かい」 青年は、名乗る。 名前ではない。その存在を。 「僕はただの吸血鬼さ」 |