メールが届いた。 路地裏を動かず、立風からの連絡を待っていた雨雲は、すぐさま携帯を開く。立風からのメールを開くと、彼は表情を険しくした。 「京君? どうしたの?」 「いや……」 しばし携帯画面を眺めていた雨雲は、パチンと携帯を閉じると、二人の仲間を見やる。その顔は、真剣そのもの。 「少しばかり状況が悪そうだ。灰塚、日向を連れてすぐに二人を回収してきてくれ」 「ちょ、ちょっと待って! 私と二人でってことは、京君が無防備になっちゃうじゃない!」 「時間がないんだ。僕を連れれば移動時間が余計にかかる。事態は一刻を争う、二人で回収作業をするのが最も効率的なんだ。正直に言えば、こうして議論している時間さえ惜しい。早く行ってくれ」 「でも……」 日向はまだ迷っていた。それもそのはず、彼女にとって守るべきものとはすなわち雨雲京介だけなのだ。彼が危険に晒されてしまっては本末転倒。立風が心配ではないとまでは言わないが、雨雲を置いて行くことなどできやしない。 「――灰塚!」 「了解」 「っ!?」 灰塚に躊躇はなかった。 飛び込み、日向を抱えてそのまま走りだす。日向は相手が味方であるだけに、とっさに抵抗できなかった。二人はそのまま建物を飛び越え、雨雲の目からは見えなくなる。 「よかったのか、それで」 一部始終を眺めていた小鉄が声をかける。斬られた体はそのままだ。止血くらいはしているが、それ以上の手当てはしていない。 「良い? 何の話だ」 「月宮に会いに行くんだろう?」 言葉に詰まる。そうだ、とも、違う、とも言わず、手に持った携帯電話をいじくる。 「立風という友人がいたんだが」 「ふむ?」 「あのバカは僕にメールを送ってきた。居場所と、ご丁寧にも現在の状況まで。レイアはどうしても助けて、だそうだ」 「なるほど。お前には悪い情報だろうが、氷室は敵に対して手加減を知らないぞ」 「当然だ。敵に手加減なんてする奴がいてたまるか」 ふう、と息を吐き、雨雲は銃を手にする。 もちろん彼の銃だ。本物ではない、まがいもの。そんなもの、この状況下では何の役にも立たないだろう。それでも彼は、おもちゃの銃を手放そうとはしなかった。 「小鉄。最後にひとつだけ、いいか」 「答えられる質問ならな」 「お前から見て、月宮というのはどういう男だった」 「――どういう?」 「あいつの目的だ」 小鉄は不思議そうに首をかしげた。 「さっきも言っただろう、私はあいつの目的までは正確に聞いていないんだ」 「だが想像はついているはずだ。そうでなくとも、何かしらのヒントは持っている。それを僕にも教えて欲しい」 「どうして敵に教えなければいけない」 「それが結果的に月宮を救う可能性に繋がるからだ」 ふむ、と声とも言えないうめきを漏らす小鉄。そんな彼女を見つめ、雨雲はさらに言葉を重ねていく。 「目的さえわかれば利害もわかる。利害というのはすなわちカードだ。月宮が欲するカードがわかれば、無駄に死人を出さずに交渉ができるかもしれない。その可能性に賭けたい」 「まさか、お前……、月宮を説得するつもりなのか?」 「最初から言っているはずだ。僕は戦うつもりも敵対するつもりもないと」 言っていたかな、と内心では疑いつつ、それでも小鉄は頭を振りしぼる。 実際問題、小鉄も月宮の目的を聞いているわけではない。だが、彼の性格や今までの行動については熟知しているつもりだ。 月宮。あの男は孤独だ。自分のことしか見えていない。その彼の目的となればそれは当然、自分のための何かだろう。 では、何だ? 「そういえば――」 「そういえば?」 「生きるため、と」 確かに彼はそう言っていた。 生きるため。そのために霊力兵や戦いが必要なのか? 一見すると矛盾しているように思える。戦いは、普通に考えれば死を呼ぶものだ。現代社会にはふさわしくない、裏社会の法則がそこにある。 「生きるため、ね」 小鉄の言葉を繰り返し、口の中で何事かを呟く雨雲京介。そんな彼を見つめる小鉄の目は、どこか母親を連想させた。 「雨雲京介。敵であるお前にこんなことを言うのはおかしいのだろうが」 「敵じゃない。それで?」 「月宮の友達になってやってくれ」 それは、さしもの雨雲も虚を突かれる言葉だった。ぽかんと思考が停止する彼に、小鉄は笑いかける。 「立風、だったな。お前はいい友達を持っている。だが、月宮にはそれがない。お前たちはよく似ているが、違う点といえばそれだろう。そして、それが決定的とも言える。救うという言葉は大仰だし少し偉そうかもしれないが、それが可能なのもお前だけなんだ。頼む、雨雲」 「……考えておこう」 それ以上は何も言えなかった。 雨雲は小鉄をその場に捨て置き、自身もどこかへと歩き去っていく。 その後ろ姿を眺めながら、小鉄は血のにじんだ手足の痛みを感じていた。 空は曇っていた。風はあるのに、雲が晴れることはない。雨でも降りそうな天気の中、男はコツコツと靴音を響かせながら歩いていく。 その彼も、ようよう足を止めた。 「来たか」 男の声に呼応するように、彼の周囲に少女たちが舞い降りる。その中から一人、スーツ姿の女性が前に出た。 「ようやく捕まえました、雨雲京介」 スーツ姿の女性は丁寧に頭を下げる。それはさながら、主に礼をする執事のようで。 「ふむ」 雨雲は見渡す。彼を囲む少女兵たち。 その一人にさえ、雨雲は敵わないだろう。彼女たちが武器を持っていなくとも、あるいは霊力を持たずとも戦闘経験がなくとも、雨雲京介は彼女たちに勝てないに違いない。 彼は、力を持っていない。 「待っていたよ、君たちを」 「……待って、いた?」 氷室の瞳から警戒の色が消えることはない。日向、立風、レイア、灰塚。厄介な相手だったり腹立たしい相手ではあったりと、一筋縄でどうこうできる相手ではなかった。 この男に至っては、余計に。 そんな視線を、雨雲は楽しんでいた。 「そう。僕を月宮のところまで案内してくれ」 「は?」 すぐに返答はなかった。質問の意図が理解できないのだろう。それがわかっていながら、雨雲はあえて挑発を重ねる。 「聞こえなかったか?」 「何のつもりですか」 「僕なら月宮のためにやってやれることがある。彼自身も僕を必要としているはずだ。連れて行くのは双方のためになると思うがね」 「……はっ! 月宮様がお前などを必要とする? 嘘もいい加減になさい」 「嘘なものか」 そう、こればかりは嘘ではない。 「いいか、月宮は優秀な人間だ。これだけの兵隊を用意し、しかもその全てが霊力を保有している。戦闘経験がない者が多いが、そんなものがなくとも、霊力さえあれば一般の軍隊には負けやしない。 実際にテロを起こして僕を追い詰めたように、お前たちがやろうとすれば、どんなこともできるだろう。そして、それらの全ての原動力となっているのは月宮だ」 「ふん。当然です。月宮様が本気であれば、あなた程度、どうとでもなった。随分と厄介なことばかりをしてくれたようですがね」 「こちらも生きなければいけなかったからね。だが、その結果がこれだ。僕は友人を失い、社会にも居場所を失った。もはや戻る場所は表にはない」 「それで? 月宮様に取り入って裏社会で生きていくとでも言うつもりですか?」 「近いが、少しばかり違う。ともかく、僕は君たちには敵わない。ゲームセットなら、せめて死に場所くらいは選びたいものだろう」 眉を寄せる氷室。少し思案しているようだった。彼を月宮のところに連れて行くこと、そのメリットとデメリット。 デメリットはわかりきっている。彼の能力が知れていないこと、それが最大。場合によっては月宮とて無事では済まないかもしれない。 では、メリットは? この男を連行することが、月宮のメリットに繋がるだろうか? ――少なくとも、白桃や塔原よりは役立ちそうだが。あの二人は愚かで、しかも会話が成立しない。 心理的な要素だけで言えば、この男はどれだけ殺しても飽き足らない。そう、今ここで殺すのもいい、だが、後でゆっくりじっくりと楽しみながら殺すのも悪くない。 「そうですね……」 心が揺れている。どちらにもメリットがあるからこそ迷う。 「もし連れて行ってくれるなら」 雨雲は手に持った銃を放り投げた。かしゃんと軽い音を立ててコンクリートの上を転がる。 「拘束でも何でも受けよう」 「それは当然です」 その時に、すでに氷室の心は決まっていた。 そうだ、この男が月宮に対して何ができるはずもない。月宮は世界の中心であり頂点。そんな男を相手に、こんな奴に何ができよう。 「いいでしょう。拘束なさい」 雨雲の手が後ろで縛られ、動けなくなる。さらに兵士たちが張り付いた。もっともこれも、霊力があれば無意味ではあるのだが。 「さて、それでは参りましょうか」 月宮清史郎。 「今、会いに行くよ。元凶」 ぼそりと呟いた声は、誰の耳にも届いていない。 |