「ふむ」 階下での騒ぎを知らぬまま、月宮はうなり声を漏らす。雨雲の瞳に鋭さが増した。 「ボクが人間ではない。面白い発想だ。だが、それを証明できるかな?」 「証明する必要があるのか? 僕とお前しか存在しない、この空間で」 「なるほど。論理的だが強引だ」 「……あえて言うのなら、お前の年齢、だな」 雨雲京介が父・龍介の庇護下にあったのは、彼がまだ子供の頃だ。だが、月宮はその頃からすでにDDクラブを使い、組織だった動きを始めていたという。 おかしいのだ。それだけの年月が過ぎれば、どんな人間であろうとも、これほど若い外見を保つことなどできないだろう。月宮の外見は、雨雲とさほど変わらないようにしか見えない。 「それだけが根拠か? 弱いな」 「最初にその疑問を抱いたのは、お前に会った時だ。年齢もそうだが、そもそもお前にはレイアと同じような存在の希薄さがある。目の前にいるのに、今すぐにでも消えてしまう感じだ」 ――影が薄いな。 「そういえば、そんなことを言っていたね」 だからどうした、という雰囲気が感じられた。だがそれは、精霊であることを否定するものではなく。 「そうだ、確かにボクは精霊である。それで、それが何か関係あるのか?」 「お前の目的に関係する」 「ほう」 今度こそ。月宮が、雨雲の言葉に興味を持った。 かかった。 「君はボクの目的をすでに理解したというのか。小鉄あたりから何かヒントでも聞いたのか?」 「ヒントならあちこちにあったさ。小鉄も、灰塚も、氷室も。塔原や白桃も、だ。お前と直接に関わった人間、あるいはお前の選んだ行動、作戦。それら全てが僕にとってはヒントだ」 相手の目的を見抜くこと。それは、交渉の第一段階。 相手の目標を知り、こちらのカードと照らし合わせ、双方にメリットのあるカードを出す。そうすれば、相手は必ず乗ってくる。相手からメリットを引き出すには、相手にも利がなければいけない。 「では、聞かせて貰おうか。ボクの目的を」 「単純なことさ。第一に、お前という人間は僕によく似ている。このタイプの人間の考えることはひとつだ。間違っても他人のため、なんていう殊勝な目的じゃない」 「その点に関しては同意しよう」 「第二に。お前の手口、軍隊を作るという方法は、どう考えても支配のためじゃない。お前のような頭脳があるなら、武力制圧が無意味であることには気付くはずだ」 「まあ、武力で支配すれば武力に敗れることになるからね」 「そうだ。暴力はわかりやすいカードだ。だが、それだけに上下関係がはっきりと出てしまう。もしも日本中の霊能力者が一致団結したら? あるいは、僕はその存在さえ知らないが、あるいは世界中にいる霊能力者が結託したら? どれほど霊能者を量産しようとも、本物に敵うことはないだろう」 「自分よりも上の人間がすでに存在している。あるいは、存在していなくとも、自分が弱れば確実に下剋上が起きる。そんな方法は、スマートとは言い難いね」 「ああ。だが、武力は間違いなくひとつのカードだ。なのに、お前はそれを使い捨てるような手段を選んでいる。それが第三。 塔原や白桃をあの段階で殺すのは明らかに早い。そもそも彼女たちはそれほど重要な秘密を知らないだろう、わざわざ灰塚に殺させる意味があるとも思えない」 だが、実際に灰塚は暗殺をした。月宮に命じられて。 「それがどういう意味なのか。考えられるのは、殺すことそのものに意味があるか、あるいは白桃や塔原にはすでに意味がなくなっているか、だ」 「ふむ」 「この両者、似ているようで、意味が根本的に違ってくる。前者は破壊に意味があり、後者には創造に意味があるということになるからな」 「それで、お前の結論は?」 「後者だ。一応、前者も含まれると言えるが」 「それは君の理論からすれば矛盾するんじゃないか? その両者は正反対の存在だろう?」 「そうでもない。破壊することに意味がある、すなわち、ただの実験だ。連中を殺すことがどう影響するのか。それは前者の結果の上に成立するものとはいえ、意味がないわけじゃない」 「前者の結果、とは?」 「人工的な精霊の作成だ」 それしか考えられない、とまでは言わない。だが、その可能性は、十分に考えられるのだ。 「精霊という存在は特別だ。人間の上位種と言ってもいい。老いることはなく、中空を舞い、霊能力者にさえできない不可思議を引き起こし、あまつさえ霊剣でさえ死ぬことがない。 だが、存在がある以上、死がないとは考えられない。生まれたものがそのまま死なないのであれば、世の中には精霊が溢れかえっているだろう。だのに、裏社会には割と詳しい日向や、独自の情報網を持つ立風さえその存在を察知することはできなかった」 そうそう生まれない、それは当然だろう。だが、それだけでなく、すでに生まれた存在がどこにもいないというのは不思議でしょうがない。 ならば、あるいは、精霊は死ぬのか? 精霊にも消滅の時はあるのか? あるとすれば、それはいつ? 「そこで僕はひとつの仮説を立てた。精霊は霊能力者の想いを中心にして生まれ、そして、生み主である霊能者が死んだその時、精霊もまた消滅するのではないか」 「なぜ、霊能者の想いと限定した?」 「レイアだ。彼女は核兵器の精霊を自称していた。適当に言ったにしては変な選択だし、おそらく彼女自身はそう思い込む根拠を持っているのだろう。彼女が本当に核兵器という想いを核にして生まれた精霊であるなら、その親は誰だ?」 核兵器という存在が世間に認知され、もう何十年も経過した。それによって家族を奪われた人、あるいは被爆した人からすれば、並々ならぬ憎しみの対象だろう。 だが、それだけで生まれるなら、自動車の精霊だって覚せい剤の精霊だって生まれていることだろう。それこそ海や山の精霊も常にぽろぽろ生まれてしまう。 ただ思うだけでは足りないのだ。そこに至る何か。すなわち、精霊の体を形作る存在が必要。 「そこまでの不可思議を起こせる力といえば、やはり霊力だろう。 つまり精霊とは、霊能力者が特定の何かに強い関心を抱き、あるいは何かの方策や儀式を経て、精霊という存在が生まれる。 レイアが生まれたのは、灰塚が核兵器に対して並々ならぬ関心を抱いていたからだろうね。彼女以外に核兵器に関心を持つ霊能力者というのは、ちょっと考えられない」 「それが君の結論、か。ボクが霊能力者を量産したのは精霊を生ませるためであり、その上で霊能力者を殺し、精霊が死ぬのかどうかを実験していた」 「違うか?」 「考えとしては面白い。だが、ボクが精霊であるとお前が断定したこのボクが。それをわざわざ行う必要性があるのか?」 「何を言っている。お前以外の誰がそんなことをする必要があるんだ」 普通の人間は、霊力など関係することはない。関係した人間でも、精霊という存在を知ることさえない。灰塚がレイアの存在を知らなかったことからして、おそらく霊能力者と精霊という関係は、お互いが知らないままに生まれ、知らないままに死ぬ、そんな関係なのだ。 そんな関係に、わざわざ食い込もうと考えるのは。それは、その関係に関わる存在、それも受動的な立場である精霊くらいなもの。 「お前が本当に精霊であるなら、無敵だろう。吸血鬼なんてどうってことはない。たとえばここで僕がお前の胸を包丁で貫いたとしてもお前は死ぬことがなく、お前はお前自身の能力を使って僕をいくらでも殺すことができる。 だからこそお前は知りたくなったはずだ。どうすれば自分が死ぬのか。どうすれば自分は生きられなくなるのか。そう……、『生きるため』、お前はこの計画を発動させたんだ」 沈黙が降りた。お互いにあれほどの言葉を交わしたというのに、今や物音ひとつしなくなってしまった。いや。 階段を駆け上がる音。その音は扉の前で止まり、そして、氷室が閉めて以来、開かずだった扉が開かれる。 「京君!」 血に染まった刀を手に。 日向雪乃が現れた。 |