「……」
 雨雲京介は相変わらず汚い自室にて、おそろしく古い型式のパソコンを眺めていた。型遅れだけに安かったそれは、動作こそゆっくりではあるが、彼が使うには十分なスペックがあった。
 ぴんぽーん、とチャイムが鳴る。続いて、入室許可を出した覚えは全くないのだが、日向雪乃が入ってきた。
「あれ? 京君、何を見てるの」
「日向か。ちょうどいい、君もこれを読んでくれ」
「んー?」
 日向はパソコンの画面を見つめた。
 それは、新聞社が掲載しているネットニュースだった。タイトルは、『社長室の惨劇』。
 内容を要約すれば、とある大会社の社長が死亡、同じ部屋に少女の死体もあり、警察は身元を調べている、というものだった。
「霧島社長と、白桃のこと、ね」
「相手は死体の回収をしなかったようだな。ま、あれだけ派手にやれば死体だけどうにかしても無駄だけど」
 青年はパキリと首を鳴らす。
「でも……、なんで白桃さん、死んじゃったのかな?」
 日向は浮かない顔だ。雨雲はその横顔をちらりと眺め、
「考えられる要素はある。だが、だとすると僕らの会話は敵に筒抜けだった可能性が高い」
「あのね、最初から説明してくれないとわかんないよ、京君」
「……、わかった。順を追って説明する」
 青年はそこらにあったチラシをテーブルの上に置き、これまたそこらにあったシャーペンを手に取ると、
「僕らと白桃がわかれた時点で彼女は生きていた。それと同時に、彼女は戦意を無くしていた。彼女がどういう立場の人間なのかはいまだに不明なままだけど、おそらくは何らかの組織に所属している。言動や、僕の名前を知らずに殺しに来ていたことからして、まず間違いないだろう」
「うん、そこまではわかるよ」
「彼女が組織の中でどのような立場なのか考えてみると、鉄砲玉という可能性は割と高い。少なくとも戦闘力を買われて組織に所属しているのは明白だ。なにせ頭を使うということに慣れていない。本来なら僕の嘘には気付いてしかるべきだ」
 そりゃそうだ、と日向も納得する。そもそも霊力を銃弾に込めるなんて、普通はできることじゃないんだし。
「戦闘力が重視される彼女が、戦意を失った。これは戦力外どころか、ただの足手まといにしかならない。組織の方向性にもよるが、存在そのものを秘匿したい場合、彼らは証人の数はできる限り減らそうとするはず」
「つまり、白桃さんを殺して、口封じしたってこと?」
「そうだろうね。だけど、それをしたというのなら、彼らは白桃が心変わりをしたという事実を確認していなければいけない」
「あ、それで」
 そう。彼女の心理変化を最もよく示していたのは、彼女自身の言葉だ。
「たぶん敵組織は、構成員に無線機を持たせているんだろう。発信器や盗聴器の類かもしれない。ともかく、連中は僕らと白桃の会話を聞いていた。タイミングを考えても間違いないだろう」
 白桃は何かを相談しようとしていた。まさに裏切ろうとしていた、その瞬間を狙った――狙撃。タイミングが良すぎる。
「さて。そうなると、次に連中がやることはひとつ」
「証人を消すこと、ね」
「そうなる」
 雨雲は立ち上がると、上着を手に取った。
「日向、出かけよう。なにも殺されるのをむざむざ待ち望む必要はないんだからね」
「うん、いいけど、どうするの? 相手のこと、何もわかんないじゃない」
「だから調べるんだ。いや、調べさせよう」
 雨雲は携帯電話を取り出すと、決して多くはないメモリの中から、使用頻度の高い名前を選ぶ。
 ――『立風 宗也』の名前を。

 とあるマンションの最上階、隅の部屋。そこに立風の表札が出ていた。
 チャイムを鳴らす。しかして、反応はない。
「留守なのかな?」
「さっき電話したんだ、そんなはずはない」
 となれば。青年は部屋の中で友人が何をしているのか、だいたい想像できていた。彼は夢中になると音が聞こえなくなる悪癖を持っている。
「仕方ない。日向、やっちゃえ」
「いいの?」
「構わないよ。出てこないあいつが悪い」
「……京君がそう言うなら」
 日向は腰の刀に手をやると、ドアノブを断ち切った。
 鍵があっても、ノブが存在しなければ意味もない。雨雲は平然と開いた扉からさっさと中に入ってしまう。
「お邪魔しますー?」
 律義にも日向は声をかけるが、雨雲はそんなこともせずに堂々と上がり込んだ。
 入ってすぐの廊下を抜けると奥に居間がある。そこを素通りし、雨雲はさらに奥の部屋に入り込んだ。
 八畳ほどの部屋は、機械に埋め尽くされていた。
 三つのモニターと、どこかの電気店のごとき機器類の山、山、山。そんなものが部屋をぎりぎりまで埋めているのだから、とんでもない。床には配線もあるのだろうが、まるごと高く段を作ってあるので、線そのものは見えなかった。
 そんな部屋に、一人の青年がいた。雨雲と同じくらいの年頃だろうか、今はモニターのひとつに向かいっきりで、顔さえ見ることはできない。身なりもジャージ姿と、まったく気を使っていないのが見て取れた。
 雨雲は軽く拳を握ると、
「宗也、訪問客の声くらい聞こえる状態にしとけ」
 言いながら思い切り青年の頭を殴りつけた。
「だっ! なーにすんだ!」
 そこまでして、ようやく青年は振り向いた。
 決して悪い顔立ちではないが、どこか抜けているような感じは否めない。二枚目より一枚も二枚も劣るような顔だ。今はその顔を不愉快そうにゆがめている。
「京介か。あのな、俺の頭は木魚じゃないんだぞ」
「知っている。インターフォンだろ?」
「違うわ! ……まあいい。お茶とかは勝手に出して飲めよ、んで、居間で待っててくれ。すぐに行くから」
 そう言うと、立風宗也はまたモニターに向かってしまった。

 居間で待つことしばし。ようやく現れた立風とテーブルを挟んで向かい合った雨雲は、勝手に出したお茶をすする。
「そんで、今日は何の用件だ」
「ちょっと調べ物をして欲しい」
 雨雲の言葉に、立風はわずかに眉をひそめた。
「わざわざ俺に頼むほどの内容なのか?」
「まさにね。正体不明の武装集団だ」
「それだけ聞くとかなりヤバそうだな。んで、実際にはどのくらいヤバい」
「宗也の頭の悪さくらいだ」
「ってことはたいしたことないな」
「いや、相当にヤバい」
「あー、なるほどな。帰れ」
 ずず、とお互いにお茶を一口。
「そんで、特徴は?」
「構成員のひとりは白桃と名乗った高校生くらいの女の子。武器は三又の槍のみ。霊力を持っていたが、生まれつきじゃない」
 生まれつきではない。その言葉に、立風はそっと湯呑を手放した。
「なるほどね。お前が興味を持つのもわかるよ。霊力の後付けとは恐れ入る。常識外れもいいとこだ」
「何を言っているんだ、宗也。僕らがいるのは常識の外側。元から常識なんて言葉で説明できるような場所じゃない」
 そう、と雨雲は笑みを浮かべる。
「この世界では何でも起きうる。なんでも、だ。それを覚悟していなきゃ、足元をすくわれる」
「お前は覚悟している奴の足元もすくうだろうが」
「すくわれるのが嫌なら這って進めばいいんだ」
「そしたら今度は踏み潰す。お前はそーゆー奴だ」
 ふん、と鼻を鳴らし、立風はソファから腰を上げた。
「じゃ、調べさせておこう。少し時間が必要だし、今日は泊まってけ。お前らのボロアパートよりゃいいだろ」
「失礼だな。家賃が月に三万だぞ?」
「子供のこづかいみたいな金額だな」
 軽口を叩きながら、立風は先程のコンピュータルームに入っていった。
「ねえ、京君。立風君はどうやって調べるの?」
「あー、そういえば君は宗也が調べ物をしているところは見ていないんだっけ」
 ちょうどいい、と雨雲も席を立った。
「なら、見物するといい。魔法のようなものさ」
 日向は首をかしげながらも雨雲青年の後に続いてコンピュータルームに入る。
 早くも立風はモニターの前に座り、キーボードを叩いていた。機械類を使うのが苦手な日向には、どうしてあんな風に指が動くのかが全く理解できない。
「これでよし、と」
 プログラミングが終わったのだろう、立風は振り向いた。
「ん? まだ何かあったか?」
「いや。検索を見物したくてね」
「ま、いいけど。リン、レン、ごあいさつ」
 立風がたたんとキーボードを叩くと、彼の左右にあるモニターに、それぞれ人物の顔が浮かび上がった。
「はいはいご主人様、お呼びですかー」
「はーい、呼ばれて飛び出てリンちゃんでーす」
 男の子と女の子。どちらも幼い顔立ちで、金色の短い髪を揺らしている。
「な、え、パソコンの中に人?」
「俺の自作の検索ソフトだよ。画像データは作るのめんどかったから市販品だけど」
「……?」
 いまいちよくわからないらしい。
「とにかく、この二人がネットのあちこちハッキングして情報を集めてきてくれるから、それまで待ってな」
「はーい、お任せくださーい」
「行ってまいります、ご主人様ー」
 二つのモニターから顔が消える。
 その光景を、日向はマジックでも眺めているかのような目で見ていた。