洋館のとある部屋。壁という壁を本棚が埋め尽くした書斎にて、この部屋の主たる青年は部下の報告を受け取っていた。 「白桃は死亡。塔原は行方不明、と」 「はい」 スーツ姿の女性は一礼し、無表情を保つ。 青年は椅子をきしませ、眉をひそめた。 「あの二人は銃弾や刀剣類での攻撃程度では死なないほどの障壁を常に張れるくらいの実力はあったはずだ。簡単に言えば、軍隊にさえ劣らない戦闘力を誇っていた。その二人が死亡したと、君はそう報告するわけだね」 「より正確に申し上げるのであれば、塔原はあくまで行方不明であり、生死の区別はついておりません」 「同じことだ。この時点でまだ報告がないということは、彼女は敵の手に落ちた、あるいは戻ってこれない状態になったという意味だろう」 青年は不満を鼻息で表し、 「氷室。ボクは君からの報告を受け、必要と考えられる戦力を送り込んだ。作戦が失敗すること、それ自体は問題がない。次のチャンスが残るのであれば、ね。だけど、二人が戻ってこないのではチャンスも何もあったものじゃない。成果はなく、損失だけが残っている」 「申し訳ありません」 「謝罪するにはまだ早いよ、氷室。問題は、ボクが敵を過小評価しすぎたのか、それとも君の報告に問題がったのかという点だが」 女性は同じく無表情、けれど、こめかみのところに、うっすらと汗の痕跡が見て取れた。 「現在のところ、敵戦力の正当な評価を下せる段階ではないかと」 「根拠を」 「私は敵戦力を順当に評価したうえで月宮様にご報告さしあげました。ですが、その結果としてこちらの戦力を削られることとなってしまった。ですので、敵戦力の再評価が必要と愚考いたします」 「その通りだね。それで?」 「現在のところ、こちら側が持っている情報は敵戦力を評価するためには十分ではないと考えられます。ですので、情報収集が急務かと」 「よろしい。ではその許可を与える。それと、水の部隊を使用する許可も出そう」 「は、ですが、彼女たちはまだ実験段階です」 「情報収集を君ひとりでやってのけると宣言できるのなら許可は取り消すが」 「……は、申し訳ありません。では、失礼いたします」 丁寧なお辞儀をすると、スーツ姿の女性は退室した。入れ替わりに、野戦服姿の大柄な女性が部屋に入ってくる。 女性はしばし待ち、口を開いた。 「なんだ、また氷室をいじめていたのか」 「いじめとは心外だね、小鉄。仕事で失敗した部下には注意と教育をしなければいけないだろう?」 「失敗したのなら、な。だが彼女は特に失敗をしたわけじゃない」 「さて、何のことかな」 思い出したように、青年は机の上に置いてあったマグカップを手に取った。今日もコーヒーは冷めてしまっている。 「白桃の頭部は破裂していたそうだ。かといって首から下に損傷はなかった。これは、明らかに銃弾による損傷だ」 「何か特殊な能力かもしれないだろう?」 「刀剣の類では切り落とせても破裂はしない。爆発物を使えば体が無事で済むはずがない。脳みそだけを破裂させる能力者でもいれば別だが、一般的には銃弾で撃ち抜かれた可能性の方が高いだろう」 「それが一般的ではないと言っているんだよ、小鉄。普通、霊力を銃弾に込めることはできない。いや、込めても無駄、と言うべきか」 「込められる霊力量は物体の質量に比例するというあれだろう? そんなのは関係がない。なにせ、こちらには銃弾に莫大な霊力を込められる能力者がいるんだからな」 「――やっぱり君には嘘をついても仕方ないか」 「やはりか。灰塚に狙撃させたんだな?」 青年は無言だった。それを、小鉄は肯定として受け取った。 「月宮。そこまでする必要はあったのか?」 「いいか、小鉄。僕は何も、みんなで仲良しこよしの世界を作ろうとしているわけじゃないんだ」 ずず、と残ったコーヒーをすすり、青年はマグカップを机の上に置く。 「尊い犠牲だよ、彼女たちは」 それきり、青年は何も言わなかった。 立風のマンションで夕食まで共にした雨雲は、部屋の主を置いて早々に就寝してしまった。 決して広くもない屋内であるだけに、ベッドや布団などという大層なものはない。居間のソファで毛布にくるまるだけだ。もっとも、雨雲の部屋とて似たような寝かたしかできないのだが。 「俺さ、いつも思うんだけど」 「ん?」 雨雲の寝顔を眺めながら発泡酒を飲む立風は、どこか浮かない声で言う。 「普通、こういう常識外れなことってする?」 「それだけ京君が立風君のことを信頼しているって証拠じゃないかな」 「信頼、ね」 ぐび、と発泡酒を飲み干し、缶を握り潰した。 「なーんか納得いかないんだけど。なんでさー、この常識外れな男に美人の護衛さんがいて、俺にはパソコンしかないわけ? おかしくない?」 「そ、そう言われても……」 「そういや、日向さんはなんでこんな奴に付き合うわけ?」 「こんな奴って失礼よ。京君、カッコいいんだから」 「カッコいいって、こいつはただの嘘つきじゃんか。根性は悪いし性格は悪いし人をバカにするし俺のこと殴るし。壊した扉を修理するのは誰だと思ってんだよ……」 「京君は色々と悪いこともするけど、カッコいいの」 わからない、とばかりに立風は肩をすくめた。日向はそんな態度の立風を不満そうに見つめ、 「そうね……。でも、私も京君と初めて会った時は、ちょっと驚いたかな」 「驚く?」 「うん」 日向は視線を落とした。その先にあるのは缶チューハイ。いや、もっと遠く。過去の出来事。 「私ね、これでも昔は結構やんちゃしてたの」 「いや、今でも割としているように思うんだけど」 「今よりもっと」 「――それはやんちゃと呼んでいいのかな?」 くすっと笑い、刀を手に取る。 「私が生まれた家は代々、霊力を持っていたの。当たり前よね、霊力なんてもの、親から引き継ぐ以外で手にする方法なんかないんだから」 「ん、まあ、俺はそっち方面はあんまし詳しくないんだけど」 「そういうものなの。それで、霊力っていう法律にもひっからない手段を使って生きていると、色々と弊害も出てくる」 一瞬。ほんの一瞬だけだが、日向の瞳を覆った暗い色は、立風の背筋を凍らせるには十分だった。 「お父さんもお母さんも殺された。たまたま私は家にいなかったから助かったけどね。それ以来、私は鬼みたいになって両親を殺した人を探してまわったのよ?」 常識なんて通じない裏社会のさらに裏。日の光などまったく届かないような場所で、少女だった日向は孤独に生きてきた。そうせざるをえなかった。 裏の裏で、彼女が他に頼れる人間は、いなかった。 「そうやって親の仇を探している間にね、京君に出会ったの。あの時の衝撃は本当に大きくて、それ以来、私は誰も殺していない」 「まさに人生を変える出来事だったわけだ」 「そりゃもう。あれから私は人殺しもやめて、ずっと京君と一緒にいるんだもん。人生なんて変わりまくり。でも、それでよかったんだと思う」 日向は思いを馳せる。 それは、昔の出来事。 彼女がまだ、殺人鬼として裏社会を練り歩いていた頃の話――。 |