部屋は静かだった。
 会議室からクロツグとケイトの姿は消えていた。緊急時ではあるものの、ブレーンとして、表面上は取り繕わなければいけない。そのために彼らが出払っているのだ。
 今は待ちの時間。何ができるわけでもない。
 そんな中、会議室のソファに座ったまま、ショウはじっと考え事をしていた。
 目の前に置かれたコーヒーからはすでに湯気も消え、すっかり冷えてしまっている。というのに、ショウはそんなものは見えていないようだった。
 時折、ぶつぶつと言葉を漏らすが、それ自体に意味はない。
「どうしたの、ショウ」
 そんなショウを心配したのか、あるいは生来の明るさがそうさせるのか。ダリアが問いかける。
「え、あ、いえ、別に」
「そういう割には随分と真剣な表情ネ。恋人が心配?」
「恋人? そんな関係じゃありませんよ」
 ショウは手を振る。けれどダリアはいまいち納得できないらしく、
「そう? とても仲良さそうに見えたけど」
「それは昔馴染みだからであって、別に恋愛関係とか、そういうのじゃないんです」
「昔馴染み?」
「ええ。同じ町の出身なんです、僕らは。それで、ちっちゃな頃から一緒だったから……。だから仲が良いんですよ」
「へえ。そういうの、羨ましいネ」
 今度はショウが首をかしげる番だった。ダリアはカラカラと笑い、
「ダリアは子供の頃からあちこち引っ越ししていたから、昔を知ってるお友達ってあんまりいないのよネ」
「そういうことでしたか……」
「そ。別に気に病んでいるわけじゃないんだけどネ? おかげで色々なものも見れたし、ブレーンになれるくらいに強くなれたし! だけど、たまーに、そういう人がいたらいいなって思うのよネ」
 一瞬。本当に一瞬ばかり、ダリアの顔に影が差した気がした。
 それは、次の瞬間には消えていて、本当に影が差したのかさえ定かではなかったけれど。
「そういえば、クロツグとケイトも幼馴染なんだっけ?」
「ええ、そうですね」
「幼馴染? あの二人が、ですか?」
 そんな様子はあまりなかったように思うけど。
 ショウの言外の言葉に、カトレアが答える。
「プライベートな話を勝手にすることもできませんが……。クロツグさんとケイトさんは同郷ですよ」
「別に、結婚されているわけではないですよね?」
「それはもちろん」
 ケイトの方はどうだか知らないが、クロツグは妻と子供がいると聞いている。幼馴染だからといって、必ずしも幸せな結末を迎えるとは限らない。
「ま、まあ、それでもさ! そういう、迎えてくれる人がいるのって、いいなって思うのよネ」
「それは、なんとなくわかりますよ」
「だからさ、たとえばショウ君は、恋人とかいてもいいかなって思わない?」
「僕は、そういうのはまだ。今は、研究にも忙しいですし」
 実際、ショウはウツギほどではないといっても、かなり熱心に研究をしている。
 その心は一つ。ポケモンを救いたいという、優しさだ。
「ウツギ博士のところで助手しているんだっけ?」
「ええ。最近は障害を持ったポケモンに対する治療方法について興味があるんで、そういう研究をしているんですよ」
「ふうん?」
 と、今まで端末に視線を落としていたネジキが急に顔を上げた。
「ポケモンに対する治療ということは、ポケモンの体の仕組みなんかについても詳しいんですかー?」
「特定のポケモンだけね」
「なるほど! ぼくもポケモンについてはちょっと研究をしているんですよー。凄いですよね、ポケモンは」
「確かに。人間には絶対に出せない力を存分に発揮できるし、生きるっていうことに関してここまで適応した生き物はかなり珍しいと思います」
「ネジキ、ポケモンの研究もしてたんだ?」
 ダリアは知らなかったらしい。もっとも、彼女も研究者というタイプではない。ネジキ自身、そういう話はしにくかったのかもしれない。
「まだまだ、ですけどねー」
 言って、ネジキは頭をかく。彼のこんな姿は、ちょっとばかり珍しい気がした。
「ポケモンには無限の可能性ってのが本当にあると思うんですよー。人間だけでは引き出せない可能性です。それを研究するのは、面白くって」
「それは、僕も感じますよ」
 ショウの、短くはない、けれど決して長いとは言えない人生。その中でも、たくさんポケモンに助けられてきた。
 この社会の人間は皆がそうだ。ポケモンに助けられ、時にポケモンを助け。お互いに共存・共栄の道を歩んでいる。
「普段はポケモンに頼りっぱなしだからこそ……、いざって時は、僕らが前に出たいなって思うんですよ」
「――傷ついても?」
 不意に、カトレアが問いかけてきた。その瞳に色はない。そのことを不思議に思いつつも、ショウは答える。
「もちろん」
 迷いなどない答えだった。そうですか、と小さく呟き、カトレアは視線を落とす。
「ただいまー」
 そうこうしているうちに、クロツグやケイトと一緒に、ナミまで戻って来た。
「ナミさん。よく我慢しましたね」
「だって、あんなんじゃ私には何もしようがないじゃない。まさか大渦ん中に飛び込むわけにもいかないし」
 成果がなかったのが原因だろうか。ナミは疲れているように見えた。肉体的なものよりも、精神的な疲労が大きいのだろう。
「ともかく、後は待つだけね」
 どっかとソファに腰を降ろしたナミ。クロツグやケイトも続く。
「いやあ、やっぱり私はああいう舞台のような場所は好きではないね。性に合わない」
「何を言っているんだい。ノリノリだったじゃないか」
「出れば盛り上げようとするのは当然さ。だが、出たいわけじゃない。できるかどうかと、やりたいかどうかは関係がないんだ」
 こうして見ていると、なるほど、どこか気心の知れた親しい感じが見て取れる。てっきりブレーンとしての付き合いだと思っていたのだけど、そういうわけでもないらしい。
「ただいま戻りました」
 遅れて、コクランも戻って来た。これでブレーンは勢揃い。だけど、状況は何一つとして進展していない。
 いや。少しは進展している部分もある。
「コクラン。イオリが犯人のようですね」
「……ええ。まさに。彼は、手ごわいと思います」
「コクランがそう言うってことは、相当の相手ってことネ」
 頷き、
「バトルに関しても優秀ですが、彼は頭も良い。わたくしに対する指示も、その気になればわからないようにできたはずです。変声器を使ってもいいし、わたくしを運び屋にしなくてもいい。けれど、向こうはそうはしなかった」
「つまり、あえてバラしてきた、ということだね」
「その通り。問題はその理由です」
 何の理由もなくバラしてくるような相手ではない。なら、何の目的で知らせてきたのか。
「たぶん」
 その質問に答えたのは、ショウだった。
「自分がフロンティアの情報を流したんだって、言いたかったんだと思います」
「自分が? どういうことかね」
「質問で返してすみませんが、ここの建築計画は何年か前からあったんでしょう?」
 カトレアが頷く。
「計画が持ち上がったのが四年前。動き出したのが三年前」
「つまり、まだイオリがあなた方の近くにいた頃の話、ってわけですよね」
 こくり。
 首肯を確認し、ショウを続ける。
「バトルフロンティアに侵入するための方法。フロンティア内部での動き。爆弾の設置。様々な条件は、バトルフロンティアについて知っていることが前提です」
「その言い方だと、イオリがそういった情報を提供したわけではない、と言いたい様子だね」
「はい。少なくても、僕はそう思います」
 力強い肯定に、思わずクロツグは苦笑を浮かべた。
「そこまで断言するからには、何かしらの根拠があるんだろう?」
「根拠はありません。どちらかと言えば状況証拠、といったところです」
 ショウは居並ぶ面々を見渡す。
 カトレア。クロツグ。ケイト。コクラン。ダリア。ネジキ。そして、ナミ。
 14の瞳が、ショウを見つめている。
 ショウは一度、深呼吸をした。そして、はっきりと告げる。
「僕は、この中に――内通者がいると考えていますから」