沈黙が広がっていた。その沈黙の意味を、皆がわかっている。
 内通者がいる。それは、この中に犯行グループがいるという宣言。
「ショウ君。冗談では済まないぞ」
「冗談にするつもりもありませんから」
 彼は確信を持っているようだった。そのせいか、揺らぐことがない。
 クロツグはひとつ、重苦しいため息をついた。
「そこまで自信があるのなら、答えてもらおう。なぜ、そう思ったのか」
「ええ、もちろん」
 ショウは頷き、
「疑問はいくつかありました。第一に、どうしてバトルフロンティアにお金を要求したのか」
「……? それは、ここにお金があるからじゃないの?」
 事情をよく知らないナミがあてずっぽうで答える。けれど、ショウは、ありえないとばかりに首を横に振った。
「普通、建設なんて大事業をやったら、多かれ少なかれ銀行なんかからお金を借ります。そうしないと作れないんです。つまりは、スタート時点は借金を持った状態で始めるんです。バトルフロンティアはバックに支援者がいますけど、それにしたってまだ稼いでもいないんです。お金を要求するなら、相手が違う」
「支援者狙いということも考えられるが」
「それならバトルフロンティアに要求しないで、本人に要求すべきでしょう」
「バトルフロンティアを通すことで犯人をわかりにくくし、かつ、安全に要求するためだったとしたら?
 爆弾を仕掛けられれば、さすがにカトレアも身代金を用意せざるをえまい。シンオウの名家とは言っても、こちらには対応できる要員もそういないだろうし、な」
「では、クロツグさんはカトレアちゃんが独断で億単位のお金を動かせると思っていましたか」
 ここにきて、口をつぐんだ。
「そういうことです。どれほどの名家でも、億というお金は決して安くありません。それを、カトレアちゃんが独断で動かせるのか。判断に迷いませんか」
 犯人にとって、爆弾まで仕掛けた以上、今回の作戦は必勝を狙ってのものだろう。もしもお金が用意できなかったら……、それは、失敗では済まされない。
「もちろん、それだけなら、ちょっと変だなって思うだけです。けど、理由は他にもあります。
 犯人――自称『サカキ』は、わざわざ名乗り、メールで指示を行ってきました。でも、それってロケット団の総帥らしくないなって、思ったんです」
 これにはナミも頷いた。
「確かに。あいつなら、名乗るなら堂々と姿を見せてくるだろうし、名乗らないなら完璧に存在を隠すはずね」
「そう。中途半端なんですよ。本当にサカキがやるのなら、手紙を自分で持ってくる、くらいのことは平然とやってのけるはずです」
「随分と自信満々ねぇ。あなた、サカキに会ったことでもあるの?」
「ええ、あります」
 目を丸くするブレーンたちを前に、ショウは話を続ける。
「もうひとつ。もしもサカキなら、来月までは行動しないと思います」
「それは、なぜ?」
「だって、来月にはブレーンが変わるんでしょう?」
「え、ええ、そうですが」
 カトレアは、まだ理解していないようだった。ショウはそんなオーナーに目を向けながら、
「ここの建設やスタッフ育成に関わったこのメンツよりは、新しいブレーンを相手にした方が混乱を誘えるはずです。それに、プレオープンより中に入りやすくて、人混みにも紛れやすい」
「……、まあ、君の話は理解できる。だが、それと内通者と、どう繋がるんだね」
 そう。ショウの話は、犯人側に少しばかり不自然とも見える部分がある、というだけのもの。
 それは、そのまま内通者の存在に繋がるような重大な事実ではない。そんなものがあれば、ショウはもっと早い段階で宣言したことだろう。
「最大の疑問が残っています。犯人は、どうしてお金をタンバの大渦に落とさせたんですか」
「それは、こちらに逮捕されないままに現金を奪うためじゃないのかい?」
「無理です。だって、あの渦の中では現金を回収することはできないでしょうから」
「だから、相手はそれだけのことをやってのけるほど優秀なトレーナーだってことで……!」
「無理なんですよ、絶対に」
 ショウはコクランに視線を向ける。
「あのバッグを運んだコクランさんなら、わかるはずです。あれが絶対に不可能だということが」
 視線がコクランに集まった。執事は冷静な瞳を全員に向け、
「確かに。あの程度のバッグでは、渦の中では五分と持たないことでしょう」
 あ、と誰かが声を漏らした。
「そう。大渦は誰も寄せ付けないほどの勢いがあります。が、それは中のものもバラバラにしてしまうほど、という意味でもある。あんなちゃちなキャリーバッグが、渦の中で持つはずがないんです」
「けど、落とされてすぐに回収すれば――!」
「どこで待機するんですか? さすがに、どれほど優秀なトレーナーでも、あの中に長時間はいられないのでは?」
 クロツグは若干、赤く染まった頬をかく。
「いや、なんとも、冷静な思考能力だね」
「僕はこの事件において、皆さんほど中心にいませんから」
 それだけに客観的な物の見方ができる。
 その点、クロツグなどは向いていない。彼はもとより熱くなりやすい性格の上、責任もある立場。思考をにぶらせる要素は山のようにある。
「ということは、ショウはお金が目的じゃないって言いたいのネ?」
「そういうことです、ダリアさん。なら、犯人はどうして爆弾騒ぎなんて起こして、実際に爆弾まで仕掛けてきたのか」
「つまり、ここには金銭では手に入れることができないものがある、と?」
 コクランの視線が鋭さを増す。ショウはそれを、しっかりと受け止めてみせた。
「はい。こればかりは、僕でも想像することしかできません。貴重なポケモン、貴重な道具、そういったものが、ここにはあるはずです」
「そんなもの……、あったか?」
 クロツグは首をかしげる。その隣で、ケイトもまた、何も思いつかないという顔つきをしていた。
 ダリアに至っては考えることさえしていない様子。全く思い当たる節がないのだろう。ネジキは何やら端末を叩くばかりで、答える様子はなかった。
 コクランは、黙って主を見やる。そして、そっとその後ろに立った。
「お嬢様」
「何? コクラン」
「危険です。お下がりください」
「嫌」
 少女はふわふわの髪を揺らしながら席を立つ。
 そうして、ポケットの中から、一つのモンスターボールを取り出した。
 ショウもナミも見たことがないタイプのものだった。市販品とは雰囲気からして異なる。おそらく、特注の品なのだろう。
「犯人に目的があるとするなら。それは、このボールの中身」
 ブレーンたちも初めて見るようだった。ただ一人、コクランを除いて。
「わたしは基本的にポケモンを持ち歩いていない。それは、わたしの体質に関係している」
 愛おしげにボールをなでる。心なしか、ボールの中でポケモンが応えたような気がした。
「このポケモン。名前は、ダークライ」
 反応したのは、クロツグとケイトだけだった。
「ダークライッ……!?」
 絶句し、お互いに顔を見合わせる。
「何、そのポケモン。そんなに貴重なの?」
「貴重なんてものじゃないっ! 伝説クラスの、その姿を見た人さえほとんどいないようなポケモンだ!」
 各地方に、それぞれ伝説と呼ばれる、珍しいポケモンの話は伝わっている。ツチノコのようなものだ。
「ダークライ。シンオウ地方の一部に伝説が残っている、貴重なポケモン」
 カトレアの言葉には、寂しさが混じっていた。
「ダークライは人から逃げるように自然の奥深くに隠れ住み、近づく者には悪夢を見せる。個体としては少なくないけど、人間の気配を察知して逃げるからそうそう捕まえられない」
 野生のポケモンが逃げようと思ったら、人間が捕まえるのは至難の業だ。特にシンオウは神話の残る土地。未開の自然も多く、人が出入りできない場所に逃げ込まれてしまえば、姿を拝むこともできない。
 そう、とカトレアは息を吐く。
「ダークライは悪意で悪夢を見せるわけじゃない。彼らは自分の強い力を使いたくないから、縄張りに誰も入れないよう、悪夢を見せる。わたしと、同じように」
 カトレアは自分の手に視線を落とす。柔らかな、女の子の手。けれど、その手が持つ『力』は、ポケモンにも人にも不幸をもたらす。
「わたしの持つ『力』は、ポケモンの力を引き出す。その肉体の限界を越えるほどの力を」
 ナミは、そっとショウを見た。
 その顔色が少しばかり悪く見えたのは、きっと気のせいじゃない。