カトレアの告白。それは、彼女にとっては、かなりの勇気が必要なものだったのだろう。にも関わらず、反応はいまいちだった。ダークライを所持している、と宣言した時に比べれば、ピンときていないのが目に見えてわかる。 「いきなり言っても、理解できないと思う」 理解されない。そのことに、カトレア自身、何の疑問も抱いていないようだった。いつものこと。言外にそう呟いているようにも見えた。 それも、無理からぬことだった。ポケモンという、ある種の超常的な存在を目の当たりにしていても、人間が不思議な力を使うところを見た人はほとんどいないのだから。 カトレアはゆるゆると説明を続ける。 「もしも、わたしが力を使った場合。それが炎タイプのポケモンであれば火力が増し、あるいは他の技と強大な火力を組み合わせ、通常のポケモンの技ではありえないほどの威力を発揮させることができる」 「けれど、それはポケモンに大きな負担を強いることになる」 ショウの言葉に、カトレアは頷いた。その心を知ることはない。 「人間の体だって普段は使わない力がある。それを無理に使えば体が壊れる。同じように、ポケモンだって自分の体が壊れないレベルでしか力は使わない。それを、強引に使わせるのが、わたし」 ううん、と続ける。 「使わせてしまう。わたしが望むと望まないとに関わらず」 「自分の力を、制御できていないんだ。まだ」 「……そう」 カトレアはモンスターボールをなでた。 「だからわたしは、この子と出会った時、互いに惹かれあった。 この子はわたしと同じ。自分でも抑えられない力を、使わないことで保っている。強大過ぎて制御できなくなるとわかっているから、人の前に姿を見せることはないんです。力を使わないで済むように」 「カトレア、が……?」 見渡すと、ようやくその意味を理解したブレーンたちが、一様に驚きを見せていた。どうやら、彼女は誰にもその事実を教えていなかったようだ。 「その体質は、治らないのか――?」 カトレアはちらりと親子以上に年が離れた男を見つめ、 「治らない。違う、治るとか治らないとかいうものではない、と言われた。ほかならぬ、イオリに」 「治らないと、思いますよ」 言葉を継いだのはショウだった。事情を知らぬブレーンたちは、なぜ彼が口を挟むのか、と疑問を浮かべる。 「あれは一種の体質です。背が高い、髪が黒い、女である、それと同じで、ポケモンの力を引き出せる。そういうことです。 骨を削れば背は縮みます。髪を染めれば色を変えられます。性転換さえ手術をすれば可能でしょう。けど、この体質だけは、目に見えるものが生み出すわけではないだけに……、変えられないんです」 「随分と断言しますねー」 カタカタッ、とキーボードを叩き終えたネジキが、ようやく画面から人間に視線を移した。 「まるで、あなたもそういう体質だ、と言わんばかりです。いや、実際にそうなんですよねー? ショウ・コガネイさん。元ロケット団員を倒し、実験によって生み出されたキメラポケモンを倒した張本人の、あなたは」 ナミの手が、静かにボールに添えられた。 「あんた。何のつもり?」 その事実。 ショウが特殊な力を持っているということ、そして、彼とナミが協力し、作られたポケモンを倒したということ。 それはトップシークレットとして、警察内部でさえ知られていないような、特別な過去だった。 「なるほど! あなたたち、ぼくをちっとも理解してないんですねー。ぼくを誰だと思っているんですか?」 端末を閉じ、立ち上がったネジキ。その彼は、うすら笑いさえ浮かべていた。 「ぼくはネジキ。このバトルフロンティアの全てのネットワークシステムを構築した、天才なんですよー? 警察程度のセキュリティでぼくを騙せるわけないでしょう」 「ふうん。それで?」 このタイミングでそんなことを言い出した理由。それは――。 「チェックメイト。このゲームはぼくの勝ちです」 パチン、と指を鳴らす。その視線は、まっすぐ窓に。 「伏せろッ!!」 叫んだのは誰だったか。それを確認する間もなく、全員が床に向かって飛び込んだ。 直後、部屋の中に爆音が響く。ガラスが粉々に砕け散り、何かが砲弾のように飛び込んできた。ガラスの破片がぱらぱらと降りかかる。 「ははっ、これは譲り受けるよ!」 「あっ!」 カトレアの叫び。ナミは反射的に飛び上がる。 「サラァ!」 放り投げたボールから現れたのは、炎の襟巻を持つポケモン。火炎獣、バクフーン。 「『かえんほうしゃ』よ!!」 「させるかッ! ブラッキー!」 飛び込んできた人物もまた、ポケモンを繰り出す。クロヒョウにも似た闇色の四足獣、ブラッキー。その最大の特徴は、あらゆる攻撃に対する圧倒的な耐久力。 ナミのバクフーン・サラが炎を吐き出す。燃え盛る火炎は直線的に侵入者に襲いかかる。しかして、主を守るように前に出たブラッキーが、炎の直撃を受けた。が……。 「ちッ……!」 ブラッキー自身、炎に対する耐性を持っているわけではない。にも拘わらず、サラの一撃を喰らったブラッキーは、平然としていた。これがブラッキーの持つ耐久性能だ。 「ずらかるっすよ!」 飛び込んできた人物が叫んだ。 ジーンズ姿のラフな格好。クロバットの背中に乗り、ネジキを引っ張り上げているその人物は――。 「イオリッ!」 名前を呼んだのはコクランだった。 イオリはちらりと見ただけで、その呼び声に応えることはなく、そのまま飛び去る。 「逃がすかぁ!」 破壊した窓から逃げ出すイオリとネジキ。その後ろ姿を追いかけるように、ナミもボーマンダの背中に乗って飛び出す。 空に飛びだした。 間もなく日が暮れようとしている。茜色に染まった空。夜の帳に覆われるまでもそう時間は残されていないだろう。 「待ちなさああああいっ!」 「叫んで止まるようなら最初から逃げないですよ!」 後ろを確認すると、ショウやブレーンたちも追ってきていた。 「んなこたぁわかってる! それでも叫ぶのが決まりなのよ!」 訳のわからないことを言いながら、中空でのチェイスを続ける。 先を行くネジキたちにはなかなか追いつけなかった。向こうは二人乗りだが、クロバットはスピードだけなら大抵のポケモンには負けない。引き離すことも追いつくこともできないまま、じりじりと時間だけが過ぎていく。 ごうごうと耳元で風がうなる。上空の空気を切り裂くと、少しばかり寒かった。 空中で攻撃を仕掛けたいところだが、飛ぶことに必死なボーマンダに無理をさせるわけにもいかない。かといって、ここでポケモンを繰り出して攻撃させるような余裕はなかった。 つまり、手詰まりなのだ。お互いが決め手を欠き、状況を打開するような動きが取れない。 と、今までただ乗っているだけだったネジキが後ろを向いた。その手にはモンスターボール。 「まさか……、こんなとこで繰り出す気!?」 正気を疑った。これほど高速で飛行している中でポケモンを繰り出せば、飛行しているポケモンはバランスを崩す。いきなり背中に負荷がかかるのだから。 構わず、ネジキはボールを放り投げた。飛び出したのは、いつぞやのエキシビジョンバトルでも使っていたメガヤンマ。 「あっ!!」 空を飛べるポケモンならば関係はない。その事実に気付いた時には、すでに遅く。 “かそく”したメガヤンマが超高速でボーマンダに平行する。その羽が一瞬、独特の動きを見せ――。 「ボーマンダ! ブレーキィ!!」 ナミの指示がなければ、トレーナーもろとも撃墜されていただろう。 メガヤンマの放った技が空間をなぎ払う。間一髪、スピードを落としたボーマンダの目の前の空間だ。 メガヤンマはすぐさまクロバットの後を追う。スピードアップしたメガヤンマならば、クロバット以上の速度で飛ぶことは難しくない。 「ちっくしょー……」 今から全力で飛んだところで、もうクロバットに追いつくことはできなかった。 ナミにできることと言えば、竜の背中の上で歯がみすること。ただ、それだけしかなかった。 |