じり、と空中で対峙する二人のトレーナー。
 片や燕尾服に身を包んだ執事。片や野生的とさえ言える粗雑な服装の青年。
 まったく違う、外見も性格も特技も歩んできた人生も違う二人。なのに、浮かべている表情だけは、まったくと言っていいほど同じだった。
 笑み。それも、これから起こる何かに対してわくわくしているような、本当に楽しそうな笑み。
「コクラン、っすか。久しぶりっすね。戦うのは」
「そうでしたね。あなたが衰えに衰えて勝負にならない、なんて事態に陥らないか心配でならないのですが」
「何を言ってるんすか。それこそあんたは万々歳、だろうに」
「おや、何のことやら」
 親しげな口調。お互いに旧交を温めあっているような雰囲気。けれど殺気は隠しようもなく二人の間にわだかまり、爆発のタイミングを今か今かと待ちかねているようだった。
「あなたが捨て駒になるほどの人間だったのですか、ネジキは」
「別にそういうわけじゃないっすよ」
 意外にもあっさりと言うイオリ。その態度に、嘘は感じられない。
「……オレとあいつは、ロケット団って繋がりがあるんすよ」
「どういうこと?」
 ナミが横から口を挟む。イオリは彼女の方向など見ることさえせず、
「あいつはロケット団タマムシ研究本部の研究員。オレは同じくタマムシの諜報部の部員。つまり、カトレアお嬢様と会う前から知ってはいたんす。お互い」
「それがどうしたってのよ」
「だから、オレは誰よりもネジキって人間を知っているんすよ。だからわかる。あいつは狂ってる。あいつは最もロケット団らしい考え方を持っている反面、人間的なものが欠けているんす」
 へら、と男は笑う。
 優秀な男。若くして学問を修め、さらに反社会組織の一員として諜報活動までやってのけた男。
 バトル。学問。行動力、判断力、決断力。様々なものに恵まれた、優秀すぎる男が、言ってのける。
「あいつ見てるとね、心配になるんすよ。助けてあげたいって素直に思えるんす。ちょうど、コクランほどの男がカトレアお嬢様なんかに付き従っているように」
「わたくしは、好きでお嬢様に仕えているのですよ」
「知ってるっすよ。んでも、お前が仕える相手を選ばないような奴だとも思ってないっす」
 イオリは知っている。ナミの知らないこと、コクランが隠していることを。
「シンオウリーグ元チャンピオン。四天王入りさえ可能と言われるほどの実力を持ちながら、それを辞退し、あんたはフロンティアブレーンになった。いや、お嬢様に仕えるためにそれらの栄光を蹴り飛ばした、とも言えるっすね」
「四天王!?」
 チャンピオンになるだけならば、ナミでもできた。だが、四天王と呼ばれるほどの実力者は各地方にたったの四人だけ。彼らを実力で上回ることは、ナミにさえ難しい。
「古い話です」
 けれども、そんな話をされても、コクランは顔色ひとつ変えなかった。
「つまりは、そーゆーことっすよ。あんたほどの優秀なトレーナーがあんな何の実力も持たないトレーナーひとりに心を動かされたように、オレも、ネジキっていうひとりのイカれた研究員に惚れちまったんす」
 だから。
「オレは、どんな手を使っても、あいつを勝たせるっすよ」
「――ッ! ナミさん!!」
 言われるまでもなかった。いや、言われてからでは遅すぎた。
 ナミはボーマンダから飛び降りつつボールに戻した。その直後を白光がよぎる。
「手を休めるな! ハピナス、『はかいこうせん』!!」
 いつの間に繰り出したのだろう。あるいは最初からそこに潜伏していたのかもしれない。
 小屋の裏手から顔を覗かせていたのは、丸っこい体つきの桃色のポケモン。名をハピナスといい、ポケモンセンターで看護士として働いていることの多いポケモンだ。
 だが。このハピナスにはそんな可愛げなど微塵もなく、ただ凶悪なまでの破壊の意志に突き動かされているかのようだった。
「破壊の遺伝子って知っているっすか?」
「あ? 何の話よ!」
 相手からの執拗なまでの攻撃をかわすことに必死のナミは、イオリとおしゃべりをしている余裕などない。
「わからなければいいんすけどね。ま、世の中にはそういう非合法なルールも存在している、ってことっすよ!」
 直後、激突音が響いた。
「イオリ。わたくしは言いました。あなたの相手をするのは、このわたくしめであると」
「そうだったっけ? 忘れたな、んな昔のこと!」
 ムクホークを弾き飛ばし、クロバットは逆に距離を詰める。
 防御のスペシャリスト。その戦い方は、決して守り一辺倒ではない。むしろ、積極的に攻めに入る。
 攻撃こそ最大の防御。相手に攻撃の余地をなくせば、少なくともこちらがやられることはない。後は、スタミナと集中力の勝負。
「どんどん行くっすよ!!」
 クロバットの攻撃はとかく素早い。手数だけで言えば、ムクホークを圧倒する。
 パワーでは優位の立つムクホークも、その攻撃力を活かすだけの予備動作を取る暇さえ与えてもらえない。
「やってくれます、ね!」
 本気で。
 この男は、ふたりともを近づけるつもりなど、ありはしないのだ。
 今さらながら、コクランの顔に、わずかばかりの汗が浮かんでいた。

 小屋の中では、ネジキもまた汗を浮かべていた。
「くそっ、あいつら……!」
 小屋の外で何が起きているのか、見るまでもなくわかった。フロンティアの監視カメラの映像。そこには、起き上がるショウたちと、それを起こした存在が映っていたのだから。
「まさか、ダークライの大群が来るなんて!」
 それは完全に想定外の出来事だった。そもそも、ダークライはそこまで数を確認されたポケモンではない。だからこそ伝説などと呼ばれるのだ。そのダークライが、ああも大量に現れるなんて!
 それでは、計画が台無しになってしまう!
「まだだ、まだ時間を稼がないと……」
 ネジキはキーボードの上に手を走らせる。急がなければならない。そうしなければ、せっかくの奪ってきたポケモンが無駄になってしまう。
 ちらと、小屋の外の様子を伺った。おそらく、外にいるのは、あの二人だ。
 どちらも優秀なトレーナー。普通に戦えば、たった一人で戦うイオリには勝ち目などあるはずもない。
 だが、こと防御に関してだけは信頼を置いている。彼が守っている以上、この小屋はしばらくの安全が確保されるだろう。その間に、なんとしても完成させなければ。
 この、研究成果を。

「だあああああああああああっしゃらあああああああああ!!」
 転がっていた木箱を蹴飛ばし、ナミは跳ねる。直後を光線が貫いた。
「ったくもう! 疲れってもんを知らないわけ!?」
 普通、あまりに威力が大きすぎる一撃は、何らかの形でポケモンにも反動を巻き起こす。『はかいこうせん』はその最たるもので、使えば反動で動くこともままならなくなるほどの代物だ。
 だというに、あのハピナス、平然と連射してくる。それも何発も。底抜けの体力――常識では考えられないものだ。だいたい、ただの『はかいこうせん』にしては、射程も威力も大きすぎる。
「何かやりやがったわねぇ……!」
 それがまた、ナミの怒りに火をつける。
「上等ッ! じゃないのッ!」
 ボールに手をやる。この状況、相手がひたすら攻め続けてくるというのなら、こちらとて逃げ回る道理はない。
 元より、ナミは逃げるなんて真似は好きじゃないのだ。戦いとは、正面から激突してこそのもの。
「決めるわよ……、ギアス!!」
 放り投げたボールから飛び出したのは、分厚い鎧のような体を持つ怪獣。バンギラス。その存在そのものが天災とさえ言えるほどの、圧倒的パワーを秘めたポケモンだ。
「『ストーンエッジ』!」
 『はかいこうせん』によって砕かれた岩石の欠片が、バンギラスの凶悪な意志によって持ち上げられる。一つ一つが相手を押し潰す刃であり、かつ、相手の攻撃から身を守ってくれる盾にもなる。攻防一体の一撃。
「GO!」
 放たれた石の流れ。留めることなどできない――その一撃に、ハピナスはあろうことか、自ら飛び込んだ。
「くっ……!!」
 その大胆さに、ナミは舌を巻く。確かにこの一撃、威力も大きく攻撃にも防御にも役立つが、反面、制御は難しく、飛び込まれると隙が生まれやすい。
 そのままバンギラスに飛びつくハピナス。負けじと巨体を持ち上げ、そのまま勢いに乗せて地面に叩きつけた!
「『ちきゅうなげ』程度でバンギラスがやられると思わないでよね! ギアス! 『しっぺがえし』!」
 即座の仕返し攻撃。ただの攻撃は、相手の攻撃を受けることで、その威力を倍化させる!
 ずどん、と腹の底に響く重い音が響いた。
「決めるわよ! 『じしん』!」
 大地を揺るがす一撃。
 それが、ハピナスを完全に沈黙させた。