倒れたハピナスにいつまでもかまってはいられない。 ナミはすぐさまバンギラスをボールに戻し、小屋に向かって駆け出した。 ちらと後ろを見る。コクランとイオリが死闘を繰り広げているようだが、あまり注視しているわけにはいかない。 元から、イオリは倒そうが倒すまいが関係ない相手なのだ。今回の主犯も、ダークライを手にしているのも、爆弾の設置をしたのも、全てネジキ。彼を止めなければこの事件は終わらないし、彼さえ止めればそれで決着できるはずだ。 「私は、私にできることをする」 それは、今、ネジキを止めることだ。 小屋の扉、その直前で足を止めたナミは、ボールを放り投げた。これだけ騒いでも出てこないのだ、何かあると思って間違いない。 ならば、そんなちんけなトラップごと、ぶちのめす! 「ラン!!」 それは、ナミの一番の相棒の名前だった。炎のえりまきを持つ怪獣、バクフーン。その炎はこんな小屋などまるごと消し炭に変えるだけの威力がある。 だが、そうするわけにはいかない。中にはダークライもいるのだ。それに、ネジキを殺してしまいたいわけではない。 「ラン、『かえんほうしゃ』!」 扉ではなく、その横の壁を焼き切り、中に飛び込む。バカ正直に扉から入って蜂の巣にされたのではたまったものじゃない。 中は、外見とは裏腹に人工物にまみれていた。何に使うのかさえわからない機械類の奥に、小さな背中が垣間見える。 予想に反して、トラップらしいトラップは何も用意されていないらしい。それは、強烈なまでの違和感となってナミを襲った。 あの、頭の良いネジキが、何のトラップも仕掛けていない。そんなこと、本当にありうるのか? だが、現実にトラップなどない。では、今までネジキは何をしていた――? 「ちょうど、完成した」 何かの機器をいじっていたネジキは手を止め、振り向いた。その顔に浮かんでいるのは、達成感。勝利を確信した者だけが浮かべる、自慢げな顔。 「運が良い。君は最初の実験体だ」 「実験ね。何の、かしら」 「研究者がラットに対していちいち何の研究をしているのか説明すると思うのかな。 ラットは崇高なる研究の内容を理解できない。だから説明する必要もないし、説明する人もいない。ただ捧げられた生贄を、俎上の鯉を、思うがままに料理するだけだ」 「研究者なんだか料理人なんだかわかんないたとえね」 「本質的にはどの仕事も似ているよ。既存の中から未知を生み出すという作業なのだからね」 「あー、さっぱりだわ。んで、そんなのどーでもいいのよ」 ナミは指をバキリと鳴らす。 「んな細かいことどうでもいい。要するに、あんたをぶっ飛ばす、その事実には何の変わりもないんだから!」 「できるかな」 「やってみせる!」 ナミが軽く手をあげる。それはランへの合図。長く連れ添った二人は、ほんの小さな動作だけで、お互いが何をしたいかを察することができる。 「『かえんほうしゃ』!」 指示した時には、すでに発動の準備は整っている。 燃え盛る炎が一直線にネジキを狙う。強烈な一撃を前にネジキは、 「ウインディ!」 ボールを投げて対抗した。中から飛び出したのはふさふさとした毛並みを持つ巨犬、ウインディ。その属性は炎、その特性は“もらいび”。 「ッ!」 バクフーンの強烈な熱波を受け、しかしウインディは微動だにしないどころか、気持ちよさそうにも見える。それも当然のこと。ウインディには、相手の炎を吸収する体質があるのだ。 それはすなわち、炎の天敵。 「ウインディ! こちらも『かえんほうしゃ』だ!」 グル、とうめいたウインディは、熱波を返してきた。その一撃、想像以上。 「ラン!」 ナミは咄嗟にランに飛びついた。炎が、小屋の中を駆け抜ける。 ずん、と激しい音が山間に響き渡った。 何事か、などと確認するまでもない。先ほどナミが小屋の中に突入するのは確認したのだから。 「余裕っすね、コクラン」 「くっ!」 それでもほんのわずかに隙が生まれてしまった。イオリは、そういう小さな隙でも見逃してくれる甘い男ではない。 「どうやら、完成したらしいっすね。ネジキの方も」 「完成……? どういうことですか?」 「答えてやると思ってるんすか?」 「ええ」 今度はムクホークの反撃。クロバットは軽い衝撃によろめく。 「――あのさ、一応、今のオレたちは敵同士なんすけど」 「ですが以前は友人同士でもありました。ことこの段階まで計画が進んだのであれば、今さら隠し立てしないでもよいのでは?」 「なんだ。わかってるんじゃないすか」 「先ほどハピナスの顔色が垣間見えましたので」 尋常ならざる雰囲気のポケモン。それを導き出す可能性。 「お前もあいっかわらず食えない男っすねぇ……。あれ、ロケット団の研究成果なんすよ? 顔色だけで判断されちゃ困るんすけど」 「それほど複雑なことを見抜いたというわけではありませんよ。単に、何かしらの薬物を使ったのであろうな、という程度の想像に過ぎません」 「十分すよ」 手数はクロバットの方が多い。けれど、威力はムクホークの方が大きい。どちらが優位とは言い切れない。 「あれは『はかいのいでんし』って言うんす。ロケット団が研究していた改造ポケモンの、成果の一つと言えるっすね」 ポケモンの闘争本能を引き出し、通常ではありえないほどの力を発揮させる。その究極体の研究を行っていたのは、他でもない、ネジキだった。 「厄介なものを作りましたね」 「いやいや。あれを使うための素体は、もっと厄介っすよ」 翼と翼が交錯する。のんきな会話を続けながらも、激しい戦闘は止まらない。 ちらと見れば、小屋から吹き飛ばされたナミは緊張の面持ちで小屋をにらみつけていた。 「ミュウツー、ってコードだったんす。『はかいのいでんし』を埋め込むためのポケモン。実験は成功したんすけどね、残念なことにコントロールはできなかった。ネジキはそれを悔やんでいるんすよ」 「コントロールできなかったこと、を?」 「そう。自分の研究成果を使えばそれは可能だった、無能な所長とタイミング悪く解散を宣言した総帥のせいで阻まれた、って」 「だから、ダークライを」 「そう、狙ったんす」 自分の研究は正しかったと証明するためだけに。 「愚かですね」 「まさしく。でも、だからこそ助けたくなるんすよ」 「させません」 「できるっすか」 お互いの手が閃く。新たな指示を聞き、ポケモンたちは苛烈に踏み込む。 「っざけた真似しくさってくれるわね……」 小屋の中をうかがいながら、ナミは悪態をつく。危ないところだった。ああいった奇襲は想定していなければいけなかったのに、失念していた。普段なら絶対にしない、馬鹿げたミスだ。 「焦っているのかな?」 ゆっくりと、人影が現われる。 ウインディとメガヤンマを引き連れたネジキ。その手には、市販品とはどこか違った雰囲気のモンスターボール。 「これを使われたくないと思っている。違うかな?」 「何よ、それ」 「とぼけるのはよしたまえ。君もバカではないはずだ」 ちっ、と思わず舌打ちをした。相手に油断がない。 「まあ、あんたに切り札がないはずがないって思ってるわよ。ポケモンを暴走させる何かしらだけじゃ、あんたがあれほど絶対的な自信を持つなんてありえないもの」 「根拠は」 まるでよくできた教師のように、ネジキは問う。ナミはそれにイラつきながらも、攻撃する隙を見出せない。 「あんたは何もかもを計算で求めるタイプでしょ。そういう奴が、私みたいなイレギュラーな存在を前にして絶対の自信なんてありえない。いくらデータで私の情報を引き出せても、対抗策を張り巡らせる時間なんかなかったはずだもんね」 「素晴らしい回答だね。では、切り札とは何だと思う」 「圧倒的な力。加えて、あんたの腐った根性とまだ姿が見えないポケモンのこと考えれば、だいたい想像はつくわね」 そう、想像がつくからこそ、警戒を解けないのだ。なぜなら自分は、そのレベルの敵を前にして勝てる絶対の自信などないからだ。 こちらは強い。それだけの力はある。だけど、相手も弱くはない。加えて、元々があまりに違いすぎる相手ともなれば。 「では、答え合わせの時間だ」 ネジキがボールを投げる。同時、ナミも二つのボールを投げていた。 ナミが呼んだのは重装甲バンギラスと、黒幽霊ゲンガー。彼女の、バクフーンと並ぶ自慢の仲間。 一方のネジキの切り札は、漆黒の体を持つ伝説のポケモン。 「さあ、行こうか。ダークライ」 カトレアの友人は、今やナミの前に巨大な壁となって立ちはだかっていた。 |