「『10まんボルト』!」
 ナミの指示が飛ぶ。すでにネジキの指示が間に合うようなタイミングではない。
 ゲンガーというポケモンは暗闇の中に潜む事ができる。影と同化し、誰からの視界からも消え去る。まして今、このフィールドはバンギラスが暴れた結果として、あちらこちらに影がある。ゲンガーが逃げ隠れするには最高の状況だ。
 影から飛び出したゲンガーの放った電撃は、メガヤンマに直撃した。不意打ちの一撃にたまらず倒れ伏す。
「ちっ……、ダークライ!」
 このような形で不意打ちされるとは考えていなかったのか、ネジキは慌てて指示を飛ばす。ダークライの波動がゲンガーに迫り、
「潜んで!」
 すぐさまゲンガーは暗闇に逃げる。完全なるヒットアンドアウェイ。
「あんたね、私を脳みそ筋肉か何かだと思ってたわけ?」
 反撃開始。優勢に立ったわけではないが、今までとは違い、ネジキに痛打を与えることができた。流れは変わってきている。
「ふん、さすがは元チャンピオンといったところか。まさか頭を使えるとは思わなかったよ」
「……あんた、それって遠まわしにバカにしてない?」
「ストレートにバカにしたつもりだが」
「――ま、まあいいわ。どうせこの戦い、私が勝つんだからねッ!」
「それはどうかな?」
 くすり、と笑うネジキ。メガヤンマが倒されたというのに、ちっとも不利を感じていないようだった。いや、ダークライが倒されない限り、ネジキは不利になることなどないのだ。
「見せてやろう、このダークライの力を! ダークライ! 全方位に『あくのはどう』!」
 ダークライの、人間の腕にも似た手が地面を指す。そして、放たれる悪意。
 ッ――!!
 叫び声をあげたのは誰だったか。それさえ定かではない。
 わかったことは、ただ吹き飛ばされたということだけだった。
 ダークライの一撃は、周囲に乱立した岩林を全て打ち砕き、影に潜んだゲンガーにダメージを与えてきたということ。
「ぅ……」
 砕け散った岩の中で、ナミはよろめきながらも体を起こす。目がちかちかして、頭はクラクラする。けれど、寝ている暇はないのだ。
 周囲を見る。自分の周囲にあったはずの樹木、岩石、そういったものが吹き飛ばされていた。自分がまだ生きていることが不思議なほどの光景だ。
「ッ! リット!?」
 そう、生きていることはおかしなことだった。あの一撃はナミを殺してしかるべきものだった。それなのに生きているのは、壁となってくれた者がいるからだ。
「やはりね」
 ネジキは自分の起こした結果に満足そうに頷いた。
 仁王立ちし、そのまま気絶しているゲンガー。意識を失ってなお、この実体を持たない相棒は、ナミを守ろうとしているようだった。
「君のポケモンと君自身との信頼関係は見事だ。確かにその点に関しては認めざるをえない。けどね、それが仇となる。君自身が致命傷となりかねない攻撃を受けそうになった時、君のポケモンは黙って見過ごすことができないんだ」
 それは、強い信頼関係の証だった。誇るべきものだ。それを、ネジキという男は利用した。
「あ、んたって、奴はァ――!」
 ナミの奥底に眠る怒りに火がつく。
 今までだって十分に怒っていた。腹を立てていた。けど、どこかでは冷静でいられる部分もあった。
 それが、今はできない。激情に身を任せ、全身を炎のように燃え上がらせ、ナミは怒りを見せている。
「君は誇るべきだよ? 君の道具は非常に優秀だ。自動的に主を守ろうとする。その忠実さには嫉妬さえ覚え――」
「黙れクソ野郎ッ!」
 岸壁を巻き込む勢いでナミの手元からポケモンが突撃する。リーフィア、草タイプの四足獣だ。頭上の葉っぱにも似た器官は、リーフィアの意思によって硬質化し、岩をも砕く刃となる。
 リーフィアの斬撃を、しかしダークライが片手で受け止めてみせた。巻き込んだ空気がネジキの髪を揺らす。
「激情に任せた直線的な攻撃を受け止めることは造作もない」
「だからどうしたッ!」
 ナミ自身の本気の怒りがポケモンに伝わる。怒りは確かに攻撃を直線的にするが、一撃の威力は常よりも増す!
「ほう」
 ぐぐ、と徐々にダークライが押され始めていた。リーフィアのパワーは元よりポケモンの中でも高い方だ。それを受け止めたダークライも凄いが、こうして密接した状態で押し込まれると、さすがに受け切ることはできない。
「だが、甘い」
 パワーではリーフィアが勝る。だが、戦闘能力として考えれば、伝説のポケモンには及ばない。
 バン、とリーフィアの体が跳ねる。悪意に満ちた波動がこの草ポケモンを吹き飛ばしたのだ。
「次は何? ボーマンダ? トドゼルガ? そんなものでこのダークライを打ち倒せるものか」
「そんなの、やってみなきゃわかんないわよ」
「わかりきっている。……だが、いちいち試されるのも面倒だ。そろそろ終わりにしようか」
 パチン、とネジキが指を鳴らすと、ダークライが一種独特の構えを見せた。両手の付け根を合わせ、まるで腕そのものを砲台とするような。
「悪夢に堕ちろ。ダークライ、『ダークホール』」
 あらゆる者を暗黒に落とす“力”がバトルフィールドを走り抜けた。

 ネジキはゆっくりと歩く。
「イオリ。コクランはどこだ」
 周囲を見渡しながら。
 ナミは眠りに落ちた。だが、コクランの姿は、先ほど吹き飛ばした時から見当たらなくなっている。
「さー。どこっすかねぇ」
「ふざけているんじゃない。ナミはたかだかチャンピオンに過ぎない。一度のリーグ優勝経験程度じゃ話にはならん。だが、コクランともなれば別だ」
「確かにあいつは強いっすねぇ。あの攻撃くらいでどうこうなる相手とも思えないんす、けど」
「だからどこに行ったかと聞いているんだ」
「決まってるっす。あいつの目的は最初からひとつしかないんすから」
 最初から見えていたかのようだった。
 背後から飛び出した人にも似たポケモン。その攻撃を、イオリのブラッキーが受け止める。
「不意打ちっすか、コクラン。相変わらずやることがえげつないっすね」
「あなたがたには及びません」
 イオリのエルレイドだ。刃のような突起を腕に持つ人型のポケモン。決して早いわけでも打たれ強いわけでもないが、力押しだけならば、リーフィアにも勝る。
「けど、あんたの負けだ」
「そうでしょうか?」
「そうだよ」
 ネジキが手のひらをコクランに向ける。同じように、ダークライの手がエルレイドに、ウインディの顔はコクランに向けられていた。エルレイド自身はブラッキーと競り合っており、動くことができない。トレーナーだけ逃げることは可能だが、コクランはそれをしようとしない。
「コクラン。お前だけは遠慮しろなどとは言わない。……死んでくれ」
「結構」
「――死は恐ろしくないとでも言うつもりか? お前ほどの人間が」
「わたくしがそういった人間ではないことを、イオリはよく知っているはずです。あるいは、あなたも」
 そう、コクランはあらゆるものを犠牲にしてでも目的を達成することを優先する人間だ。その犠牲の中には、最悪の場合、自分さえ・・・・含むほどの。
「ッ!!」
 イオリは真っ先にコクランの目的に気付いた。だが、彼の残る手持ちはコクランのエルレイドと競り合っている。対抗するための何かを持っていない。
 ネジキも遅れて気付いた。だが、その時には、すでに攻撃の用意が整っていた。
「チェックメイト」
 コクランの声と、
「ランッ!! 全力全開で『ブラストバーン』!!」
 ナミの指示が重なる。
 ナミのかたわらに佇むダークライの姿が、ネジキの目に強く焼きついた。
 攻撃力だけに全てを注いだ超ド級の一撃。それは、伝説の名を持つポケモンも、耐久力に全神経を注いだポケモンもいっしょくたに飲み込む。
 ぱりん、と、何かが砕けるような音が聞こえた。それは、少年の夢だったのか、悪夢を縛っていた呪いなのか、あるいはもっと別の何かなのか、判然とはしなかった。
「あんたねぇ……、チャンピオンの、ポケモン、バカにすんじゃないわよ」
 ぜーぜーと荒い息を吐きながらナミは言う。そう、最初に倒れた時点で、別にバクフーンは戦闘不能にはなっていなかったのだ。やられたふりをしていただけで。けれど、ポケモンを道具扱いし、生き物としてその調子を見ることなどしないネジキは気付きもしなかった。自分の研究成果に酔いすぎていた。
「あ、な、バカな、そんな、計画が、え……?」
 意味をなさない言葉をぶつぶつと呟く少年は、どこか哀れに見えた。
 そんな彼を、バクフーン、エルレイド、ダークライの三体が囲む。
「生物はね、ガッツで戦うのよ! ガッツで!」
 ぐっと拳を握るナミの隣で、バクフーンは笑顔を浮かべているように見えた。