日が沈む。 こうこうと明かりが照らす園内。賑やかな声が戻ったその場所は、本当に何事もなかったかのようだった。 「ガラスの修理をしなければいけませんね」 窓から眼下を眺めながら、コクランは彼にとって大事なことを呟く。 「コクラン。それより先に今後の処遇について君も考えて欲しいんだが。彼らのことを含め」 クロツグは部屋の中央に縛りあげられているふたりをあごで指した。ネジキはまだ何事かをぶつぶつ呟いている。イオリは何を思っているのか、そんなネジキをじっと眺めていた。 コクランは振り向き、 「どうするも何も、警察に引き渡すのでしょう?」 「だーから、そういう話をしているんじゃない! いいか、フロンティアブレーンが凶悪事件を起こしたのだぞ! これはフロンティア全体の問題になるし、営業停止だって受けるかもしれない! 事の大きさがわかっているのか!?」 「それがどうしたと言うのです」 コクランはこともなげに言う。実際、彼にとってはたいしたことではないのだ。 「わたくしにとって、お嬢様の喜ぶ顔が見られた、それだけで十分でございます」 「コクラン……」 はあ、とため息をつくクロツグ。その肩を叩くケイトがやけに頼もしく見える。 「ま、なるようにしかならないさね。ため息なんてあんたにゃ似合わないよ?」 「しばらく苦しい時間が続くかもしれないネ! けど、アンラッキーの後にはラッキーが待ってる!」 くるん、と回り、ダリアも励ますように言う。女性陣ふたりのたくましさに、なおさらクロツグは落ち込む思いだった。 「それで。そのお嬢様がどこ行ったんだ」 「んー? せっかくだからそっとしといてやんなさいよ。せっかくの感動の再会なんだからさ」 「しかし、オーナーである彼女との相談なしには今後の動きもだな……」 「それはあたくしも考えてあげるから。ほらほら、こっち来なさい」 心なしか楽しそうにクロツグを引いて行くケイト。その後にダリアも付いて行く。 ひとりだけ会議室に残ったコクランは、ガラスの砕けた窓から空を見上げた。 「月が美しいですね」 「なーにを言ってるんすか、詩人みたいに」 クロツグには何も答えなかったイオリは、正気も怪しいネジキを除き二人きりになった途端、さらりと軽口を叩き出した。 コクランも応じる。 「おや。美しいものの前では誰しも詩人になるものですよ」 「っかー。やってらんねーっすー」 「……イオリ。楽しかったですか?」 ふと、部屋に沈黙が落ちた。イオリが黙りこんだのだ。 よくできた執事は返事を促すこともなく、ただ月を眺めている。やがて、イオリは静かに答えた。 「後悔する生き方はしてきていないつもりっす」 「結構。それでこそ我が友人です」 ハッとコクランを見上げたイオリは、次の瞬間には顔をそらしていた。 「――あんがとよ」 「いえいえ」 黄金色の月が、荒れた部屋の中に明かりを落としていた。 バトルキャッスル。バトルフロンティアの一隅にあるその施設は、中世のお城のような外観をしている。 いくつかの尖塔があり、そのひとつには、カトレアの私室があった。 バトルフロンティアほどの大きな施設を任された少女にしては、割と小さな部屋だった。それでも十分な広さはあるのだが。ナミの自宅の部屋と比べると、倍ほどはあるだろうか。ごく落ち着いた調度品は主の性格を表しているように見える。 「っあー、疲れたぁ……」 「ナミさん。ナミさん。人の部屋に入っていきなりベッドに倒れ込むのはどうかと思うんですが」 「うっさいわねー。私は疲れてんのよー」 「それ言ったら俺も、ってぜんっぜん聞いてないですねナミさん?」 そのまま寝息さえ立てかねない勢いの幼馴染を見つめ、嘆息せざるをえないショウ。彼女と一緒にいると、彼のため息の総量は格段に増える。それでも、なんだかんだ言いつつ彼女と一緒にいるのだが。 「……別に、いい。寝かせてあげて」 「カトレアちゃん?」 「彼女には、とても、とても、お世話になった」 元より言葉で語ることが得意ではない少女。ましてや、彼女が抱いている深い感謝の念は、筆舌に尽くせるものではなかった。 少女はその小さな手でモンスターボールを握り締めている。その中には、彼女の友人が静かに疲れを癒している。 ナミの一撃でダークライは弱ったが、そこはさすがの伝説、簡単な治療を施すだけであっさりと元気を取り戻してしまった。もしも『ブラストバーン』を正面から放っていたら、このポケモンは容易にそれを打ち砕いたことだろう。 「……ダークライ、何かの薬品によって操作されていたそうだけど、大丈夫?」 「うん。伝わるから」 ほう、とカトレアの手を光が包む。 「伝わるの。ダークライの想い。もう大丈夫。何もかも、ナミが、吹き飛ばしてくれたから」 ふわふわの前髪に目が隠れる。表情が読めなくなったが、ショウにはむしろわかりやすくなったように思えた。 「――ショウ、さん」 ナミは呼び捨てなのに、なんて少しだけ思いながら、ショウは答える。 「何かな?」 「わたしに、力の使い方、教えて欲しい」 今まで、彼女は逃げていた。ポケモンを持たなければ、力を使わなければ、誰も傷つけることはないと。 けど、今回の事件を通して、彼女は知った。力を使わなければ誰かを傷つけることもあるのだと。自分がしっかりしていれば、きちんと戦えれば、守れれば、ダークライを奪われることなどなかったのだと。 「わたし、弱かった。怖かった。でも、ショウさんたちを見ていたら、それは違うって思った。だから、教えて欲しい。わたしも、いつかなってみたい。本当のポケモントレーナーに」 「本当の、って?」 なんとなく答えを想像しながらも、あえて問う。言葉にさせる。 カトレアはうつむいていた顔を持ち上げた。頬の痕跡は隠しようもなかったが、瞳に雫は浮かんでいなかった。 「ポケモンと、絆を結べる人。あの人のようなトレーナーに」 少女の目標であるトレーナーは、人様のベッドの上でぐーすか眠りこんでいた。 その後。 バトルフロンティアを訪れた人を中心にして、ひとつの噂話が駆け巡った。 いわく、あの伝説のポケモン・ダークライをたくさん見かけた、と。 けれど、そのポケモンの証拠を提出できた者はひとりもおらず、かといって噂を口にする者は後を絶たない。 やがてその噂は、バトルフロンティアにまつわる都市伝説のような話へと変化していく。 フロンティアに害をなす者は悪夢が成敗に来る、と。 その真偽を確かめられた者は、まだいない。 |