『やりました! 年季は伊達じゃない! さすがの貫録、クロツグとケイトのベストコンビネーションがさく裂しましたぁ!』
 司会の係員が盛り上げる。
 会場の熱気は、いまや最高潮にまで達していた。
「やるわね、クロツグって男」
「そうですか?」
「ん。あいつ、たぶん最初の『とびひざげり』、避けようと思えば避けられたはずよ。けど、これが見せるバトルってことを考えて、あえて正面から受け止めたんだわ」
 鈍重なドサイドンが、あそこまでのスピードを手にしている。
 それは彼の育成の厳しさを表してもいた。
「いいわね、あいつ。ああいう奴と戦ってみたい!」
 ナミの目が鋭く光る。
「それならバトルタワーに挑戦ですね。二十連勝くらいすればクロツグさんが相手をしてくれるらしいですよ」
「えー。んなにしなきゃいけないのぉ? めんどくさいなぁ……」
 強い人とは戦いたい。けれど、そこまでに至るそこそこのトレーナーとの対戦は面倒。ナミの本音である。
 そのまま眺めていると、係員のひとりが壇上に上がり、そっとコクランに耳打ちをした。コクランは笑顔のまま頷き、今度はクロツグに耳打ち。
「あら。何かあったのかしらね?」
 その間も先ほどのエキシビジョンマッチの映像がモニターに映され、係員が解説を加えている。大半のトレーナーはそちらに注目しており、ブレーンたちに注意を払っている人はあまりいないようだった。
 コクランとクロツグはバックに姿を消す。その姿を見つめ、ナミはショウにこっそりと伝えた。
「ショウ、行くわよ」
「行く? どこにですか」
「いいから来るの!」
 人波をかき分け、ナミは舞台の裏側へと歩き出す。
 ――何か嫌な予感がする。
 係員のどこか慌てた表情。それを受けた時の、コクランの一瞬の変化を――ポケモンバトルで限界まで鍛えられているナミの観察眼は見逃さなかった。
 何かあったらしい。そんな時、じっとしていることができるようなトレーナーではない。
 それが、ナミというポケモントレーナーだ。

 舞台の裏に回ると、ひそひそ声が聞こえてきた。とっさにナミとショウは物陰に隠れ、そっと様子を見る。
 ステージの裏側。雑然とした場所に、コクランとクロツグ、それにふたりの係員の姿があった。
 コクランは手に持った紙片のようなものを見ながら、
「これがその?」
「はい。今朝方の郵便物に紛れ込んでいました」
「これの存在を知っている者は」
「内容だけならば私と彼女だけです。手紙の存在自体は他に何人か知っているかもしれませんが、正確な人数は把握できません」
「わかりました。では、あなたがたは通常勤務に戻って下さい。場合によっては追って連絡する場合もありますので、その時はご助力願います。また、このことは絶対に誰にも悟られないように。よいですね?」
 素早く指示するコクランに係員は了承の意を示すと、持ち場に戻って行った。
「しかしなぁ、コクラン。さすがに私たちだけでは動ける範囲にも限度がある。せめてあと数人、優秀なトレーナーの手を借りたいところだが……」
「そうですね。これだけの要求ともなれば、相手は相応の実力を持った人間を有していると見るべきですから、さしもの我々でも手が足りないでしょう。となると、彼らなどはいかがです?」
 そう言ってコクランが指したのは、あろうことか、ナミたちの隠れた物陰だった。
「んん〜?」
 クロツグがひょい、と覗き込むと、彼にとっては見知らぬ顔がふたつ。
「駄目だな、君たち。ここは関係者以外は立ち入り禁止だよ」
「へ? あ、はい!」
 反射的にふたりとも立ち上がる。そんなふたりを見て、コクランはくすくすっと笑った。
「ジョウトリーグにてチャンピオン経験を持つナミさんと、その友人のショウさん。実力的には十分だと思いますよ」
「ほう。ジョウトリーグで優勝したのか! 私はシンオウの出身でな、向こうのリーグで優勝したこともある! 一度、手合わせしてみたいものだな!」
「クロツグ。今はそのような状況ではないと思いますが」
 言われて現状を思い出したのか、クロツグは表情を引き締める。
「と、そうだったな。だが、コクラン、関係のない人を巻き込むわけにはいかないだろう」
「あのー……私らの意見とかって?」
「人手が足りないと言ったのはあなたでしょう、クロツグ。確かにバトルフロンティアには優秀なトレーナーが集まりますが、それでも中からりすぐるとなると時間がかかります。今はそんなことをしている猶予はないはずです」
「いや、だから、私たちの選択の自由とかは」
「けど、彼らはまだ若い。若すぎる。おまけに女の子じゃないか」
「いや、だから若いとか女とかそれ以前に意見は聞かないの?」
「そんなことを言ったらネジキは幼いですしダリアもケイトも女性でしょう。あなたともあろう人物が性別や年齢で人選するなどというのはらしくありませんよ」
「人の話を聞けえええええええ!!」
 ナミの大声にびくりと肩を震わせ、振り返るふたり。
「だからッ! なんなのよ一体! 手伝わせるとかしないとか!」
「わ、わかった。だから、声を低くしてくれ。まだバレるわけにはいかないんだ」
 しー、と口元に指を当てるクロツグ。ナミはため息。
「んで? 何があったのよ。手伝ってあげるから状況を説明して」
「聞けば事件解決まではこちらに協力してもらうことになるぞ」
「別にいいわよ。ここんとこ、すっごく退屈してたし。たまにはこういうの、関わりたいのよねぇ」
 浮かべる好戦的な笑み。やっぱりナミは、ナミなのだ。
「あの。ナミさん。俺は別に退屈してないんですけど」
「うっさいショウ。同罪よ、同罪。死なばもろとも、旅は道連れ世の情け」
 ぽり、と頭をかき、
「ナミさんと一緒にどこかに行くと、ろくなことがないですね」
「まるで私がろくでもないことばっかしているみたいじゃない」
「そのと……、なんでもありません」
 口を閉ざすショウ。なかなかに賢い。
「それで、何があったの? 今さら隠す、なんて言わないわよね」
 ナミはふたりの男をにらみつける。クロツグとコクランは顔を見合わせ、こくんと頷き合った。
「後でブレーンが集まるから、詳細はその時に話す。が、簡単に言えば、こういうことだ」
 クロツグは指を立て、はっきりと言いきった。
「今、このバトルフロンティアの各所には爆弾が仕掛けられている」

「退屈っすねー」
 バトルフロンティアの一隅に、公園のようになっている場所がある。その芝生の上で、ひとりの青年が口に草などくわえつつ寝転がっていた。
「ま、やることやっちまったっすからねぇ。後はあの方の指示待ち、ってとこっすかー?」
 まるでやる気の感じられない無気力な調子。眠そうに緩んだ目。覇気というものが、まるで感じられなかった。
「に、しても」
 青年はよっこらせ、と起き上がる。そして、バトルフロンティアを眺め渡した。
 多くの人。たくさんのポケモン。
 誰も、夢にも思っていない。今、自分たちの命が、他人の手の中にあるのだということを。
 青年はポケットに手を突っ込んだ。そこには携帯電話ポケギアがある。
「その気になりゃあ、できっけど」
 その気にはならない。
 ボタンひとつで生命を左右できるからこそ、簡単にはその気になってやらない。
 命が大切、などとのたまうわけではない。単に交渉の道具はギリギリまで切らないと決めているだけだ。
「ま、まだ時期が早いって奴っすよねぇ。あーあ、早く指示が来ないっすかねぇ。退屈すぎて寝ちまいそうっすよ」
 再びごろん、と転がった青年。
 間もなく、軽い寝息を立て始めた。