バトルタワー。地上五十階、地下五階の高層建築物であるこの塔は、各階ごとにバトルができる小部屋が設置されている。
 そんな塔の最上階。そこは、バトルタワーの主・クロツグ専用のバトル場だが、バトルフロンティアへの重要な客人を迎える応接施設もあった。
「ひっろいわねー……。無駄に金使ってるって気がするの、私だけ?」
「ナミさん。もうちょっと言葉を慎んだりできませんか」
「できない」
「はっきり言うなぁ……」
 『客人』として迎え入れられたナミとショウ。そして、フロンティアのブレーン五人。計七人のトレーナーが、長テーブルを囲むようにしてソファに腰を降ろしていた。
「では、状況を説明する」
 代表するように、クロツグが口を開く。全員の顔を見渡し、
「これが届いた脅迫状だ」
 クロツグはテーブルの上に一枚の紙片を置いた。

『バトルフロンティア開園、真におめでとう。せっかくのめでたき日なので、私からもプレゼントを用意させてもらった。
 各施設や中央広場、合わせて爆弾を120。一つで施設を崩すほど威力の高いものから爆竹程度の小さなものまで、多くを取りそろえている。全てを解除するのは不可能と思っていただいて構わない。
 ところで、我々も組織を近いうちに復活させたいと考えている。そのためのご祝儀を前借したいのだが、いかがだろう。総額で3億円ほどで構わない。
 支払い方法は追って連絡する。その前にこの手紙が本当であることを証明してみせるので、楽しみにしてくれたまえ。

ロケット団総帥 サカキ』

「サカキ」
 その名前を見つめ、ナミとショウは顔を見合わせる。けれど他のブレーンたちは、それよりも重要な言葉に目を奪われていた。
「爆弾……」
「これが本当に園内のあちこちにあるってのかね」
「だとしたら、お客さんが危ないネ。すぐに避難させないと!」
 落ち着け、とばかりに手で制し、クロツグは続ける。
「まず爆弾の有無だが、これはわからない、としか言えない。いたずらの可能性も考えたが、そうと切り捨てるわけにもいかない内容だ。断定は避けた。
 次に避難誘導だが、これは論外だ。犯人がどこにいるのかわからない以上、避難誘導を始めた時点で爆破する可能性もある。また、そうでなくても、これだけのお客様を避難させようとすれば大混乱に陥るだろう。結果、けが人や死人が出ても我々だけでは対処できない」
 混乱した客たちの押し合いへしあい。倒れた人が踏まれたら? トレーナー同士がケンカになったら?
 ポケモンまで出されてしまえば、人間など軽く死を迎える。ポケモンの全力を受けて人間の体を保つことなどできやしない。
「では、本当に身代金を用意するのですか」
 クロツグは口元に手を当てる。
「それなんだが、皆も知っての通り、バトルフロンティア本体にはそこまでの資金を短時間に用意する力はない」
「そなの? だってこんなにおっきいじゃない」
「確かに広大だよ。そして、それだけの敷地を購入する資金、さらには各設備の建築費用やスタッフの人件費などなど、初期投資を含めここの維持費は莫大なものだ。それらを払って、今は資金なんてさほど残っていない。とても3億なんて用意できないな」
 オープン直前。これから稼ごうという時期だ。
「じゃ、用意するも何もないじゃない」
「バトルフロンティア本体にはそこまでの資金はないと言ったが、身代金を用意する方法がないわけじゃない」
 言って、クロツグはコクランを見た。コクランは軽く頷き、
「こちら側ならば、3億程度はすぐにご用意できると思います」
「程度って、あんたどんだけ金持ちなのよ……」
 コクランは冷静な瞳をナミに向け、
「わたくしではありません。わたくしの雇い主、バトルフロンティアのオーナーです。オーナーはシンオウ地方にとどまらず、各地方にて事業を展開する大企業でもあります。その気になれば3億円程度の資金は容易にご用意することができます」
「オーナー、ね。連絡はすぐにつくの?」
「キャッスルの方にいらっしゃいます」
「キャッスルねぇ。というか、そんな人がいるなら最初からこっちに呼んどいた方がいいんじゃないの?」
「その点にはこちらにも事情があってね。とにかく、あまりオーナーを表舞台には立たせられないんだよ」
 クロツグは苦笑を浮かべ、コクランを見る。けれどコクランは首を振り、
「この場合、いたしかたないと思われます。少なくてもフロンティア自身にはこれだけの現金を用意する手段がありません」
「……仕方ない、か。コクラン、連絡を取ってくれ」
「はっ、かしこまりました」
 コクランは席を立つと、窓辺に寄ってポケギアを操作し始めた。

「へえ、へえ、へえ。なるほどねぇ。幹部総勢で作戦会議ってわけっすか。ってか、あのまま殺した方が早くないっすか?」
 バトルタワーからはかなり離れた空の上。四枚羽の大きなこうもりの背中に乗って、男は双眼鏡越しにブレーンたちの様子を観察していた。
「殺しちまった方が目的は達成しやすいと思うんすけどねぇ。人殺しは嫌ってわけっすか? だから甘いって言うんすよ」
 ぐちぐちと文句を言いながら、青年は双眼鏡をウエストポーチに入れる。
「ま、命令だから仕方ないっすね。ってなわけでぇ……」
 青年は視線を下に向ける。そこには多くのトレーナーたちの姿があった。
 戦いの最前線。そこで楽しむのはバトルであり、交流であり、そして施設そのものでもある。
「別にあんたがたには恨みも何もないっすからぁ、巻き込まなくてもいいんすけど……、せっかく楽しんでるんすから」
 続いてポーチから取り出したのは、ポケギア。軽く操作し、画面を呼び出す。
「もーちょっと楽しんでもらうっすー」
 カチッ、とスイッチが押しこまれる。

「連絡がつきました。オーナーはすぐにこちらにいらっしゃるそうです」
 コクランはポケギアをしまいながら言う。クロツグは頷き、
「では、それまでは――」
 言葉は、半ばで遮られた。声を張り上げたのは、会議中も片時とてノートパソコンを放さなかったネジキ。
「犯人からのメールです!」
 彼は自前の端末の画面を皆に見えるよう、向きを変える。全員がモニターに視線を注いだ。

『お手紙は読んでいただけただろうか。今後の連絡はこのようにメールで行うのでそのつもりで。
 さて、まずは君たちにこの手紙が本気であるということをお伝えするため、軽いデモンストレーションを用意している。
 無為な怪我人が増えるのはこちらとしても好みではないので威力は抑えているが、なにぶん、ビジネスにアクシデントは付き物だ。誰かしらが怪我を負っても、当方としては責任は負わないから、君たちの力で頑張って阻止してくれたまえ。
 それでは、グッドラック。フロンティアの優秀な頭脳たち

ロケット団総帥 サカキ』

「デモンストレーションって、どういうこと?」
 ナミも眉根を寄せた。
「デモンストレーション。宣伝、紹介のために実演する、という意味の言葉ですねー」
「んなこたぁ聞いてない! ……知らんかったけど!」
「知らなかったんですか……」
 若年層が騒ぐ中、年配組は相応の落ち着きを見せていた。クロツグはどこかひとり言のように、
「どこかで小さな爆弾を爆発させるつもりだろう。どこであるか、が問題だ。お客様の多いところでないといいんだが」
「いかないの?」
「行くわけにはいかないでしょ、ダリア。どこで爆発するかわからないのに、あたくしたちが動いてしまっては対応できる人員がいなくなってしまう」
「あ、そっか」
 ダリアは残念そうに顔を伏せる。自慢のドレッドヘアも、どこか力をなくしているようだった。
 まんじりともしない時間が過ぎていく。時計の長針が4から5に移る頃、
「――!」
 全員が立ち上がっていた。タワーの外、遠くで、今までよりも大きな声が聞こえた気がしていた。
「ケイト、ネジキ、コクラン、ここに残れ! ダリア、行くぞ!」
 クロツグは手短に指示を飛ばすと、部屋を飛び出していく。
「あたしらも行くわよ!」
 返事も待たず、ナミもまた飛び出した。