バトルタワーの目の前は、ブレーンたちがエキシビジョンバトルを行った広場。今はその舞台も片づけられ、広くなっている。
 そこを駆け抜け、階段を下りると、大きな広場に出た。
 各施設へと繋がる中央広場。バトルフロンティアの玄関口でもあり、出店やイベントも多い場所だ。それだけに、人通りも最も多い。
 その中心地とも言える場所に、人だかりができていた。
「カイリュー!」
 クロツグはボールを投げる。現れたのは太い腕と翼を持つドラゴン、カイリュー。
 クロツグとダリアがその背中に飛び乗ると、カイリューはそのまま人だかりの上空まで舞い上がった。
「これ、は」
 人だかりの中心には、噴水があった。ポケモンの象によって飾られた、なかなか豪華な雰囲気の噴水である。
 象は全部で六体分。それが、ひとつだけ欠けていた。
「マルマインの『じばく』ってとこか? いきなしで驚いたなー」
「あれもイベントなのかな?」
「何も聞いてないけど、そうなんじゃないか? 偶然マルマインが爆発しましたって、そりゃどんな冗談だよ」
 トレーナーたちが口々に話している。その口ぶりに慌てた様子はない。どうやら、被害らしい被害はあまり出ていないようだ。
「待ちなさああああああああい!!」
 叫び声と共に、ナミたちも追いついてきた。大柄な双翼を持つ竜はナミをクロツグのそばまで運ぶ。
「で、何があったわけ!?」
「どうやら、石像が爆破されたらしい」
 クロツグはあごで指す。砕けた石のかけらが見えた。
「幸いにも観客はこれをセレモニーの一環と捉えている。騒ぎに発展していないのは救いだな」
「それを、犯人側が考えていたとも言えます」
 ぽつり、とショウは呟く。
「どういうことかね」
 本当はその意味を理解しているのだろう。それでも、あえてクロツグは問いただした。ショウは頷き、
「犯人側からすれば、観客がいなくなってしまうのは非常にまずいと思います。なぜなら、彼らにとってここにいるトレーナーたちは、ただの人質だからです。もしもフロンティア内部に誰もいないなら、こちらも思い切った行動を取ることができます。建物だけなら再建は可能ですからね」
「じゃあ、本当にただの脅し、ってわけね」
「だと思います」
 余裕。犯人の持つ圧倒的な優位が生み出すそれを、感じずにはいられない。
「ともかく、爆弾を探すべきネ」
 暗くなりかける中、女神は堂々と笑った。
「何をすればいいかわかんない! そんな時はわかることすればオーケーよ! 今すぐにできること、それは爆弾を探して、イザって時に少しでも被害を小さくすることネ!」
「……そうだな。ダリアの言う通りだ」
 クロツグは頬をかき、
「実際、今の我々は後手後手だ。相手がどこにいるのか、何をしているのか、まったくわからない」
「そうでもありませんよ。犯人、たぶんサカキの部下が、少なくても一人はフロンティアのどこかにいます」
 きっぱりと言い切る。ショウの言葉に、迷いは感じられなかった。
「随分とはっきり断言してるけど、なんでそう思うわけ」
「だって当然ですよ、ナミさん。これだけのことをやらかす相手です。安全圏ではあるでしょうけど、こちらの動きを監視するため、どこか近くにいるはずです。そうでなきゃ、こっちが招待客たちを逃がしているかどうかも判断できないでしょ?」
「そりゃ、カメラとか」
「だとしても、相手はこっちの動きを監視していることは間違いないでしょう。下手な動きはできない、ということですね」
 はぁ、とため息をつき、クロツグは言う。
「いずれにせよ、今はまだ動けないわけだ。戻ろう。犯人側が接触してきた時、その時がカウンターのチャンスだ」
 打つ手はない。
 今は、まだ。

 ナミたちがバトルタワーに戻ると、そこに追加の客人が待っていた。
「……、なんでここに無関係な女の子がいるわけ?」
「無関係ではないから」
 にらむナミを、にらみ返す少女。ふわふわのロングを揺らめかせ、優雅に席を立つ。
 女の子は執事と共に頭を下げ、
「カトレアと申します。ここのオーナーであり、普段はバトルキャッスルにいます」
「わたくしめは、カトレアお嬢様にお仕えしています。ショウさんには先ほどもご説明させていただきましたね」
「ふ、ふうん。オーナーなの。あんたが」
 ショウは気付いていた。カトレアを見つめるナミのこめかみに、小さな青筋が浮かんでいるのを。
「なんだ。カトレアと君たちは知り合いだったのか」
 クロツグは意外そうにカトレアとナミの顔を見比べた。実際、彼女らに共通点らしきものがあるようには見えない。いわば対極だ。
 ナミは大きく息を吐き、
「まあいいわ。んで、オーナーとしての意向ってもんはあるわけ?」
「第一に、バトルフロンティアを訪れている観客たちの安全を最優先にすること。お金を払って解決する問題ならば、わたしが払います。また、そのために使用する人員は極力、減らすこと。数がいても混乱が広がるだけ、必ず少数精鋭で」
 言って、ナミを見つめる目に鋭さが増す。
「あなたは、それだけの技量があると自分で思う?」
「当然」
 一瞬の間もなかった。自分の実力について、彼女は毛ほども疑問に思っていない。
「それは、あなたがジョウトリーグでチャンピオンになったという事実があるから?」
 ぴくり、とナミのこめかみが揺れる。
「関係ないわよ、そんなの」
「なら、その自信はどこから生まれるの?」
「私は私のポケモンを本気で信じてる。命を預けられるくらい。死線と言えるほどの戦いだって一緒に潜りぬけてきた。この子たちがいるなら、私はどんな困難だって乗り越えるって信じてるのよ」
 沈黙。そのまま、カトレアはナミに背中を向け、席に戻った。
「コクラン。状況を」
「はい、お嬢様」
 恭しく礼をしたコクランはネジキに目くばせする。と、壁にスライドが映写された。
「こちらはバトルフロンティアの地図でございます」
 バトルフロンティアは星のような形をしている。
 中央広場を中心に、五角形の頂点、それぞれに施設がある。この部屋はバトルタワーの一室。星の中の頂点、北側だ。
「犯人からの情報が本当であるならば、この各施設に合計で120の爆弾が設置されていることになります。また、観客は一万人以上です」
「さっきひとつ爆発したから、119ね」
 コクランはちらりとナミに視線を送り、
「現在、この事件について存在を認知している者はここにいる各ブレーン、および協力者のナミさんとショウさん。そして、フロンティアの手紙チェックをしているスタッフが二名です」
「対策は」
「現在は何も。犯人からの連絡を待っている状態です」
「では、すぐに爆弾の捜索を」
「お言葉ですが、お嬢様、たったこれだけの人数で爆弾を見つけ出すのは不可能に近いかと」
 コクランの言葉に、ブレーンたちも頷く。彼らは優秀なトレーナーではあるが、数が必要な爆弾探しにおいては、圧倒的に人数が足りないのだ。
 対してカトレアは、
「全部を見つける必要はない。ひとつでも減らせれば、死傷者をひとりでも減らせるなら、行う意味がある。人が足りないなら信頼できるスタッフを使って構わないから。ともかく、全員でその指示を行うこと。犯人側から何かしらの連絡があれば、すぐさまここに戻ること」
 カトレアの命令の前に、ブレーンたちは顔を見合わせる。そんな大人たちを鋭い眼差しで見つめ、
「イエスかノーか、聞いているのだけど」
「しかしだな、カトレア、不用意に我々が動いては、イザという時に対応できる要員がいなくなる。対応できるメンバーは虎の子なんだ」
「だからどうしたと言うの」
 カトレアの目に冷たさが増していく。
「イザというのはどのような時。それは少しでも死傷者を減らすために爆弾を探すよりも重要な事態なの? それはここにいなければできないことなの?」
「そ、れは……」
 思わずたじろぐクロツグ。反論ができない。
「ここは、あたくしたちの負けよ。クロツグ」
「しかしだ、ケイト!」
「いいじゃないの。それこそ、イザって時にはお嬢ちゃんたちに任せましょ」
 マダムはウインクひとつ、ナミたちを見つめる。
「ね、お嬢ちゃん?」
「任せなさいっ!」
 ナミの隣で、任せられても困る、という顔をした青年が立っていることには、誰も注目してくれなかった。