一時間ほど待機していると、各ブレーンたちが戻ってきた。 どの顔にも疲労の色が濃い。それもそのはず、実際に全ての爆弾を取り除けるわけでもない。それどころか、どの程度まで爆弾を発見できるか、わからないのだ。 自分の行動に意味があるのか。価値があるのか。それがわからない仕事というのは、精神的に疲れる。 「成果はどう?」 カトレアの質問に、コクランさえも首を振る。 「やはり、とても成果と呼べる成果は出せないでしょう。一応、信頼できると判断したスタッフ数名に指示して爆弾の捜索をさせていますが、他のスタッフやお客様に怪しまれない程度に、ということですから、有用性はそう高くないものと思われます」 「それにしても犯人ってのはたいした相手だよ。このぼくが作った警備ネットワークシステムをかいくぐって爆弾を仕掛けたんだろうから」 その言葉に、ショウは軽く首をかしげた。 「あれ、システムを作ったのってネジキさんなんですか?」 「そうだよ。ブレーンはここの建設にも関わっている。それぞれ、得意な領域をサポートしているんだ。ぼくは大学で情報工学について学んで、相応の知識がある。フロンティアのシステムは全てぼくが担当した」 「それぞれ、ということは、他の皆さんも?」 ショウが見やると、黒人のダリアが答える。 「そう、たとえばダリアは見ての通りの帰国子女ネ。フロンティアは海外からのお客様も来るから、スタッフに外国語の研修したの。それ、ダリアが担当だヨ」 「あたくしはデザインについて学んでいてね。ここの建築設計からスタッフの衣装まで、見え方ってものについてはアドバイスしているわ」 「私は正真正銘のバトルバカだからね。そういう特別な知識は何もないが、ポケモンバトルについては詳しいつもりだ。だからブレーンの代表も務めている。本来ならコクランがやるべきところなんだろうが、ね」 続き、ケイトとクロツグも答え、ちらりとコクランを見た。対する執事は慇懃な礼をするばかりで、その任に就くつもりはまるでないらしい。 「ってことは、皆さん、フロンティアを建設する前から関わっているんですね」 「それについてはわたくしからご説明さしあげましょう」 すっ、とコクランが前に出る。音もない動作は、洗練したものを感じる。 「ここにおられるブレーンの方々は、我々が行った選出試験に突破された方々です。試験の内容は、わたくしとのバトルに勝利すること。わたくし自身、あくまで試験ですので、全力を出したわけではございませんが、それでも勝利を収めたのはこちらに居並ぶ面々のみでした」 それはつまり、コクランも手加減をして戦えるくらいには強い、ということだ。 「本来はジョウト進出に際して新たなブレーン選出を行うべきだったのですが、オープンまでに選出が間に合わなかったこともあり、シンオウのブレーンが今のところは兼務、という形を取っているのですよ」 「へえ。ってことは、本当は違う人がこっちに来る予定だったんですか?」 「ええ。来月にはジョウトのブレーンが担当する予定です」 「それは……」 後に続く言葉は意味をなさず、そのまま考え込むショウ。ナミにはショウが何を疑問に思ったのか、よくわからなかった。 「あ」 ネジキの声に、注目が集まった。 「メールが、来た」 ネジキは端末をテーブルの上に置いた。画面には、新着メールが表示されている。 『無駄な努力、ご苦労。我々が本気であるということ、そして自分たちの行動がいかに無力なものであるか、実感いただけたのではないかと思う。 さて、こちらが要求した現金の輸送方法について指示をする。午後四時になったら、キャッスルバトラー・コクラン殿ひとりで現金を持ち、海岸まで移動していただきたい。その後の指示は移動後に行う。 なお、諸君らが我々の意に沿わない行動を取った場合、我々はいつでも爆破する用意がある。また、賢明なる諸君らであるなら理解していると思うが、我々は諸君の行動を常に監視している。その点については留意されたい。 以上。良いビジネスになることを期待している。 ロケット団総帥 サカキ』
読み終えると、誰からともなく顔を見合わせる。「コクランが、運び役というわけか」 「そうみたいですね」 この時点では、犯人側の意図も判断しかねる。 「普通、身代金の受け渡しの時って、犯人が捕まりやすいんですよね」 「ああ。現金で受け渡しをしようと考えたら、どのような方法でも犯人はこちら側に接触する必要があるからな」 今まで、サカキは陰の存在に徹してきた。が、ここまでくれば表に出ざるをえない。それがサカキ当人にしろ、あるいは共犯者にしろ。 「けど、今回は爆弾っていう人質がいるわけでしょ。追うな、とか言われたら、私らじゃ何もできないんじゃない?」 「ナミさんの言う通り、ですね。犯人は一人ではないと思います。運び屋を確保できても、本丸が残ってしまったら……」 爆破される。 人命が危険にさらされる。 「つまり、犯人の言う通りにしなければならない、ということか」 「――もし」 少女の声に、一瞬にして沈黙が広がった。 「もしも事件がお金だけで解決できる問題であるのなら、それはそれで構わない。お金は後から回収することも可能。だけど、人の命はそうもいかない。失われればそれまで」 「つまりは、人命を優先して現金は素直に渡してしまうつもりだ、と?」 「そうは言わない。お金で片がつく問題であるならそれでも手だけど、犯人側がお金を支払った後に爆弾の解除方法を提示してくるとは限らない」 「よくわからないな、カトレア。何が言いたいんだ」 オーナーはブレーンの長を見つめ、 「現金は最悪、渡して構わない。とにかく爆弾の設置場所と解除方法を犯人側から交渉などによって引き出して。 ネジキ。メールの逆探知は」 「フロンティア内から送信されたことだけはわかってますよ」 言って、ネジキは肩をすくめた。 「フロンティア内部。そう、侵入していることは隠しもしないのね」 「そりゃねー。手紙でも監視しているって言っていたし、むしろこっちにプレッシャーでもかけているつもりなんじゃないですかねー?」 「大胆な奴ね」 とはいえ、実際にこのフロンティア内部にいる相手を逮捕することはできない。来場者の中から犯人を見つけ出すなど不可能だ。 「……従うしかないわね」 あきれたように言ったのは、マダム。 「あたくしたちには、切るべきカードがない。カードのないポーカーは勝負になんてならないもの。こちらから犯人側に対して何らかのアクションが取れないのであれば、この現金受け渡し、応じるしかないわね」 「……その点、否定はできませんね」 はぁ、とため息をつき、カトレアはコクランを見る。 「コクラン。あなたが必要と思うものは全て揃えて構いません。トランクでもバッグでも、発信器でも無線でも」 「承知しました。では、少々準備がありますので、失礼させていただきます」 礼をすると、コクランは足早に部屋を出て行った。 見送り、カトレアも動き出す。 「わたしたちも準備を始める」 「準備?」 ナミの返しに、カトレアは冷たい視線を返す。 「まさか、本当にコクラン一人に任せるつもり? コクランは優秀だけど、個人では限度がある。本人が知らない尾行の方が犯人側に気取られる可能性も下がる」 「うぐっ。け、けどさ、ブレーンは見張られているんでしょ? どうするのよ?」 「何のためにコクランが部外者であるあなたがたに協力を要請したと思っているの?」 ぱちぱちと目をしばたかせ。 左右確認。 「わ、私に尾行しろっての!?」 「ジョウトリーグチャンピオンなんでしょ?」 「そりゃそうだけど! でも、尾行なんてやったことないわよ!?」 「それなら、俺がやりましょうか」 おずおずと手を挙げるショウ。だが、カトレアは首を横に振る。 「いざとなれば犯人とのバトルになる可能性がある、そうでなくてもどんな無茶を要求されるかわからない。向かうのであれば相当な力量を持つトレーナーにでなければならない」 「あら、おあいにくさま。ショウは強いわよ、本気になればね」 「あなたと、どちらが?」 「条件次第ね」 的確な表現だ。感情的になっているように見えたが、それでも冷静な回答を出せるあたり、きちんと芯は冷えているらしい。 「今回はどのような条件になるかわからない。安定性から言っても、ナミが適任のはず。――お願い」 そう言って、優雅に頭を下げた。 ナミはちょっと満足そうに鼻を鳴らし、 「最初からそう言えばいいのよ。いいわ、やってあげる」 なんでこんなに偉そうなんだろう、とショウはちょっとだけ思っていた。 |