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チリン―― あたしとアンジェラ、エル。町を歩くいつもの三人組に、今日はもうひとりが追加されている。マリアだ。 どんなのかは今もわからないけど、マリアを倒してしまえる敵がいる以上、あたしたちがそれぞれ勝手に動くわけにもいかない。今頃、ルシフェルたちも一緒に敵探しをしているんだろうと思う。 「ねえ、マリア。天使って言ってたけど、具体的にどういうものなのよ」 「特徴は先ほども教えたでしょう」 「子供みたいに背が低くてマントみたいので体を覆っている。それは聞いたわよ。そうじゃなくて、天使っていう存在についてよ」 マリアは足を止めた。あたしも同じように足を止める。 「天使の定義は色々あるけれど、その究極的な意味は、神の意志を伝える者という点にあるわ」 「郵便局員みたいな感じ?」 「……? 神の意志を伝える、と言っても色々よ。神の言葉を人に口で伝える事もあるし、神の意志を力にして実際に事件を起こす事もある」 「神様の言葉ってのはわかるかも。お迎えに来る天使ってそんな感じでしょ? けど、事件を起こすってのは?」 「たとえば、聖書にはソドムとゴモラという町が登場するわ。堕落し、信仰を失ったこれらの町を、神様は粛清するとお決めになられた。その際、実際に町を滅ぼしたのは、天使と言われている」 「つまり、天使自身に意志はないという事ね」 ぽつりと言ったアンジェラの言葉に、マリアは大きく頷いた。 「彼女が天使にも似た存在である以上、私を襲った理由も、きっと彼女自身にはない。誰かに命じられていたと考えるべきね」 命じられて、か。 それは、あたしたち死導者を恨む存在がいるという事。あたしたちという存在が消えてなくなればいいと思う人がいるという事。 それも、ありえなくはない、と思う。昔の事だけど、実際にルシフェルたちは人を殺した事もある。恨みや妬みは関係のない、ただのゲームとして。それで憎まれないはずもない。 ただ、今の死導者は違う。そんな、死神みたいな存在じゃない。 昔から死導者がこんな存在だったなら、憎まれる事もなかったろうに、って思う。言っても仕方ない事だから、言わないけど。 「その天使、どこにいるのかな」 「私も敗北したとはいえ、ただ一方的にやられていたわけでもないわ。相手も相応に傷ついているはず。あるいは、どこかでその傷を癒しているかもしれないわね」 「傷を癒して、ね。となると、やっぱりどこか、休む場所が必要よね?」 「そうなるわね。心当たりはある?」 天使が休む場所かぁ。 天使っぽい場所――教会とか美術館――があたしの頭をよぎる。その中で、ふと、ひとりのバカの顔が思い浮かんだ。 「……まさか、ね」 「どうかしたの、ケイ?」 不思議そうに首を傾げるマリアに、あたしは引きつっているであろう笑顔を向けた。 「ちょっと、嫌だけどやけに可能性の高い選択肢を思いついちゃって。ちょっと、会いに行ってみない?」 あたしはふたりに聞く。マリアはそれだけじゃわからないようだけど、アンジェラには伝わったらしかった。 「さすがに彼も、そこまでとは思いたくないけれど」 「でも、なぜだか信憑性がある」 「ケイ、アンジェラ。誰か天使と知り合いの人間でもいると言うの?」 あたしたちふたりで通じ合っているのが面白くないのか、マリアはどこかすねたような調子で言った。 あたしたちは顔を見合わせ、言う。 「知り合いという話は聞いた事がないけれど……」 「知り合いと言われても何もおかしくない奴を知ってる、って感じね」 遠藤紅葉……、何もしてなきゃいいんだけど。 チリン―― 僕と先輩は、小雪ちゃんを送るべく、田崎の家に向かっていた。先輩が一時的に住んでいた家でもあるから、僕も場所を知っている。 「クレハって本当によく逃げ出すね」 「そーねー。どっかの誰かさんみたいにね」 「僕は逃げ出しているんじゃないんですけど……」 先輩の視線が痛い。別に逃げ出しているわけじゃないけど、何かと事件に巻き込まれているのも事実で、そのせいで病院に行く羽目になったり先輩と連絡を取れなくなるなんて事もあるわけで。 ……僕は猫並みか。 「にゃー?」 「あ、ちょっとクレハ、暴れないで!」 さっきまで割とおとなしくしていたクレハが、いきなり暴れだした。何かを見つけて興奮しているような感じだ。 「何に――?」 見回しても、猫の気を引くようなものは見えないような。 そんな事を考える僕の耳に、 チリン―― 元凶を一発で特定できる音が聞こえた。 「やーっと見つけた」 どこからともなく現われたのは、三人の人ではない知り合い。アンジェラ、ケイ、それに今日はマリアも一緒か。 クレハは小雪ちゃんの腕をすり抜け、アンジェラの足元に寄った。アンジェラはアンジェラで、頭からエルをひっぺがすと、クレハの上に置いた。 クレハとエルがじゃれ合うのを横目に見ながら、 「どうしたの、三人も揃って」 言いつつも、不吉な予感が消えてくれない。どう考えてもこのメンツの揃い方は尋常じゃない。 「紅葉! あんた、女の子を見なかった? パッと見て男の子みたいな感じの」 「君らが聞くんだから、やっぱり人外のって事だよね?」 「当然。マントみたいので体を隠していて、外見は日本人じゃないから、会ってればすぐにわかると思うけど」 「あー、人外だとは思わなかったけど」 ケイの視線に鋭さが増す。元々、ケイの目つきは怖いくらいに鋭いところがあるから、こうなると余計に怖い。 「会ったのね? どこで?」 「昨日。僕の家の近くで」 あそこは幽霊のメッカなんだろうか。前にも死導者のひとりに会ったところだし。 「ねえ、くー。それって星さんの事?」 「たぶんそうだと思います」 偶然というのは恐ろしい。ここまで来ると、誰かの意思が介入していると疑わざるをえない。 「なーにー? 真理も会ったわけ?」 「会ったというか、まあ、そうだけど。くーがバイト先に連れてきたから」 「町を案内してくれって言われて、そのまま離れなかったんだよ」 「そう。それで、その子は?」 「さっき別れたよ。探していたものを見つけたから、って」 「見つけた?」 ケイたちは顔を見合わせている。その深刻な調子は、何かあったと理解させるには十分で。 「ケイ。何があったの」 「くー、ストップ」 質問をしようとする僕を、真理先輩は引きとめた。こっちはこっちで、真剣な様子だった。 「くー。それを聞いて、どうするつもり?」 「どうするって、困っている人がいるのに放置はできないでしょう。それが赤の他人ならともかく、知り合いなわけですし」 「でも、どうせまた危ないんでしょ?」 「私は、戦って負けたわ」 マリアは少し顔をゆがめた。マリアはアンジェラよりも強いって聞いている。そのマリアが負けたとなると、よほどの相手だ。 「くー。あんたが危ない事をする必要なんてないの。だから、知らなくてもいい」 「真理先輩……」 先輩は、単純に僕を心配してくれているんだろう。それが、痛いほどに伝わる。 気がつけば、小雪ちゃんが僕らを不安げに見ていた。話の内容は理解できないまでも、不穏な空気を感じ取っているんだろう。あるいは、多少は理解できているのかもしれない。子供は、思ったよりもずっと賢いから。 「先輩。すみません、それは、聞けません」 「どうして?」 「僕は、普通の人にはない力があります。本当に冗談みたいだけど、力と呼ぶべきものが。この力、僕は僕が助けたいと思うもののために使いたいんです」 「……言い方はカッコいいけど、要するにこの三人が困ってるっぽいから首を突っ込みたいですって事よね」 バレたか。 「ねえ、その探している子ってのは、危ないんでしょ?」 「私たちが彼女と再会すれば戦闘は避けられない。先刻まで一緒にいたというのなら、紅葉が攻撃される事はないと思うけれど、私たちの戦いの余波に巻き込まない自身はないわね」 死導者の全力というものを、僕は見た事がある。 正直に言って、あれは格違いというものだった。漫画か何かでありそうな展開を現実にしたような光景。そんな中に僕が飛び込んで、無事で済むかって言われれば、おそらくは不可能だろう。 真理先輩は深くため息をついた。何か、覚悟しているようにも見えた。 「しょーがない、か。くー、危ないって思ったら絶対に帰ってきなさいよ?」 「え? み、認めてくれるんですか」 「だってしょーがないじゃない。くーは誰が何を言っても絶対に行くに決まってるんだから。まったくもう、変なところで頑固なんだもんね」 先輩はそっと、僕の耳元に口を寄せた。誰にも聞こえない小声で、そっと言う。 「星さんの事、お願いね。私も、気になるから」 そうして僕から離れた先輩は、びっと指を立てた。 「代わりに! 絶対に帰ってきなさい。これは命令! わかった!?」 僕はぎゅっと拳を握り、口元を緩めた。 「はい。任せて下さい」 星さん。君は今、何を考えているんだ? チリン―― あの約束をして、もうどれだけの時間が過ぎ去っただろう。 長い、長い時間が過ぎた。その間、私は約束を守る事だけを考えていた。それが私の全てだった。 それも、まもなく終わる。終わらせる事ができる。 そう思うと、はやる気持ちは押さえられず、前に前にと飛び出そうとする足は止められなかった。 急ぎ足で進み、曲がり、また進む。 知覚を頼りにさらに曲がると、 「うわっ!?」 どん、と激突した。 衝撃で道路に尻を打ちつけた。硬い道だけに痛い。 何にぶつかったのかと見上げると、黒コートの男が私を見下ろしていた。 「すまない、大丈夫だったか?」 言いながら、男は手を伸ばしてきた。私は素直に従い、立たせてもらう。 「あまり走り回るな。危ないぞ」 返す言葉もない。私は静かに頭を下げた。 改めて男を観察する。この時期ではまだこの格好では暑いと思うが、どうして彼はこんな服装をしているんだろう? もっとも、私も現代人に自慢できる服ではないが。 つぶさに観察していると、懐かしい匂いがする事に気がついた。これは、まさか使徒の匂い? 「君? 聞いているのか」 顔を上げると、男がやや困り顔で私を見ていた。とりあえずこくりと頷き、気になった事を聞いてみる。 「あなた。聖霊が見える?」 「……なるほど。一般人には見えないと思ったが、同業か」 何を勘違いしたのか、黒コートの男はしきりに納得している様子だった。 「君はまだ幼いせいか力が弱いようだね。気づけなかったのはそのせいか」 「あなたは」 「私か。私は火野だ。 ――といっても、日本人でなければわからないか。地元の退魔師だよ」 退魔師、と呼ぶのか。今と昔で、本質的な変化はあまりない様子だが、表面的には随分と様変わりしたと思う。 「まあ、ともかく。道路には気をつけろ。交通事故なんて双方が不幸になるだけだからな」 私はもうひとつ頷くと、礼儀に頭を下げた。そのまま行こうとして、ふと思いついた事を聞いてみる。 「あなた。悪魔を見た事はある?」 「悪魔? 変魂の事かな?」 「人を堕落させる者。神の威光に逆らう者。天の階級から墜とされた者」 「……私が知る悪霊の大半は、人が死後にも死を認めないがゆえになるものだが」 それも悪魔と呼べなくもない。けれど、私が追う、真の意味での悪魔とは少し違う。 「そう。ありがとう」 「同じ退魔師として言わせてもらうが、あまり悪魔などという言葉を使わない方がいい。言葉に惑わされ、本質を見失う」 「忠告として聞いておく」 さらに頭を下げ、私は駆け出した。 もう振り返る事はなかった。 |