チリン――


 町の外れには、まだ未開発の土地もある。都市開発計画から漏れたような、住宅街に残る自然だ。
 街灯もないような場所。月のない夜で、明かりは何もない。
 その只中で、僕と星さんは正面から向かい合っていた。不思議と、星さんの姿はハッキリと見えていた。
 もう、お互いに何も言わない。迷いも見せない。
 話し合いで解決できる時間は過ぎ去った。もう、残っているのは、力と力のぶつかり合いだけだ。
「残念だよ」
「私も」
 キラキラと、星さんの手に剣が形を成していく。
 僕は丸腰だ。それも、ずっと戦う事だけを胸に秘めていた星さんを相手に。
 勝ち目なんて最初からゼロに等しい。いや、ゼロだ。
 それでも僕はやらなきゃいけない。喰い合うだけの戦いなんて馬鹿げている。
 争いは、もうたくさんだ。
「行くよ。僕が、終わらせる」
「あなたなんかに。負けない」
 星さんが剣を天に向けると、あたりの空間が軋んだ。
「千年兵の軍勢」
 僕の周囲を、ベルを囲んでいたあの人形兵士たちが囲む。手に手に武器を握る兵士たち。普通なら、こんな連中にも勝てはしないだろう。
「だからって、諦めるつもりもないけどね」
 変に武器もないだけ、達観できる。
 敵わない。それがわかりきっているから、思い切り全力でいける!
「さあ、行くよ!」
 瞳に力をこめる。全身が熱くなる。
 所詮、僕を囲んでいるのは、ただの人形だ。薄い起源と薄弱な生で包み込まれただけの、ただの兵士だ。
 僕と星さんの間にも兵士が割り込んだ。それを、僕はしっかりと見つめる。
 核の周りに少量の生を塗りこんだだけどの存在。なら、核を潰せばいい!
 相手の中心を見極め、手を伸ばす。手に熱いほどの感触が伝わった瞬間、握りこむ。
「なッ!?」
 僕の前に立ち塞がっていた兵士は、塵となって消えた。
「だあああああ!」
 左の拳を握り、全力で振るう。
 衝撃は、全身に走った。
 一瞬、意識が飛びかける。視界が黒く染まったと思ったら、すぐに濃い闇に戻った。
「何……?」
 顔を上げると、盾を持った兵士が僕を見下ろしていた。こいつに吹き飛ばされたってわけね。敵がひとりじゃないと、やりにくい。
「紅葉。今の力は何」
 兵士の向こう側から、星さんの声が聞こえる。
「あなたは悪魔祓いではないはず。なのに。今の力は何」
「バレちゃったね」
 ぐっと全身に力を込める。あちこちに痛みが走る。それでも構わず、立ち上がった。
「別に隠すつもりはなかったんだけどね。これは、マリアに貰った僕の力だ。君が倒した、あの死導者だよ」
 姿の見えない星さんの気配が、一層、強くなった。これは、殺気だ。けれど、僕に向けられたものじゃない。
「やはり。悪魔は殺さなければいけない」
「それは、僕を倒してからね」
 盾を持つ兵士が、握った鈍器を振り上げる。僕は冷静に核を握り潰した。兵士の姿が消え去る。
 さらに走ろうとして、足を何かにすくわれた。そのまま、地面を転がる。
「ぐッ――!」
 ずしん、と背中に重みが加わった。見るまでもない。兵士が僕の上に乗ったんだ。
「あなたの能力は特異。触れただけで核を書き換える。その能力は警戒に値する」
「そりゃどーも」
「あなたの力は飛びぬけている。しかし欠点もある。さっき盾で突いた時は消滅させる事ができなかった。つまり。あなたの力は手で触れなければ発動しない」
 言われてみて、そういえば、と思い返す。そういえば、僕の能力は手を触れなければ何もできない。つまり、こうやってのしかかられて、手が動かせない状況になってしまうと、反撃ができなくなるんだ。
ぶきが使えなくなった今。あなたは無力。降参して」
「そんなのするわけないって、君もわかってるだろ?」
「……残念。とても」
 僕の上で何かを振り上げる気配がする。剣か何かだろうか。痛いのは嫌だな。
「うん。死ぬの、嫌だな」
 死んだら終わりだから。
 僕が死んだら悲しむ人がいるから。
「まだ、死ねないよね」
「なら。降参する?」
「いーや。するまでもない」
 だって、こんなにも近づいているから。
 訪れは、静かなこの場所には似合わないほどの、大きな声だった。
「よーう! 遠藤ぉ! 無様だな!」
 一瞬、僕の周囲を温かい風が通り抜けた。すると、体が軽くなる。悲鳴をあげる体に鞭を打って立ち上がると、僕の周囲から兵士が少し遠ざかっていた。
「よう、遠藤。この俺様が助けてやったんだ、感謝しろ」
「ん、ありがとう、ルシフェル」
「……本当に感謝するな、バカ」
 空から人が降ってきた。
 カジュアルな格好の、かなりのイケメン。一番目の死導者、ルシフェル。
「随分と豪勢な歓迎を受けてやがるなぁ。なんかやらかしたのか?」
「いいやー。ちょっとケンカ中でね」
「そうかい。そいつはいい、俺様も混ぜろ。いや」
 ルシフェルは首だけで後ろを向きながら、にやりと歯を見せた。
「俺様たちを、だ」
 直後、ドドド、と僕の周囲に色々と落ちてきた。
「リヴァイア、マモン、ベルゼブ、それにアスモデウスまで? みんな、来てくれたんだ」
「その言い方では誤解が生じます。まるで我々が人間に呼ばれて来たかのように聞こえてしまいます」
 リヴァイアは眼鏡をきらりと光らせた。その下の目は、やっぱり冷たい。
「そういうつもりじゃないんだけどね。でも、来てくれて、ちょっと嬉しいよ」
「しょうがないだろ。つか、なんでひとりで来るんだよ。マリアやベルフェゴールだって敵わないのに、ひとりでどうにかできるわけないだろ」
「説得できないかと思って」
「バカだな、あんた」
 黒い翼の生えた少年みたいな姿をした死導者、マモン。まだ傷も完全には癒えてないだろうに、こうして来てくれている。
「なあ。助けたら、おごってくれるか」
「手加減はしてね」
「おう! なら、頑張らないとな」
 そんな事をせずとも、ベルゼブは頑張ってくれる気がする。彼は食欲を除けば悪い根を持っていないとは、アンジェラの評。それを思い出す。
「あんた、ムカつくけど顔は好みなのよねぇ。どう? 今夜あたり」
「ありがとう。でも、僕には先輩がいるから」
「ったく。浮気のひとつくらい、甲斐性の内よ?」
 アスモデウスは綺麗な長髪をなびかせ、優雅に立っている。その姿はこの上なく頼もしく見える。
 それに、見知らぬ顔がもうひとり。
「えっと、君がサタン?」
 一見すると化物にしか見えない。角とか、焼けただれたような肌とかがそう思わせる原因だろう。
「貴様が遠藤か。噂は聞いている」
「どーも、初めまして」
「挨拶などいらん。私はお前と馴れ合うつもりはない」
「僕は馴れ合いたいけど」
「見解の相違だな」
 そう言われるとどうにもならない。
 ともかく、死導者たちが揃って助けに来てくれた。これほど心強い事はない。
 もちろん、ベルがあれだけやられたんだから、死導者が揃ったところで手も足も出ない可能性だってある。
 それでも、ひとりじゃない、それだけで心の中に沸いてくるものがある。それだけで、頑張れる。
「そう、僕は、ひとりじゃないんだ」
「その通りだな。遠藤紅葉」
 声とほぼ同時、空気が爆発した。
 周囲の兵士を綺麗に消し飛ばし、けど、僕らには熱風のひとつも飛んでこない。完璧なまでに制御された、ありえない爆発。そんな事ができるのは――。
「陽平さん!?」
 振り返れば、その通りの人がいた。しかも、後ろには見知った顔まで引き連れて。
「こうなると思っていたの」
「だったらもうちっと早く呼んで欲しかったけどな。レンタカー借りるの、割と時間かかるんだぜ?」
「そうだな。おかげで決戦前に交通事故に遭うかと思ったよ」
「そうなったら能力を使えばよかったのでは?」
「……兄さん?」
「あ、いや、この場合は仕方ないだろ!?」
 賑やかにやって来る面々。その誰もが、頼もしい仲間だ。
「鯉田さんに公平さん、それにアルバートや三上さんまで!? みんな、どうしてここに……」
「私が呼んだのよ」
 チリン――
 楽しそうに、本当に楽しそうに呟いたのは、夜空色の少女。
 僕たちを導いてくれた、ひとりの死導者。
「アンジェラ、君だったんだ」
 僕の頭上に、その少女はいた。
 アンジェラ・ウェーバー。八番目にして、僕がこの世界に関わる原因ともなった死導者。
「私だけの力ではないわ。貴方の人望というものも、十分に効果はあったわ。ねえ?」
 アンジェラは漆黒の髪を揺らし、振り返る。その後ろで、みんなが笑う。
「本当はベルフェゴールの治癒を待ちたかったんだ。なのに君が先走ったというから、仕方なしにね。いかに規格外とは言え、一応は一般人の君を放っておくわけにもいかないだろう」
「遠藤さんには、たくさんお世話にもなっているの。助けるくらい、当たり前」
「ま、友達のピンチってなりゃあ、交通ルールくらいはぶっちぎるしかないよな」
「そうでなくてもあんたはぶっちぎっただろう。それに、ぼくは彼を友人などとは思っていない! ぼくが来たのは、マリアに頼まれたからだ」
「アルバート。仮にも許されざる者のメンバーだったのですから、冗談でもその言い草はどうかと思いますが」
「愛。別にぼくは冗談や何かで言っているわけじゃないんだが」
 口々に勝手な事を言う。それでも、想いはひとつ。
 思いがけない仲間の到来に喜んでいて、つい、気づくのに遅れた。
「――!」
 地面が少しだけ傾いている。かと思ったら、それは兵士の形となる。
 咄嗟に動けない。まずい、と思った瞬間、兵士の顔が傾いた。
「余所見をしない。ここ、戦場なんだから」
「ケイ……、ごめん、ありがと」
 光の剣を携えて、僕より年下の剣士は、堂々と胸を張る。
「にしても、あんたも凄いわね。こんだけ変人の知り合い抱えてるの、日本中であんただけよ」
「……ケイもその一部って自覚ある?」
「しっつれーね」
 不満げに言いながらも、僕の目の前に立つ。さらにその前に死導者たちと陽平さんたちが、それぞれに立った。
 僕の両脇を固めるのは、アンジェラともうひとり。
「世話になっているわ、紅葉」
「こちらこそ」
 マリア・キティ・ウェーバー。そっくりでいて正反対のふたりが、僕を挟む。
「紅葉。ここに集った皆に、貴方から言葉をかけてあげて」
「僕が? アンジェラとかマリアの方がいいんじゃ?」
「私たちでは駄目よ。私たちが戦えば、殺す事になってしまう。それで終幕にはできるけれど、終焉にはなりえない。
 殺す以外の結末を求め、得られるような存在ではないの。私たちは。だから、貴方が決めて。貴方の言葉で」
 見れば、誰もが僕を見ていた。ここに集まった、これだけ大勢のみんなが、僕の言葉を待っていた。
 ちょっと、照れ臭い。
「それじゃ、みんな、聞いてくれるかな」
 こんな演説なんて慣れていないから、何を言えばいいのかわからない。だから、考えるのはやめて、自分の思っている事を言う事にする。
「僕は、誰にも傷ついて欲しくないし、もちろん死ぬなんてもってのほかって思ってる。だけど、想いだけじゃどうにもならない。想いを伝えるには、力がいるんだ。そのための力を、僕に貸して欲しい。後は、僕がなんとかする」
「へッ! 言うじゃねーか、野郎」
「カッコいいねー、まったく。実際に戦うのは誰だと思っているんだか」
「でも、心に響いたの」
 仲間たちが、いてくれる。それだけで、僕は、もっともっと強くなれる気がする。
「さって、止めるよ。悲しみなんて、もうたくさんだからねっ!」
『おう!』
 答えは、力強い叫びだった。



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