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チリン―― 何なのだ。一体。 どこからこれだけの人間が集まってきた? どうしてこんなところに集まってきた? 私を倒すため? ただそれだけのために? なぜ、人間が悪魔を守る必要がある。どうして人間と悪魔が肩を並べている。 なぜ、こいつらはこんなにも楽しそうなの? いけない。これは余計だ。この感情に絡め取られれば、私は目的を遂行できなくなる気がする。 邪魔なものは自分の中から全て追い出し、ただ、目の前の敵に集中する。 「そう。これはむしろ。好都合」 これだけ悪魔がいるなら、まとめて殺す事ができる。一挙に約束を果たす事ができる。そう考えればいい。 「おいおい、あんましオレらを舐めねー方がいいぜ」 「……悪魔祓い。私はあなたたちに興味はない。むしろ悪魔を殺そうとする点では味方とも言える。逃げるなら追わないであげる」 「悪いが、私たちにも誇りというものがある。敵前逃亡は退魔師失格だ」 見れば、数刻前に会ったばかりの男までここにいた。これも何かの運命というものなのだろうか。 「なら。殺すだけ」 邪魔者は排除する。いかに悪魔祓いといえど、今の私の邪魔をする限り、敵でしかない。 「いいのか? ぼくらを殺すのは、約束の意義に反するんじゃないのか」 白人の男が、私を挑発するように言った。 「かなり昔の事だから資料が少なくて困ったけどね。ぼくなりに君の正体というのには気づいている。それから推察する限り、君は人間を守る側のはずだ。間違っても人間を殺すための存在じゃない」 「……何を。知っている」 「言っただろう、推察した、と。君の正体は、二千年前の能力者だ」 ふっと、忘れかけていた思い出が蘇る。 湖の上。浮かんでいた死者。それを片手で昇天させてしまったひとりの男。 「よく予想できたな、んなの」 「ぼくは、これでもプロだよ。もちろん、証拠なんて何一つないが、仮説としては十分に成り立つ」 「どこをどうしたらそうなるんだ」 「マリアと空中戦ができたという事実から、相手も死導者と同格の存在だと想像できる。 そんな存在は神の領域に辿り着いた人間しかいない。だが、教会の有史以来、それを可能にしたのはマリアだけだ。 となれば、相手は教会のできる以前の能力者と想像できる。教会に歴史が残っていないのは、原始キリスト教の頃の話だけだ」 「原始キリスト教は西暦150年頃になくなりました。ローマでキリスト教が国教と認められたのは380年。それ以降の歴史は書物として残っていますから、以前となれば、二千年前という事になります」 二千年。長い、時間だ。 それだけの時間を生きるためには、理由が必要だった。私にとって、それは約束だった。 悪魔を殺す事。それが、私に課せられた使命だった。 「二千年の孤独か」 「すごく、辛いの」 「……私もさすがにそれは受けがたいな」 敵意の中に、憐れみが混じる。 そんな視線はいらない。私は、憐れみを受ける存在じゃない! 「御託はもういい。会話に意味はない」 私が両手をあげると、兵士たちが体を斜に構える。これで、私の輪廻も終わる。 良し悪しは、終わるまでわからないけど。 「殺せ」 何もかも、これで終えてみせる。 チリン―― 「数が多いな」 ルシフェルは周囲を見回し、呆れたように言った。 「おい、手分けするぞ。向こうは俺様がやる。そこの黒コート」 「火野陽平だ、死導者」 「なんでもいい。お前、炎術が使えるんだろ。手伝え」 「私に指図をするな。だが、その提案には乗ってやる」 「そうかい。んじゃあ、それでいい」 ルシフェルは飛び上がると、敵陣のど真ん中に飛び込んで行った。直後、莫大な量の生が練り込まれるのを感じる。 「ちッ!」 追随するように陽平さんがルシフェルを生で囲んだ途端、衝撃が耳を貫いた。 爆音、なんて生易しいものじゃない。それが音であると認識する事さえできない。ただの衝撃が体を貫通し、僕は思わずうずくまった。 「っかー、うるさいな。まみ姉ちゃん、大丈夫か」 「う、うん……」 マモンが鯉田さんを立たせている。そのまま、マモンは両手に銃を握り締めた。 「そんじゃ、俺っちも行くぜ。まみ姉ちゃん、俺っちが適当にぶっ放すから、撃ち損ねたのを狙撃してくれるか」 「わ、わかったの」 少しよろめきながらも、鯉田さんはあずさ弓を構える。一方、マモンはすでに立ち直っているらしく、その顔には笑みさえ浮かべていた。 「お前らにはベルフェゴールの借りもあるもんなぁ。遠慮はしないぜ!」 翼を広げ、飛び立つマモン。 その手から橙色の閃光が飛び出し、兵士たちを撃ち抜いていく。何人かが反撃しようとするけど、それを鯉田さんは狙い撃ちだ。あれじゃ、向こうは何もできやしない。 「後ろもいやがるぞ!」 誰かが叫んだ。振り向くよりも早く、誰かが僕の横を通り過ぎる。 「後ろはぼくが抑えといてやる。遠藤紅葉、さっさと決着をつけてこい」 「いえ。私がやります。あなたは彼のサポートでもしていてはどうですか」 「バカを言うな、レビヤタン。この程度はぼくひとりで十分だ」 「リヴァイアです。私は彼らに私怨があります。あなたがいては邪魔です」 「同感だね。そして、ぼくも同じように私怨がある。おそらくは、同じ要件だと思うが?」 「……否定はしません」 「そう、つまり」 ふたりの生が、重なる。 『マリアを傷つけた奴は死ねばいい』 そして、声までも。 アルバートが生を生み出し、それをリヴァイアが水流に練り上げる。即興にして強力なコンビネーションは、僕らの後方に控えていた人形兵たちのことごとくを押し潰していく。 「やるなあ、みんな」 それぞれが、それぞれの得意な事をしている。しかも、人間と死導者が互いに協力している。 こんな光景を見られるなんて思わなかった。 「おい。遠藤」 見ると、公平さんたちが僕の前に立っていた。 「オレらでルート切り開く。お前とアンジェラ、ついでにマリアだっけか? 三人であの子を説得してこい」 「大丈夫、雑魚はあたしらが相手しとくから」 「――わかった。みんな、気をつけて。誰が欠けても意味はないんだからね」 返事は、別にいらない。 「あんた、氷を使うんでしょ? 私が力を重ねてあげるわ」 アスモデウスと公平さんが先頭に立つ。ふたりは手を重ね、そこに互いの生を練り合わせていく。 「よっしゃ突っ込めぇ!」 公平さんの合図と同時、僕らは飛び出した。 氷が道を作っていく。僕らが進む道先の兵士は、全て凍りついていく。 「愛! 右を潰す!」 「はい!」 「あたしの足を引っ張んないでよ!」 「貴様こそ!」 ベルゼブと三上さんは右に。残ったケイとサタンが左に。 残った僕たち三人は、ただまっすぐに突っ込む。 目指す相手は、目の前にいる。 チリン―― ありえない。なんだ、これは。 作り出した千年兵たちが次々に倒されていく。現われた次の瞬間には両断され、圧殺され、焼き尽くされる。 個々の力は高い。それは認める。だが、それ以上に理解できないものがある。 以前に戦った白い悪魔も老人の悪魔も、これほどまでの戦闘力はなかった。数が違うとはいっても、こちらも相応の兵士を出している。なのに、どうして倒せない? 「訳がわからない、って顔だね」 ふと気がつくと、私の周囲を守っていたはずの兵士さえいなくなっていた。 代わりに、私の前に立つのは、青年――遠藤紅葉。 「君には理解できないかもしれない。死導者……、君の言葉を借りるなら、悪魔と人間が協力し、互いの力を高め、普段なら出せないような結果を出しているんだもんね」 それは、否定しがたい現実。今、目の前で繰り広げられている光景そのものだ。 「星さん。人間は変われる。死導者も、同じように変われる。 人間とは違った生き方をしているから、死導者が変わるためにはすごく時間もかかるけど、でも、変われないものはないんだ。むしろ、同じままでいる事ができないって言ってもいい」 たかだか数十年しか生きていないであろう人間の言葉。聞く耳を持つまでもない台詞だ。 だけど。 「死導者は、変わった。君が求める悪魔はここにいない。それは、もっと世界中のどこにでもいるはずだ。君は、見逃したかもしれないけど」 彼の言葉は、胸に響く。 「星さん、もうやめよう。こんな戦いに意味はないよ」 「……遠藤紅葉。あなたは勘違いをしている」 これ以上、彼の言葉を聞いてはいけない。これ以上、彼と触れ合ってはいけない。 彼は私を蝕んでいく。私の中に眠る想いを、約束を削り取っていく。 「私はあなたとの会話を楽しみたいわけではない。説得されるつもりもするつもりもない。あなたもこちら側で生きるなら。伝えたい事は拳で伝えるべき」 力がなければ、所詮は何も守れない。 ただの力では、駄目。彼ほどの力があろうとも人間たちを、彼自身を守る事はできなかった。 守るための力。それは、滅ぼすよりもはるかに高いレベルでの力が要求される。 「その覚悟はある?」 「もちろんだ」 一瞬の迷いも躊躇もなく、彼は頷いた。 ――紅葉。どうして、あなたが悪魔と一緒にいるの? そうでなければ、私とて迷いはしなかったのに。 「……千年巨兵」 ずしん、と地面が揺れる。強大な力を背後に感じる。決して暖かくはないけど、居心地も悪くない力の波動を。 「断ち切る。あなたを殺して」 私の中の迷いを。 チリン―― それは、ただの巨大な兵士に見えた。 見上げるほどに大きな体。なのに何故だか自重に潰される事もなく、しっかりと立ち尽くすその姿には、見ただけで圧倒されるものがある。 星さんは、千年巨兵、と言った。それも納得の大きさだ。 けど、怖いのは大きさだけじゃない。むしろ、それ以外の方だ。 練り込まれた、莫大な生。僕は別に戦闘経験が豊富な能力者ってわけでもない、ただのおばけが見えるだけな一般人に過ぎない。その僕でも、はっきりとわかる。 こいつと、戦っちゃいけない。 あまりに密度が濃すぎる。これじゃあ、ただの爆弾だ。 「下手に殺すと厄介な事になりそうね」 僕と同じように見上げながら、マリアは淡白に告げる。 「彼女、自分の死も恐れてはいない。私たちが下手に戦えば彼女自身も死ぬだろうに、そんな事はまったく考慮に入れていない」 「まったく……。忠義に厚すぎるのも問題ねぇ」 「ふ、ふたりとも、随分と冷静だね」 僕が口を開くと、マリアとアンジェラはまったく同時のタイミングで僕を見た。 「大丈夫よ、紅葉。あの兵士は私たちで潰すから」 「誰も傷つけさせはしない。貴方の覚悟、しかと受け取ったわ」 「私たち死導者は、人間に、貴方に膨大な借りがあるわ。返せないほどのね。その一部を返せるというのなら、このくらいの戦い、安いものでしょ?」 アンジェラの手に宝剣が。マリアの手に白剣が。 まったく対照的なふたりが、まったく同様の動きで構える。 「さあ、アンジェラ。死を導きましょうか?」 「ええ。死を導く者。ゆえに、私たちは、死導者!」 飛び上がるのもまた、完全に同時だった。 チリン―― |