「ッ!?」
 カッ、と光が走った。 
 目が眩むほどの閃光。バケモノさえも怯む光。それが収まった時、コハルは一振りの刀を手にしていた。
 刃渡りおよそ60センチ。気質を表すような、まっすぐな刀身。鈍色の輝きは、確かに見覚えがある。
「これ、ヴィナの……?」
《そうよ! あたしよ!》
「いっ!?」
 頭の中に響く声。それは確かに、ヴィナのもの。
「ま、まさか君」
《あんたに憑依? したわ! 今ならすっごく力が湧くの、分かるでしょ!?》
「……ああ」
 分かる・・・
 全身を包むような全能感。一人じゃ無理だ。でも、二人でなら。
 負けるはずない。だって僕らは、こんなにも強い!!
「ふッ!!」
 生まれてこのかた、剣なんて握ったこともない。だが、その扱い方はよくわかる。まるでわかっていて当然とばかりに、体が勝手に動く!
 横凪ぎに刀を振るう。バケモノは器用にバックステップで攻撃をかわし、蛙のようにベロを突き出した。
「ッ!!」
 突槍のように飛び出した舌がコハルをかすめる。後ろにあった仮囲いは無残に穴が開いた。直撃したら、コハルの体があの囲いみたくなるだろう。
「早いし強いね」
《けどそんだけ!!》
 舌を引き戻したバケモノは、そのまま連続で突いてくる。
 普段なら、目にも止まらないだろう。けれど、今なら見える。
 足元、腕狙い、胴体狙いは半身をかわして。
 踊るように、舞うように、相手の攻撃をかわしていく。かわすことができる。
 それほどの激しい運動をしても、息ひとつ切れない。運動部でもないコハルでも、身体能力が劇的に上昇している。
 視界はクリア、体は軽く、相手の狙いも手に取るように分かる。
 まるで自分ではないみたいだ。いや、自分ではない。
 今はーーヴィナと一緒だ!
《正面!!》
 舌の突撃を半身でかわしたコハルは、思い切り刀を叩きつけた。
「ッィ!?」
 舌が切断され、舌先が転がる。地面に転がった舌は、そのまま闇となって溶け消えた。
「なるほど、死んだ部位は消えるんだ」
 切れた舌先から闇を撒き散らしつつ、バケモノはコハルをにらみつける。コハルもまた、じり、と距離を詰めていく。
「どうしたのさ、バケモノ。これで終わりってわけじゃないよね」
「リィ……!!」
「その程度なら、斬らせてもらうよ!!」
 コハルが駆け出す直前、バケモノは翼を広げた。
「ィィィ!!」
《逃がすか!!》
 空に逃げるバケモノ。コハルはその後を追い、地を、空を蹴飛ばす。
 虚空を足裏で掴みながら、空を舞う敵を追いかける。空を飛ぶ余韻には浸っている暇がない。
 空中に逃げた敵は大きく口を開き、
《また来るわ!!》
「大丈夫!!」
 両手で刀を握る。直後、降り注ぐ爆弾の雨。コハルはその中で、思い切り刀を振り抜いた。
 生まれるのは突風。鋭い、刃のような風。
 刃風は爆弾を切り裂き、その場で破裂させる。コハルの周囲は風が巻き、爆風を欠片も寄せつけない。
「ギッ!!」
 さらに相手は、足の鍵爪で襲ってくる。対するコハルも、爪に刃を合わせる。
「はッ!!」
 拮抗したのは1秒未満。
 鍵爪ごと切断せしめ、足先を斬り飛ばす。
「リィィィィ!?」
「驚いている暇は、ないよッ!!」
 返す刀で相手の翼を斬り落とす。バランスが崩れたバケモノは、ゆらりと揺れて落下していく。
《コハル! トドメ!!》
「了解!!」
 刀を逆手に、一緒に落下していく。
 流星のように落ち行く両者。けれども、勝者はたったの一人。

 ザン!!

 敵を貫き、地面に縫いとめる。刀を引き抜くと、さらりと崩れた敵の姿は、そのまま薄暗い闇となって消えてしまった。残されたのは、地面に残った刀傷だけ。
「ふう」
《やったねコハル! 大勝利!》
「それはいいんだけどさ、これ、どういう状況?」
《だから憑依とか、そんな感じのやつ》
「なんか体が勝手に動いたんだけど」
《あたしも初めてなんだもん、そんなのわかんないよ》
「じゃあ、どうやったら離れるわけ?」
《わかんない。離れろとか考えてみて?》
「えっと……。おっ?」
 頭の中で分離したヴィナの姿をイメージすると、コハルの体が発光した。あふれた光は目の前で収束し、少女の形となる。
「戻れたわね」
「う、うん。それにしても……なんだったんだ、今の?」
「敵が? 合体が?」
「どっちも」
「まあどっちもわかんないんだけど」
「……だと思ったよ」
 コハルは、敵が消えた場所を見下ろす。
 白昼夢だと思いたい。だが、そこに穿たれた穴が、夢であることを否定してくる。
「僕、殺しちゃった……んだね」
「そんなの気にしても仕方ないわよ。やらなきゃやられていたんだもん。せーとーぼーえー?」
「確かにそうなんだけどさ」
 人を殺したわけではない。コハルとて、虫の一匹くらいは殺したこともある。
 だが、生き物を殺すというのは、それだけで特別な感傷があるものだ。ーー生きていたのかは、最後までわからなかったが。
 とはいえ、ヴィナの言う通りだ。気にしたらキリがない。そう、言うなればこれは、感情だけの問題だ。
 頭を振って、コハルは余計な感傷を投げ捨てる。他にも気になることがあった。
「ヴィナ、昨日もあんな相手を殺したの?」
「昨日はさっきの奴ほど強くなかったもん。それに、昨日は力尽きて倒れちゃったけど、今日は調子良いよ! まだまだやれるもん!」
「そうだけど、そういう問題じゃなくてね。昨日も居て、今日も居たんだ」
「それは、まあそうね」
「……」
 昨日一匹、今日一匹。
 今まで、連日バケモノの姿を見たことは一度もない。
「何よ、心配そうな顔をして。まだまだやれるんだから大丈夫だってば!」
 しゅっしゅ! とシャドーボクシングを決めるヴィナだったが、コハルが心配していることとは少し違っていた。
 戦って、倒せない相手ではないかもしれない。どんな相手が出てくるかはわからないが、さっきの万能感からすれば、負ける気はしない。
 心配なのは、あんな相手が二日も連続で居たということ。
「何かが、変わってきている……?」
 ヴィナという少女との出会い。バケモノたちの増加。
 偶然かもしれない。そんな日もある、ただそれだけのことなのかもしれない。
 だが、頭のどこかが叫んでいる。違うぞ、と。何かが動き出しているんだ、と。
 その何かを、コハルはまだ知らない。


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