月曜日。朝7時37分。龍宮家。
 朝食の皿は軽く流し、シンクへ。洗濯物はお急ぎ洗いした後、ハンガーへ。
 そうして学生服に着替えると、いつもの鞄を手に取る。コハルにとっての、毎朝のルーチンワークだ。
 準備を終えたコハルは、部屋の中に声をかけた。
「じゃあ、ヴィナ。学校に行ってくるね」
「ガッコウ?」
 ふわりと浮かんでいたのは謎の幽霊少女・ヴィナ。コハルと二日を共にし、一緒に戦ったこともあって、互いの関係はだいぶ良くなったように思える。
 現に今も、ヴィナはコハルの頭に座った。懐いている証拠とも取れるし、重みがないから実害もないのだが、女子としてそれはどうなのかと思う。
 幽霊が女子かどうかはさておき。
「ガッコウって何?」
「えーと……。みんなで勉強をするところかな」
「ふうん。いつ帰るの?」
「夕方くらい」
「えー。それじゃあ、ずっとあたし一人じゃない」
「仕方ないじゃないか。君を学校に連れていくわけにもいかないし」
「なんでよ。いいじゃない、連れてって」
「そりゃ、他のみんなには見えないだろうけど……。僕には見えるんだよ」
 いろいろと無防備なところとか、構って欲しくてアピールするところとか。他の人には見えないだけに、変な人になることは必至。余計なことをされないためにも、置いて行くのが吉だ。
 そう思ってはいたのだが、ヴィナは納得していない。
「やぁよ、こんな家で一日待ってるなんて。それに、昨日みたいなやつが襲ってきたらどうするのよ」
「それは……」
 確かに。
 昨日も現れたようなバケモノが、また出現しないとも限らない。今までのことを考えれば連日出現することなどありえないが、そもそも二日連続で現れている時点で異常ではある。
 今日も出現しない保障はないし、出現すれば、コハルはもちろん、ヴィナだって一人にしておくのは危ない。
「……じゃあ、おとなしくしていてよ」
「はいはーい!」
「わかってるのかな」
 仕方なし、ヴィナを頭に乗せたまま、コハルは学校に向かうことになった。

★ ☆ ☆ ☆ ★

 コハルの通う私立流紋高等学校は、偏差値49という良いとも悪いとも言えない高校である。進学にバリバリというわけでもなく、特別に部活動が強いわけでもなく。特徴がないのが特徴と言わんばかり。
 強いて言うならば制服が可愛いとかで、女子には割と人気があるらしい。ただしそれも女子の話で、男子高校生のコハルには関係のないことである。
 ちなみに、コハルが流紋高校を選んだのは、単に近かったからだ。
 家から歩いて20分。学校に到着する。3階建ての校舎は、1年前に内装工事が入ったばかりで、外見はともかく中身は割と綺麗な方だ。
 普通の廊下にはちらほら生徒の姿がある。校庭では朝練をしている運動部組。ちなみにコハルは帰宅部だ。
「へえ、ここがガッコウ。子供ばっかりね」
「そりゃそうだよ……」
 ヴィナは物珍しそうにきょろきょろと見渡している。さいわい、コハルのように霊感体質の生徒はいないらしく、誰もヴィナの存在を気にかけている様子はない。
 そんな調子で教室に向かっていると、背中を叩かれた。
「よう、龍宮」
「ああ、渋谷。おはよう」
 後ろから来ていたのは、派手な頭の男子生徒。渋谷クウ、同じクラスの友人だ。こう見えてそれなりに良いやつなのだが、いかんせんズボラなところが玉に傷。
 そんなズボラ男は愛想笑いを浮かべながら、
「龍宮、宿題やった?」
「そりゃあね」
「マジか。マジか」
「いや渋谷こそマジか。写させないよ」
「鬼。悪魔。そんなこと言ってるとハゲるぞ」
「なんでだよ。というかなんで宿題を写させる前提なんだよ」
「俺とお前の仲だろぉぉ!!」
「ただの友達だよ!!」
「友達ってそういうもんだろ!?」
「こら、渋谷君」
 ぺん、と頭をはたかれる。泣きつくクウの頭をひっぱたいたのは、一人の女子生徒だ。
 結城ミア。彼女も同じクラスの仲間である。
 黒いロングヘアに凛とした眼差し。一年の冬に転校してきたのでまだ半年ほどだが、すでに学校にはそれなりに馴染んでいる。真面目な気質と男子にも先生にも引けを取らないかっこよさから、ついたあだ名は委員長。
「げっ、委員長」
「おはよう、結城さん」
「おはよう、龍宮君。それと渋谷君、宿題は自分の手でやるものよ。15分あればできるんだから、休み時間にやっちゃいなさい」
「それは委員長の頭が良いからだよ!!」
「ツベコベ言わずさっさとやる!!」
「はいぃぃ!!」
 逃げ出すクウ。コハルはくすりと笑いながら、
「結城さんは相変わらず厳しいね」
「当たり前のことよ。……それより龍宮君、土日の間に何かあった?」
「何かって?」
「こう、変わったこととか」
 内心ドキリとする。ちらりとヴィナを見上げるが、彼女は普通にあくびをしていた。
 ミアはいぶかしげにコハルを見つめている。だが、その視線がヴィナを追っているわけではない。なら、セーフか?
「何もないよ。なんで?」
「なんでってことはないけど、なんとなく雰囲気が違ったから……」
「気のせいじゃない?」
「そうかしらね。まあ、何かあったら相談して」
 そう言って、ミアは長い髪をひるがえしながら教室に向かう。
「気配を感じたのかな……。バレたかと思った」
「バレるって何が?」
 と、さっきまで眠そうにしていたヴィナが、今はコハルの頭に肘を乗せていた。
 コハルはそれを払いつつ、
「君のことだよ。幽霊が憑いているなんて知られたら……」
「いいじゃない、知られるなら知られても。こんな可愛いパートナーができたんですって言えば人気者よ」
「そんなわけあるか。幽霊だよ? ……というか、パートナーって?」
「だってそうでしょ? あたしと融合したんだから」
「……そういえば、あの時もご主人様マスターとか言っていたね。どういうことなの?」
「さあ。理屈はわからないけど、そんな風に思ったというか。イメージが湧いた? あるいはーー思い出した?」
「思い出す、か」
 ヴィナは過去の記憶を持っていない。バケモノとの戦闘でそうなったのか、あるいは最初から過去などないのか。
 どういう理屈かわからないが、あるいは、彼女は過去にも誰かと共にバケモノと戦っていたのかもしれない。だから、融合もできたし、戦い方も知っていた。
 そう思えば理屈はわかる。ピンとくる話でもある。だが、納得できないこともある。
 前にもパートナーがいたとして。じゃあ、そのパートナーは……どこに行ったのか、ということ。

★ ☆ ☆ ☆ ★

 授業が始まると、ヴィナはおとなしく座っていることができなかった。
 とはいえコハルも、ヴィナを構ってやることはできない。そういうものだと説明すると、つまらなさそうにぷかぷか浮かび、最終的には昼寝を始めた。
 黒板の前で浮かぶのは普通に邪魔だったのでやめさせたが、今は教室の後ろで昼寝をかましている。まあ、おとなしくしていてくれるなら何よりだ。
 午前中が過ぎると、昼休みである。
「龍宮! メシ!」
「はいはい」
 席を立ったコハルは、ちらりと後ろを向いた。
「なに? ごはん!?」
 現金なもので、ぴょんと起き上がったヴィナはすぐさまコハルの頭に乗ってきた。
 コハルは自作の弁当があるものの、クウは学食。二人で食べるため、いつも食堂に移動する。
 学食は地下にある。まあまあ広いスペースで、自販機もある。
 クウが日替わりをゲットする間、コハルは自販機でお茶を買い、ついでに学食で売っているパンコーナーに寄ってから、席を探す。
 空いている席を確保すると、間を置かずクウも到着した。
「待たせ」
「いや」
 二人で向かい合い、食事を始める。すると、頭のうえでしっぽを振っている犬みたいのが一匹。
「……」
 コハルは黙ってパンコーナーで買ってきたフレンチトーストをテーブルに置くと、心の中で『あげる』と思う。
「ん〜♪」
 すぐに上機嫌になった。やはりというか、なんというか。ヴィナは甘いものが好きらしい。幽霊のくせに。
 そんなことには気付かず、クウは美味しそうに日替わり定食を食べている。
「龍宮って偉いよなぁ。それ、自分で作ってんだろ?」
「ん? まあ、そんなに大層なやつじゃないけど」
「いやいや。男子高校生のくせに自分で弁当を作ってるだけでも異常だっての」
「まあ、珍しいとは思うけど」
「そうよぉ。珍しいわよぉ」
「ん?」
 見上げたところに女子の顔。
 一人は”委員長”のミア。もう一人は、正しく”委員長”の鶴見エリだ。
「お、委員長に偽委員長」
「誰が偽だっ!」
 鶴見エリ。小柄で童顔、ツインテが妙に似合う系の女子というか女児。ではあるものの、成績は優秀、運動神経も良く、それ以上に面倒見の良さから、コハルたち2年2組のクラス委員を勤めている。
 エリとミアはコハルたちの隣に座りながら、
「まったくもう。そりゃミアちゃんの方がかっこいいし、委員長っぽいかもだけどさぁ」
「私に委員長なんて無理よ。転校生だし」
 そう言って、ミアはくすりと笑う。
 そうなのだ。ミアは、そのお堅い雰囲気から委員長などと呼ばれてはいるものの、実は委員でもなんでもない。ちなみに部活にも所属していないので、本当にただの一般生徒だ。
 一方で小動物っぽいエリは、委員長としての威厳とか頼りがい的なものはまったくない。そのせいか、ついたあだ名は偽委員長(本人は否定)。 
 そんな二人は、仲の良い友達でもある。転校してきて、勝手に馴染めなかったミアがこうしていられるのも、エリが面倒をみたおかげなのだ。
「ミアちゃんて本当にかっこいいよねぇ。ねえ、運動部とか入らないの?」
「もう二年生だし、今から入っても……。経験もないし」
「そう? なんか強そう」
「あ、それは俺も思う。なんかこう、武術とかできそうな感じ」
「やめてよ、もう。普通よ」
 確かに、とコハルも心の中で思う。
 特に、ヴィナと融合したからこそ、余計に感じる。普段の足運びや立ち居振る舞いに、とにかく隙がないのだ。それこそ、侍のような静けさを感じる。
 と、そんなミアと視線が合った。
「……」
「え? 何?」
「ううん、なんでも、龍宮君は、いつも自分でお弁当を作ってるのね、って思って」
「そうそう、そうなんだよなこいつ。一人暮らししてるし」
「うえっ!? マジで!? 龍宮君、一人で暮らして一人でお弁当作ってるの!?」
「え? うん、まあね」
 エリは目を丸くし、
「うわぁ。うわぁ……。何このお弁当。卵焼きとか超綺麗だし」
「焼いて巻いただけだよ」
「それが!! その巻くのが!! どれほど難易度高いか!!」
「エリは料理、苦手だものね」
「苦手じゃないわ!! ちゃんとできるわ!! ただちょっと卵焼きを巻くのが得意じゃないだけだわ!!」
「いや、まあ、それは大事なところじゃないし……。それに、高校生で料理しないのは普通だと思うよ?」
「それはそうなんだけどさぁ……。なんというか、龍宮君に女子力で負けてるような気が」
「女児力なら負けてねーぞ」
「誰が女児かッ!!」
「くすっ」
「あー! ミアちゃんまで笑った! てかミアちゃんだって女子力は足りない系でしょ!」
「そ、それはその……」
「委員長はかっこよさに全振りしてっからいいんじゃね?」
「反論すんなし!! その通りだよ!!」
「あの、あんまり騒ぐとまわりに迷惑じゃないかな?」
 そうは言うが、高校の学食など喧騒と紙一重だ。この程度はどこのグループでも大差ない。
 賑やかながらも、楽しい昼休み。
 それは、コハルにとってーー戦闘などよりもよほど身近な日常だった。


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