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放課後。教室でコハルが帰り支度をしていると、ミアが寄ってきた。 「ねえ、龍宮君。放課後、時間ある?」 「え? まあ、あるけど」 「よかった。ちょっと付き合って欲しいところがあるんだけれど」 「付き合う?」 もちろんコハルはモテるキャラでもないが、そういう意味の付き合うじゃないことくらいはわかっている。 わかってはいるがーーミアと? すると、目覚めたヴィナが頭に乗ってくる。 「なあに、コハル。デート?」 「……」 どこでそういう言葉を覚えてくるんだか。ミアが目の前にいるので、下手に話しかけることもできない。 それに、引っ掛かったのはそこではない。 コハルとミアはクラスメイトではあるが、特別に親しいというわけでもない。むしろ交遊関係の広い偽委員長との方が親しいくらいで、ミアと会話したのもそう多くないくらいだ。 そんなコハルに、わざわざ頼み事? 「まあいいよ。荷物持ちか何か?」 「そんなところ。龍宮君しかいなくて。一緒に来てくれる?」 「あ、うん」 そういえば、と周囲を見渡せば、すでに他の生徒は部活なり帰宅なりで出払っている。 コハルはヴィナのことがあるので、ちょっとゆっくりしていた。そのせいで、声をかける相手がいなかったのだろう。 「ありがとう、龍宮君。龍宮君って優しいね」 「え? そう?」 「だって普通、いきなり用件も言わずに付き合ってって言われて、一緒に来たりしないもの」 「そう思うなら言えばいいんじゃないかな……」 「ふふっ、秘密よ。学校で話すような話題でもないから」 「本当にどこに向かうのさ……」 「まあまあ。付いてきて」 そう言うミアに、コハルはため息混じりに同行することにした。 ★ ☆ ☆ ☆ ★ 路上を歩く男女が一組。 それを、家の屋根上から、一人の少女が見守っている。 「ふうん。澱に憑依されてるって言うから、どんなもんかと思っていたけど、ただの女の子じゃない」 頭の両脇でくくったツインテール。華奢な体つきを覆うのは白衣に緋袴。 幼い巫女は、指で作った輪っか越しに、男女を見つめていた。 「人間状だとやりにくいなぁ。でも、確かにほっとくわけにはいかないよね。このままで、あの人が喰われても困るもん」 少女が手を掲げると、そこに刀が生まれる。 刀身三尺一寸ーー1メートル弱もある、大きな刀。少女の体格からすれば不釣り合いなそれを、巫女の少女は軽々と扱っている。 「まあ、斬っておしまいよね」 そう呟いて、くすりと笑った。 ★ ☆ ☆ ☆ ★ ミアと歩くこと、およそ20分弱。 到着したのは神社だった。赤い鳥居をくぐり、石段を登っていくと境内がある。 境内はそれなりに広く、お祭りでも開けるほどだ。実際、夏祭りの時期には、ここに出店が並ぶ。ところが今日は、コハルとミア以外に人の姿はなかった。 もっとも、観光地でもない地元の神社ともなれば、このくらいが妥当なところか。 「ここ、神社? こんなところに何があるの?」 「ここには何もないわ。ただ、ここなら誰も来ないから、都合がいいの」 「だ、誰もこないのが……都合がいい?」 一瞬だけ男子高校生らしい妄想が頭をかすめるが、すぐに意識を引締める。 感じるからだ。 「……どういうつもりかな」 これは、この冷たいものはーー殺気だ。 ミアは長い髪をひるがえし、鞄を放り投げる。手にはいつの間にか、ソフトクリームのコーンみたいなものを持っていた。 ひゅん、とミアがコーンを振るうと、一瞬で先っぽが伸びていく。そこにあったのは、刺突剣だった。 「単刀直入に。そのラスターから離れなさい。そうすれば、あなたの安全が保てる」 「ラスター?」 「私たちがそう呼んでいるもの。そうね、ゴーストとかスピリットとか、そういうものと呼んでもいいかもしれないけれど」 「つまりは、ヴィナのことね」 「え? あたし?」 ようよう事情が見えてきたらしいヴィナが、あたふたと首を振る。 「な、何よあんた! それ武器でしょ!? あたしとやろうっての!?」 「もちろん。そして討伐せしめる。ラスターは、ただの一匹たりとも生かしてはいけない」 「はぁ!? 人を動物みたいに!!」 「ふん。ケモノのほうがまだ良いわ。人の目に見え、脅威を皆で共有できるもの。でも、あなたたちは違う」 ミアは鋭い眼差しをヴィナに向ける。その眼差しは、学校では見たことのない、戦士のそれ。 「目に見ることはできない。そのせいで、人々は無防備なところを襲われてしまう。ラスターに襲われて、生き残る人間はほんの一握り……。あなたたちのせいで、大勢の人間が犠牲になっているのよ」 「あたしは誰も殺してなんかいない!!」 「どうだか。仮にあなたが殺していなくても、いずれ殺すわ。ラスターとはそういう存在なのだから」 「ちょ、ちょっと待って。結城さん、君は幽霊を知っているの?」 ミアの視線がコハルに移る。 「少なくても、あなたよりは知っているつもりよ。龍宮コハル君」 「僕よりって?」 「私はラスター……。あなたの言う、幽霊を討伐する組織に所属しているの。もう何匹も倒してきたわ。この剣でね」 きらりとレイピアが光る。 「同時に、ラスターの犠牲になった人々もたくさん見てきたの。これ以上、あの犠牲を増やさないために。バケモノは全て殺す、これは確定事項よ」 「でも、ヴィナは誰も殺していないし、人と意思疎通もできる。普通の幽霊とは違うんだ!」 「今、殺していないからいいって? じゃあ、あなたは軒先に蜂が巣作りしたらどうする?」 「……そんなの屁理屈だ」 「同じことよ。人間を積極的に害する存在が、人里にいる。それは危険なことなのよ。排除できる危険は排除するべきだわ」 「だからって、ヴィナを殺していいわけないだろう!」 「龍宮君。あなたはそのラスターに騙されているのよ。ラスターに、人と仲良くできる存在はいない」 「るっさいッ! あたしのこと何も知らないくせに、勝手なこと言うな! コハル、融合しよう! こいつぶちのめすよ!!」 「っ」 相手が幽霊であったなら、コハルは迷わなかっただろう。 だが、目の前にいるのはクラスメイトの女子。剣を向けたい相手ではない。 「そ、それより逃げよう!」 「あ、ちょっ」 ヴィナの手を取り、きびすを返す。だが、そこで足が止まる。 「ざーんねんでした。ここは行き止まりだよ!」 石段の手前には、華奢な少女が大きな刀を提げて構えていた。 「アタシは田村鈴。この神社の巫女よ」 「これはどうも。通してくれない?」 「その子を置いて行くならね」 「……できないと言ったら?」 「アタシたち二人が、あなたの敵になるだけ」 後ろを見ればレイピアを構えるクラスメイト。 前を見れば刀を構える巫女さん。 「……」 本当はやりたくない。クラスメイトや、こんな小さな女の子相手に、武力で決着しようなどと。 だが、ヴィナを殺させるわけにはいかない!! 「ヴィナ!」 「任せてご主人様!!」 二人で手を繋ぐ。それは、一瞬で成立する儀式。 「やるよ。逃げきろう!」 《甘っちょろいけど、了解よ!!》 生まれる直刀。じり、と二人から距離を取る。目を丸くしたのは、鈴だ。 「え、なになに!? 憑依した!?」 「そのようね。人間の体内に潜むことができるラスターなんて……!!」 ぎり、と歯がみするミア。おそらくは、二人はコハルが幽霊に憑かれたと思っているのだろう。だから、なんとか分離させようとする。 だが、それは違う。 二人にはわかっている。これは融合だ。二人の魂が、共鳴しているんだ! 「ふっ!!」 「ッ!?」 コハルは石段側にいた鈴に斬りかかる。鈴もまた、反射的に大刀で受けた。二つの刃物がぶつかり合い、火花を散らす。 「鈴! 斬りなさい!」 「って、人間だよ!?」 「あなたの刀なら動きを止められるでしょう!!」 「あ、そ、そっか!!」 慌てて刀を構え直す鈴。そんな彼女に、コハルは突進する。 刀を構え、 「風!!」 タイミングを合わせ、大きくジャンプ。同時に足元から風を吹き上げる。 「ひゃあ!?」 突風で体重の軽い鈴がよろめいている間に、コハルは鈴を飛び越えていた。そのまま石段を駆け降りる。 「勝負するなんて言ってないよ!」 「あ、あー! 逃がさないよ!」 「バカ鈴!!」 後ろから二人が追いかけてくる気配。だけど、風の力を使って逃げれば、追いつかれるはずがないーー。 「甘いわ!!」 ガンッ、と後ろが爆発した。真横を突風が吹きすさぶ。 「いっ!?」 一瞬にして、石段の下にミアの姿があった。振り返れば、石段のひとつが砕け散っている。 「な、なんていう馬鹿力……。石段を踏み抜いたの?」 「失礼なことを言わないでくれる? 力を込めた突進よ」 ピン、とまっすぐなレイピアが突きつけられる。 「油断したけれど、もうあんなラッキーはさせない。おとなしく降伏なさい、悪いようにはしないから」 「それは悪いことをする人が言う台詞だよ……」 左右ともに竹林。飛び込んで逃げきれるかは不明だが、階段から飛び降りる時点で、崖から転がるようなものだ。 融合していれば身体能力はあがっているし、風の力を使うこともできる。一瞬だけなら飛ぶことだって可能だ。それなら、大怪我はしないか……? 迷ったのはほんの一瞬、ミアから視線を外したのはさらに短い時間に過ぎない。 だが。 「遅いッ!!」 迂闊だった。風の力を使ったうえでの全力疾走、それさえ追い抜くミアの突撃。 スピードでは、絶対に敵わない! 気付けば目の前にレイピアの先端があった。かろうじて剣を合わせる。ガチンと刃物が噛み合い、衝撃が手を痺れさせる。 「はッ!!」 けれど、ミアの動きはそれで止まらなかった。レイピアのハンドガードでコハルの刀を引っ張り、全身のバランスを崩させる。 同時に強く跳ね、さながら先刻のコハルを再現するように、その頭上を飛び越えた。 「うわっ」 よろめいたコハルがたたらを踏む。その背中を、後ろから蹴り飛ばす。 「だっ!?」 階段を転がり落ちる。刀だけはしっかりと握り、けれど体は止められぬまま、石段の最下段へ。 「痛ぅ……」 おそるおそる目を開けると、目の前には2本の刃先があった。 「チェックメイト」 |