★ ☆ ☆ ☆ ★

「……」
 地面に転がされ、目の前には剣。逃げようがなかった。
「鈴、押さえておいて」
 ミアは鈴に任せると、自分のレイピアを引いた。そして、上着のボタンを外す。ぽろりと揺れたネックレスをブラウスの内側に仕舞い、上着の内ポケットからメダルのようなものを取り出した。
 星のマークが描かれた、黄金色のメダルだ。子供の玩具にも見えるが、それほど安っぽくはない。
「どうするつもり?」
「これは神の代行者フェアトレーターという道具。ラスター……あなたの言葉で言うならば幽霊を封印するための道具よ」
「封印? 殺すんじゃないの?」
「もちろん、最終的にはね。けれどラスターの中には強大な力を持つ者も少なくないし、死に際に暴れる者はもっと多い。こんな街中で殺そうとして討ち漏らしたら、大変な被害が出てしまうでしょう? そこで、この道具で封印して、本部で処刑するの」
「処刑ね。ヴィナが何をした?」
「今はまだ何もしていないかもしれない。でもいずれ何かをする」
「その根拠は」
「あなたよりも豊富な経験よ」
 ミアはメダルを掲げると、
神なる存在の祝福をDrei-Engel-Segen!」
 言霊に反応し、メダルがひときわ輝き出す。その輝きはきらきらと降り注ぎ、コハルを覆いーー。
「ッ!?」
 次の瞬間、バチンと弾かれた。
 光が弾け、粒子が霧のように散っていく。
「は、じい……た?」
 それは、ミアも予想していないことだった。今まで一度たりとも失敗したことのないメダル化。
 その驚きは致命的で。
「ふッ!!」
 コハルは腹筋の動きだけで足を持ち上げ、ミアの足を絡めとる。
「きゃっ!?」
「わっ!?」
 よろめいたミア。反射的に、そのカバーをしようとした鈴。二人の剣がそれた瞬間、コハルは全身をバネにして飛び上がり、そのまま駆け出した。
「あー! 待てこのー!!」
「くッ……!! 待ちなさい!!」
「待てと言われて! 待てるかー!!」
《つっかまえてみーなさーい!!》
 全力疾走。
 街中を駆け回る。
《あっちへ! 人が多いわ!》
「っ!」
 目についたのは雑居ビル。隠れるようにその中へ飛び込み、階段を駆け上がる。
《ちょっとコハル! 人が多いところの方があいつらも襲ってこないんじゃないの!?》
「それでも襲ってきたらどうするのさ! 明日から僕らは町の有名人だよ!」
《それもいいんじゃない?》
「いいわけあるかぁ!!」
 階段を思い切り駆け上がるなんて、普段なら絶対にしない。ただ、融合状態のおかげか、息が切れることはなかった。
 そのまま5階まで駆け上がる。立入禁止のロープを飛び越えると、正面の扉を蹴り抜いた。
「っ……」
 屋上に出た。隣にもビルが並んでおり、飛び移ることができそうだ。
「よし……」
 金網を大きく斬り破る。そのまま飛び移ろうとして、
「させないわよ」
「ちっ」
 すでに後ろから、ミアたちが追いついていた。全力で走ったつもりだったのに……。
「さっきは意表をつかれてしまったけれど、今度は逃がさないわ」
「そうもいかないよね。逃げさせてもらう」
「……仮に逃げ切れたとして、どうするつもり? 私とあなたはクラスメイトよ。学校に行けば嫌でも顔を合わせる。それとも、そんなバケモノのために退学するつもり?」
「それは」
 答えられなかった。
 確かにそうだ。ミアとはクラスメイト。二度と会いたくないのであれば、学校をやめるしかない。
 そこまでして、その後の人生は? 高校中退で、自分はどうしようと?
「わかったでしょう。あなたにはあなたの人生がある。バケモノ一匹のために、そこまでする義理がある?」
「義理は……ないけど」
《ちょっとコハル!!》
 内で叫ぶヴィナに、コハルはくすりと笑った。
「確かに、そこまでする義理はないかもしれないけど。でも、救えるものを救わない理由もないよね」
「バケモノに救いは不要よ」
「僕はそう思わない」
「そう。見解の相違ね」
 ミアと鈴。二人と屋上で対峙する。
 隣のビルに飛び移ることは可能だ。けれど、飛び移る瞬間を狙われたら、あまりに無防備。
「観念なさい」
「観念、できるわけないだろ!!」
 刀を思い切り振るう。生まれる突風は、思いのほか強かった。
「っ!!」
「ひゃあ!?」
 ミアは風向きに合わせてレイピアを振るい、風を斬る。一方で鈴はそれほどまでに反応が良いわけではなく、風で思いきりたたらを踏んだ。
 一歩、二歩、三歩目ーーそこに、床がない。
「ッ!!」
「鈴!!」
 金網の切れ目から、鈴が落下する。ここは5階より上、落下すればただでは済まない。
「危ない!!」
 考えがあったわけではなかった。それは、さながらまぶしい時に目をつぶるような、本能的な反射だった。
 刀を投げ捨て、コハルもまた屋上から飛び降りる。
「鈴さん!」
 空中で鈴をつかみ、その体を抱える。
「ヴィナ!!」
《オゥケー!!》
 吹きすさぶ風。その勢いは二人の落下をゆっくりにする。
 それでも勢いが殺し切れず、ビルの合間にあったダンボールを踏み潰しながら着地した。
「いてぇ……。あ、鈴さん、大丈夫?」
「え? あ、はい?」
 目をぱちぱち。鈴は、何が起きたか理解するのに時間がかかっているらしかった。
「鈴!」
 ビルとビルの壁を蹴りながら、ミアが降りてくる。コハルから鈴を受け取り、立たせた。
「大丈夫? 怪我は?」
「な、ない。たぶん」
「そう、よかった……」
 ほっとしたミアは、キッ、とコハルをにらむ。
「ちょっとあなた! 飛び降りるなんてどういうつもり!? 下手したら自分が死んでいたかもしれないのよ!?」
「そう言われても、こう、体が勝手にというか」
《今、何も考えてなかったわよね》
「体が勝手にって……。大怪我じゃ済まなかったかもしれないのよ!? いくら能力が使えるからといって、発動に失敗したりしたら!!」
「そう言われても、そんなに難しいことを考えていたわけじゃないし……」
 コハルが返すと、ミアは深々とため息をついた。
「……よくわかったわ。あなた、盛大なおひとよしね」
「そ、そうかなぁ」
「そうよ。普通、ビルから飛び降りてまで人を助けようとは思わないし、見ず知らずのバケモノを助けるために親身になったりしない」
「それは、でもまあ、そういうものじゃない?」
「人間はそんなに甘くないものよ。あなたは知らないかもしれないけれど」
 ミアがレイピアを振るうと、細い剣身が折れ曲がり、コンパクトになった。ハンドガードと合わせると、ひとつのアクセサリー状になる。
 それを腰に提げながら、
「よくわかったわ。あなたはアホなのね」
「ひどい言われようだ」
「事実でしょう。でも、あなたが悪い人じゃないこともわかった。あなたに憑いているラスターもね。人助けに能力を発動するラスターなんて、初めて聞いたわ」
「そりゃどうも」
 ミアの手を借りて立ち上がったコハル。全身は軋むが、致命的な怪我はなさそうだ。
「どのみち、メダル化もできなかった。今のままじゃ、私はあなたに憑いているラスターを持ち帰る術がないわ。この場で殺すことならできるけど、それで街を危険に晒すわけにはいかないし」
「じゃあ、見逃してくれるわけ?」
「今だけはね。上司に指示を仰ぐわ。それまでは、保護観察処分」
「そりゃどうも」
 と、ミアはスマホを取り出した。
「あなたの連絡先を教えて。それと、私からの連絡は必ず出ること。守らなかったら、すぐにでも処分します」
「面倒な彼女みたいだね」
「誰がよ!!」
「冗談だよ」
 連絡先を交換する。ついでに鈴とも連絡を取れるようにし、
「じゃあね。また明日、学校で」
「……明日?」
「当たり前でしょう。明日も平日だもの。遅刻しないようにね」
 ぽーっとした鈴を引っ張りながら、ミアは表通りに姿を消す。
 残ったコハルは、全力でため息をついた。
「マジで?」
《なんか知らないけど、コハル! おなかすいた!》
「……はいはい」
 今日の夕飯は惣菜にしよう。コハルは、心の中でそう誓った。


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