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翌朝は筋肉痛がひどかった。 全力で無理をしたツケなのだろう。ヴィナと融合していれば身体能力は上がるようだが、それにしたって昨日はアクロバット過ぎた。 コハルは運動部でもなんでもないただの高校生で、身体能力は並。当たり前だが、42キロは走れないし、ビルからビルに飛び移ることだってできるわけない。 コハルはがたぴしの体を引きずりながら、教室に向かう。そこではすでに委員長の姿があった。 「結城さん」 声をかけると、結城ミアはにこりと微笑む。 「おはよう、龍宮君」 「……昨日と雰囲気が違くない?」 「学校ではおとなしくしているのよ。教会の人間であることは隠しているから」 「教会? それが君の組織?」 「ええ。そうだわ、龍宮君、今日の放課後に時間ある?」 「なくもないけど、危ないことには付き合わないよ」 「そういうデートじゃないわ。教会に来て欲しいの」 ミアの言葉に、コハルは顔をしかめた。 「ヴィナは殺させない」 「もちろん、もう殺しはしないわ。鈴を助けてもらった恩もあるし、私がかばう。でも、あなたはラスターについて知らなさ過ぎる。事情を知れば、私が無茶をした理由も少しは理解できるはずよ。教会でなら、その説明もできるから」 「無茶の自覚はあったんだ」 「それは言わない」 ふむ、と考える。 確かに、ラスターのことについては気になっている。教えてもらえるなら、ありがたいことだ。 だが、そのためには危険な場所に自ら飛び込むようなことをしなければいけない。 「ヴィナ、どうする?」 「なんであたしに聞くの?」 「危ないのはヴィナだから」 「んー。まあ、そうね。あたしのことについて少しでもわかるなら、行ってみてもいいわ」 ヴィナは記憶喪失だ。コハルとの出会いは偶然であり、なぜ記憶を失っているのか、その理由さえ判然としていない。 教会に行って、少しでも記憶を掘り出すきっかけになるならーー。 「わかった。行くよ」 「ん。じゃあ、また放課後ね」 ★ ☆ ☆ ☆ ★ 放課後。 ミアと連れ立って向かったのは、街の外れにある教会だった。屋根の上には十字架が掲げられ、表には日曜教会の貼紙がある。 「普通の教会なんだね」 「外見はね。一応、宗教法人としての登録もあるわよ」 「そこまでするんだ」 「日本での拠点が欲しかったから」 門をくぐる。 狭いながらも前庭があり、花壇があった。 建物の入口にある観音開きの扉を開き、中に入る。そこはこじんまりとした礼拝堂で、長椅子が10ばかり並べられていた。ステンドグラスからはカラフルな光が差し込んでいる。 「ここは普通の礼拝堂。まあ、表の仕事用の場所ね」 「キラキラしてる!」 初めて見るのだろう、ヴィナは楽しそうにステンドグラスを眺めている。 コハルもその絵を眺め、少しだけ首をかしげた。 「ねえ、結城さん。あのステンドグラスって、何かちょっと変じゃない?」 「何が?」 「なんていうかこう、普通の絵に見えないというか」 元来、ステンドグラスは文字が読めない人間に、絵で聖書の言葉を伝えるために作られたと言われる。もちろん現代に文字が読めない人間はそれほど多くないし、宗教的な意味合いが薄いステンドグラスだって多い。 だが、ここの教会に掲げられているのは、一見すると宗教画だ。剣を持った人間と、悪魔のような存在が対峙している。 「普通、宗教画のステンドグラスなら、キリストとかマリアとかが描かれるものかと思ってた」 「龍宮君、教会に行ったことがあるの?」 「あ、うん。小学生の頃にね」 「ふうん。まあ、あなたの感性はおおむね正しいわ。あのステンドグラスに描かれているのは、聖書のワンシーンじゃないもの」 ミアは、ガラスを見上げる。 「あれは、私たちの歴史だから」 「私たちの、って……」 「人間とラスターの、戦いの歴史」 ちょっと待っててね、と言い残した委員長は、建物の奥に消えたかと思うと、すぐに戻ってくる。 その手には、一冊の本があった。 「それは?」 「新しく入った教会メンバー用の教科書みたいなものよ」 タイトルさえない本を開く。序盤のページには、古い絵が載っていた。 鋭い鍵爪。ゴツゴツとした肌。見上げるほどの巨体に、まがまがしい角。 それは、バケモノの絵だった。 「まず、最初に自己紹介から。私の名前はミア・シュタイフ。結城ミアっていうのは偽名よ」 「日本人じゃないの?」 「ドイツ人よ。ただ、各国に出張することが多いから、いろんな国の言葉を話せるだけ」 「え。じゃあ、もしかして高校生じゃない?」 「年齢は嘘じゃないわよ。経歴は嘘だけど」 さておき、とミアは続ける。 「私たちの教会は、正しくは気高き者というの。組織の目的は、ラスターの討伐、ラスター被害者の保護、そして……能力者の秘匿」 「能力者?」 「あなたも使えたでしょう? 風を操ったり」 心当たりはある。ヴィナと融合した状態のことだ。 「私たちの活動で最も大事なのは、この能力者を秘匿することよ」 「なんで?」 「能力者は、生身で銃を持った兵隊以上の能力を発揮したり、社会の構造をねじ曲げかねない技術を持っていることも珍しくないわ。そんな人間が表社会に出たらどうなると思う?」 確かに、と思う。あの身体能力があれば、少なくてもオリンピックは成立しない。 「ラスターの被害者は能力に目覚めることが多い。だから、ラスターを討伐しながら、被害者と接触して、能力を秘密にさせていくの。地道な活動よ」 「理屈はわかった。でも、そもそもラスターって何?」 「ラスターは、そう呼んではいるけど、その正体はわかっていないわ」 本をめくる。世界地図の上に、何カ所か点が穿たれていた。 「ただ、症状はわかっている。世界中の特異点ーースポットと呼ばれる場所にのみ現れる怪異よ。普通の人間には見ることすらできない。連中はスポット周辺の空間から唐突に現れ、近くの生命体を襲う。襲われた人は、まるで”魂を抜かれたように”突然死するわ」 「魂を抜かれたように……」 「原因不明の死だけど、件数はそれほど多くない。そもそも連中は数が多くないし、各国で私たちのような組織が頑張っているから、実際に被害を受ける人は数年に一人」 数年に一人。交通事故で死ぬ人間の方が遥かに多い。 だからこそ、誰も気に留めてこなかったのだろう。 「連中は姿形が個体によって大きく異なるけど、人語を理解する存在は確認されていないわ」 「じゃあ、ヴィナは……」 「特異中の特異」 ちらりと見上げる。ヴィナはおとなしく話を聞いていた。 「私たちがラスターについて知っているのはそのくらい。あとは出現の傾向とか、出現した後の行動とかの予見だけ。現れた相手を殺す、そのための蓄積しか持っていないわ」 「じゃあ、本当に何もわかっていないんだ」 「まあ、当然なんだけどね。連中は言葉を理解できない。体の構造は明らかに生命体ではないけれど、危険極まる本能がある。どこから現れるのかも判然としていない。この状況じゃ、研究のしようがないわ」 「まあ、それはわかるけど」 「ただ、そのせいでラスターは減少しない。だから被害者も一定数は存在しつづけている」 ミアは自分を指差し、 「私もその一人よ」 そう言った。 |