「結城さん……ううん、シュタイフさんも?」
「ミアでいいわよ。それは本名だから」
 そう言って、ミアは続ける。
「私は幼い頃、家族もろともラスターに襲われたわ。両親は亡くなり、私はかろうじて生き残った。それ以来、能力に目覚めたわ。連中を視認できるようになり、人間ではありえない現象を引き起こせるようになった」
「そういう人を隠しているって言っていたね」
「ええ。社会には不要な能力だもの」
「でも、漫画とかのイメージで申し訳ないんだけど……。治癒能力とかあるんじゃないの?」
「そういう能力者はいるわね」
「そんな能力でお医者さんの代わりをすれば、たくさんの人を救えるんじゃ?」
「さっきも言ったけれど。強大な力を個人が持っているというのは、それだけで無用の混乱を招くわ」
 たとえば、とミアは指を振り、
「コンクリートの壁を素手で破壊できる能力者というのは、実は割と多いわ。でも、そんな人が街中を歩いていて、普通の人はどう思う? 言うなれば、ロケットランチャーを背負った一般人が歩いているようなものなのよ」
「それは……」
「それに、もっと問題なのは、それほど高い能力を持つ人間はさほど多くないということ。特に戦闘向きの能力者は限られているわ。社会が混乱し、能力者廃絶に動けば、そういった戦う力を持たない能力者はまっさきに標的となる。魔女狩りの話を聞きたい?」
「いや……」
 中世、魔女とされた人々は、残虐な方法で処刑された。現代の、なるべく苦しまないようにしている死刑とは違い、とにかく虐め抜いて殺す方法も多くあった。
 人間の本質は変わっていない。もしも能力者が現代社会に潜んでいるとなれば、能力者をあぶり出すため、残酷な方法が容認される可能性は否めない。
「私たちは社会を守るための組織。ラスターからであり、集合意識からであり。大切なのは、人間を守りたいという意識よ」
 ページの先には、能力者が迎えた末路もあった。
 こんなことが起きないようにするために、彼女たちは頑張っているのだろう。
「なんとなくわかったけど。じゃあ、ヴィナはどんな存在なんだろう?」
「……このラスターよね」
 ミアとヴィナの視線がかち合う。ヴィナはイーッ! とやってコハルの後ろに隠れた。
「正直、対処に困っているわ。ずっと説明している通り、ラスターは危険な存在。彼女がラスターであるならば、私は命を賭けて、あなたを殺さなければいけない」
「でも、ヴィナはそんな子じゃない」
「それも、少しは理解しているつもりよ。教室で昼寝している姿は私だって見ているもの」
「あ、そっか」
 コハルにしか見えていないと思っていたから気にしていなかったが、普段のヴィナはかなり自由が過ぎるのだ。
「普通、ラスターが生命体を前にして、襲わないなんてことはありえない。そういう意味で、彼女が特別な存在なのは理解しているわ。龍宮君との関係も良好みたいだし」
「ふんだ! だからって許さないわよ」
「それはこっちの台詞と言いたいところなんだけど。とにかく、私たちはヴィナさんのような、言葉を理解できるラスターを知らない。だから、あなたがどんな存在なのかも不明なのよ。不明なものは、何が起こるかわからない。そういう意味では非常に危険だわ」
「危ないのはわかるけど、でも、だからってヴィナをどうこうしようっていうのは」
「そんなつもりはないわ。だから、苦慮しているのよ」
 はあ、とミアは嘆息する。
「本当にもう。斬って終わりならとっても簡単なのに」
「……ミアさんって、もしかして凄く脳筋?」
「うぐっ」
 図星なのだろう、ミアは少し落ち込んだようだった。
「でも、それならどうするの?」
「……今日、ここに来てもらった理由はふたつ。ひとつはあなたの自覚を促すこと。ラスターという存在の危険性、能力を発現できるという異常性を認識してもらって、不用意に能力を使わないようにして欲しいの」
「それはわかった」
「もうひとつは、私たちのリーダーに会って欲しかったから」
「リーダー?」
「後ろにいるわ」
「ッ!?」
 まったく気配はなかった。なのに、長椅子の最後尾に、一人の女性が座っていた。
 にこりと笑ったのは、紺色の修道服に身を包んだ女性。金色のロングヘアはウェーブがかかっており、修道服でも隠しきれない女性的な曲線が、どこか母性を思わせる。
「いらっしゃい、コハル君。わたくしはニーナ・マイヤー。外では麻井ニナの名前で、ドイツと日本人のハーフで通しているわ」
「彼女は私たち気高き者エーデル・ムートでトップを勤めているの」
「能力者組織のトップ……」
 おっとりとした雰囲気に、にこにこ笑顔。どう見てもそれほど殺伐とした人物には見えないが、ミアが言うのであればそうなのだろう。
「あなたのことは、ミアから聞いています。ヴィナさん、あなたのこともね」
「……で?」
「まずはご挨拶に、これをどうぞ」
 ニーナが取り出したのは、饅頭だった。近くの和菓子屋で売っているものだ。
「っ!!」
 甘いものに飛びついたヴィナ。コハルは苦笑しつつ、
「本当によく理解していますね」
「仕事熱心なものですから。彼女のような存在は非常に珍しいものですし」
「ニーナさんは、何か心当たりが?」
「彼女自身にはありません。けれど、わたくしたちが日本に滞在している理由は、ちょっとだけ関係しているかもしれません」
「理由?」
「ええ」
 ニーナは頷き、
「もともと、日本という国は、他のスポットと比べると怪異の数が少ない国でした。一説には、過去の能力者がスポットの穴を小さくしたとも言われています。ともかく、日本という国は他国と比べるとそれほど危険性はなく、現地組織もあったので、わたくしたちとしても放置していました」
「それが、こうして拠点を作ってまで滞在するようになったってことは……」
「その必要性が生じたということです。実は、わたくしが追いかけている一人の能力者が、日本に入ったという情報が入っています」
「能力者?」
「ええ。わたくしはその男をよく知っています。彼は以前から、能力者の存在を秘匿することに異義を唱え続けていました。今回、彼が日本に入ったのは、決して偶然ではないと見ています」
「日本で、能力者の存在をバラすってことですか?」
「直接的にはしないでしょう。実際、たとえ一般人の目の前でコンクリートを砕いたところで、何かのトリックを疑われるか、目撃者が脳検査を受けるだけで終わるでしょう。派手なことをする前に、わたくしたちのような組織が襲撃するでしょうし」
「……? じゃあ何を?」
「おそらくは、もっと言い訳のできない方法を採るものと見ています。コハルさん。能力者の存在を否定できない状況というのは、どんな状況であると思います?」
「どんな状況って……」
 コハルは思い出す。
 怪異の存在を目撃しただけならば、自分の目がおかしいと思うだけだ。馬鹿力を発揮しても信じることはあるまい。
 人間は異常というものを正常な範囲で理解しようとする本能がある。よほどのことがない限り、日常として理解できないものを認めることはあるまい。
 そう、どうしても認めるしかない状況といえばーー。
「自分自身が、能力者になること」
「正解です」
 他人が何をしても、それはトリックを疑えば済む。
 だが、自分自身が”そう”なってしまえば、もはや否定の余地はない。
「でも、どうやって」
「ミアから聞きませんでしたか? 能力者の生まれる経緯」

 ーーラスターの被害者は能力に目覚めることが多い。

「まさか」
「最近、日本でのラスター目撃数が増加しています。我が気高き者エーデル・ムートが総力をあげて一般人を守っていますが、被害者が出るのは時間の問題でしょう」
 ラスターをどこからか呼び出し、一般人を襲わせている?
「そんなことしたら死人が」
「出ますね。けれど、生き残った人々は自覚するでしょう。能力というものはあるのだと」
 無茶苦茶だ。そう言いたかった。
 だが目の前の人に言ったところでどうにもならない。
「わたくしはそれを止めたいと考えています。日本の組織ーー祠宇守しうもり神社様と協力して。ですが、まだ相手のしっぽは掴めていません。なので、あなたもご注意下さい」
 ニーナの言葉は、コハルの中に重く沈んでいく。

★ ☆ ☆ ☆ ★

 それは、どこかの街、どこかの闇の中。
「首尾は」
「いい感じだな。澱もだんだん増えてきてやがる。ま、一気に開けるってわけにゃいかねえのが面倒だけどな」
「ふん、まあいいだろう」
「……ベルホルト。ひとつ気になる点が」
「何だ」
気高き者エーデル・ムートの動きが活発になっています。日本入りしただけでなく、現地でラスター狩りを積極的に行っている模様」
「ほっておけ。雑魚が何匹狩られようが、大勢に影響はない」
「そういうもの?」
「当然だ。ラスターは向こうからいくらでも呼べる。それより、鍵の方が大事だ」
「そっちは今、探してるよ。精霊だろ?」
「そうだ」
「当てがないわけじゃない。ラスターがやられた後に、痕跡が残っていた。そいつを追いかけて、後は調査さ。ま、目をつけられねえ程度には慎重になるっきゃねえが」
「頼むぞ。俺は動けん」
「へいへい。わーかってるよ。フェリ、お前も頼むぜ」
「こちらこそ、わかっているわ」


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